紙とペンとで描きましょう♪

千羽稲穂

カナちゃんと妖怪

 カナちゃんは一人、家でお父さんとお母さんが仕事から帰るのをを待っていました。お外は雨がざーざーと降っていて遊べそうにありません。いつもなら公園に行き、遊んで帰るのですが、この雨では誰とも遊べません。カナちゃんは一人ぼっちでつまらない思いをしていました。

 そんなカナちゃんの前には紙といろんな色のペンがありました。カナちゃんにとって絵を描くことはそれほど好きなものでもないのですが、もやもやした心を文で表すよりは絵で表す方が好きでしたし、やることもなかったので、絵で暇をつぶしていました。

 目の前の紙にお母さんとカナちゃんを描きました。不思議と心の退屈さや寂しさは埋まりません。

 そんなときです。机に小さな蓑にくるまれた丸い物体が横切りました。てくてくと小さな歩幅で歩き、カナちゃんの視界の左から右へ。カナちゃんはそれを見て、目を丸くしました。その丸い物体見たことのない生き物だったからです。人間がぎゅっと手の平ぐらいの大きさに縮み、そこに蓑がかぶせてありました。その上おでこに二本の角が生えています。その鬼は横切ったと思えば、戻ってきて紙の上に腰を下ろしました。

 ──これ、なに。

 カナちゃんは一瞬何を言おうか迷いましたが、そういう生き物がいるのだと納得し、すぐに返事をしました。

 ──お母さんと、カナだよ。

 小さな鬼はほぉ、と一息つき、こてんと頭を傾けました。

 ──こっちの人は火を噴くん?

 ──それは、お母さん。

 ──で、こっちの人は火をあびて困ってるで。

 ──これは、カナ。

 カナちゃんは、昨日あった出来事を頭の中で思い出しました。それはお母さんがカナちゃんを叱っている光景でした。門限を守れなかったことに、お母さんがカナちゃんを叱ったのです。

 ──お前さんの姿がよく見えへんねんけど。

 小鬼が示した絵のカナちゃんはペンでくるくると黒い毛糸で覆われていました。

 ──なんや、けったいやな。

 小鬼は目を細めて、それから大きく目を開けました。何かを思いついたのか、にやりとカナちゃんを見つめて、蓑の中から、指の先ほどのホイッスルを取り出しました。しめしめと言いつつ、笛を口にします。そしてめいっぱい大きな息を吸い、吹きました。それから、一秒もたたないうちに、小鬼の元へ何人もの同じような鬼が集まってきました。わらわらと小鬼達は群れを成します。青い綺麗な角を光らせた一本角の鬼や、一回り小さいけれど太った鬼、細く長いキュウリみたいな三本の角を持った鬼など、合計で五人の鬼が集まりました。そうして号令がかかります。笛を持った鬼が一、と言ったと同時に、五人の小鬼は順番に、二、三、四、五、と数を応えました。

 ──ちょっと、この絵を真似てみぃひんか。

 笛を持った二本の角の鬼が提案をすると、他の鬼が、なんやなんや、とカナちゃんが描いた絵を見ました。そして先ほどかわした会話と同じように、これはなんだ、これはお母さんとカナちゃんは丁寧に教えました。

 ほうほう、と五人の鬼は同時に頷きます。

 ──火を噴く人間とは、またけったいやな。

 ──龍や麒麟さえ火を噴かんのに。

 ──待て待て、地獄の閻魔様はいつだって火を噴いてるわ。

 ──閻魔様はいつやって愚図でのろまな私達を叱ってるなぁ。

 ──待て待て、それはお前さんが愚図でのろまなだけだろ。

 鬼達が火を噴く閻魔様の真似をしつつ会話をしました。その愛らしい動作にくすりとカナちゃんは笑ってしまいます。鬼達はそれを見て、何笑ってんねん、とまた閻魔様の真似をしました。カナちゃんはげらげらと腹を抱えて笑ってしまいました。

 ──そうそう、そんな感じでお母さんがカナに怒ってたんだ。

 鬼達はそれを聞くと、三人と二人で分かれ、三人が火を噴かんばかりの怒りの形相をして、もう片方の二人は青ざめた表情でそれを見つめました。なんや、こいつぅ、と小さな手を小刻みに振り怒るのですがそれが三人もいて、叱られる鬼が二人もいるのですから、会話が込み合い、何を言っているのかわかりません。それはさながら小さな子どもの喧嘩のよう。大仰な手振りで喧嘩をするため、カナちゃんは劇を見ているように思いました。

 カナちゃんはその面白い光景を絵に描きたいと感じ、紙の上に小鬼たちの劇を描きました。それぞれの小鬼の個性をしっかり描いて、そこにカナちゃん自身を添えます。今度は上手く描けたので、くるくると黒いペンで毛糸を上から描く必要はありません。

 カナちゃんが描いている間も小鬼たちの劇は続きます。今度はどこから出てきたのか、机の上に猫がいるではありませんか。その猫のしっぽは二本に分かれていました。しなやかな黒い手で小鬼達をちょいちょいとつつきます。

 ──面白いことをやってるじゃないか。あんたらが、仕事もせずに寄り道をしていることを、閻魔様に告げ口しない代わりにあたしもまぜとくれ。

 小鬼達はまだ劇の最中なのでしっぽが分かれた猫のことも火を噴くように怒り続けます。しかも五人一緒に。

 ──猫又。お前なんか交ぜん。

 ──なんですって?

