とある画期的で先進的で前衛的なサムシング

九十九 千尋

ちなみに、九十九は猫を飼えてない猫派です。


 閃いたのです。


 それはそれはとてもとても素晴らしく画期的なアイディアだったのです。

 そのアイディアを、ボクが書き起こしたくて仕方がなくなったのは日曜のお昼12時過