 猫又は途端に牙を剥きだしにして、小鬼達を睨みつけました。小鬼達はさすがにおそろしくなったのか、五人共に、許してくれ、と情けない声をあげて、机に膝をつき首を垂れました。鋭い目つきがカナちゃんに刺さります。

 ──あんたはどうなの?

 ──カナは別にいいよ。

 すると、猫又は小鬼達に笑み見せ、振り返ります。

 カナちゃんが言うんなら、と五人の小鬼は互いに目配せをしました。小鬼達は総じてどぎまぎした心持ちでした。猫又は機嫌がよくなり鼻歌を歌い始めました。そして、小鬼達に向き合い、黒く美しい二本のしっぽで小鬼一匹を掴みました。

 ──じゃあ、あなたたちは私に食べられる役ね。

 猫又はにゃぁん、と目を三日月に細めてよだれを垂らしました。透明な液体が紙の上にたれて、滲みました。カナちゃんはその滲みを使って、猫又が小鬼達を食べる様子を描きます。

 残りの小鬼達はいてもたってもいられなくなり、みなさわぎたて、机の上を行ったり来たりしました。猫又のしっぽにとらえられた小鬼は他の鬼に助けを求めますが、みな逃げ回り続けて気づいていません。

 ──お助けを。

 と、カナちゃんに小さな手を向けたその時、細く長い生き物が、紙の上に這ってきます。それは黒く鈍く光り、何本もの足を長い体からはやしていました。先端には髭が二本ちょこんとついています。

 ──待っておくれ、猫又や。

 その生き物を見た瞬間、カナちゃんは立ち上がり、机から二、三歩遠ざかりました。

 ──何しに来たんだい、百足。あたしは今からこいつらを食べようと思っていたのに。

 カナちゃんは百足のような黒い虫が苦手でしたから、あんぐりと口を開けて、その様子を見ていました。

 ──そこらへんにしてやってくれないか。小鬼達は息抜きをしたかっただけだ。

 猫又はわざわざ出てきた百足の注意すら聞いてはくれませんでした。小鬼達は猫又にとっては美味しそうなごちそう。いつもは閻魔様の目があり食べられませんが、今は閻魔様の目はありません。絶好の機会がやってきたのです。食べたくてしかたありません。

 ──いやだわ。

 ついに猫又の口の中に小鬼の頭が入っていきます。小鬼達は大暴れし机の上はもみくちゃです。そこに百足もやってきて、何が何だかわかりません。

 その時です。猫又の背中にねっとりとした熱が走ります。猫又の体がぞわりと震え、思わず小鬼の頭が吐き出されてしまいます。小鬼達は吐き出された鬼の元へ駆け寄りました。よだれまみれの笛の小鬼に小鬼達は自身の蓑をかぶせました。

 ──なんなの?

 後ろを振り返ると、天井から長い薄桃色の舌が垂れ下がっていました。それがするすると天井にのぼっていきます。

 ──アカ、おい、しい。

 ──……アカなめ。

 百足が言葉を失い、猫又の毛が気持ち悪さから逆立ちます。猫又は体が固まってしまいました。アカなめは汚れを食べられたことに満足し、去っていきました。カナちゃんは結局、アカなめの舌しか見れませんでした。

 ──こら、お前達、何をしているのですか。

 そんなときです。お母さんのような大きな声が部屋に降ってきました。それは温かくも冷たく、それでいて心配している声でした。

 ──よそ様のお宅で遊んでいないで帰ってらっしゃい。

 その声は閻魔様の声だったのですが、カナちゃんには分かりませんでした。ただその柔らかな声と怒ったような声に、なんとなくお母さんを重ねていました。お母さんも昨日、カナちゃんにこんな声を発していたのです。

 ──ほら、あの方も心配していらっしゃる。

 百足が小鬼達を促して、小鬼達はすたこらさっさと猫又が気づく前に走り去っていきました。そしていつのまにか猫又も百足も姿を消していました。

 ぽつん、と一人になったカナちゃんは、紙とペンで不思議な者達を描き始めました。そして絵を描きながら閻魔様の声を思い出し、思いました。お母さんも心配そうに怒っていたな、と。


 暫くしてお母さんが仕事から帰ってきました。カナちゃんの部屋へ行くとカナちゃんは気持ちよく眠っていました。その傍には火を噴くお母さんの絵があります。

 ──昨日は強く言い過ぎたな。

 そして、火を噴く絵のほかにも絵があるのを見つけました。それは小鬼三人が火を噴き、小鬼二人が青ざめている絵だったり、猫又が小鬼を食べそうなところだったり、百足が来てカナちゃんが驚いている絵だったり、アカなめのあでやかな薄桃色の舌が色鮮やかに描かれている楽しそうな絵でした。

 くすり、とお母さんは笑い、カナちゃんに風邪をひかないように上着をかぶせました。

 ──カナ、昨日はごめんね。お母さん、心配だから言いすぎちゃったの。

 そこでお母さんはさらにもう一枚、絵があることに気づきました。それは、出会った不思議な者達と共にお母さんとカナちゃんが笑っている絵でした。

 ──カナちゃん、大好きよ。

 お母さんは、絵を大事そうに抱え呟きました。

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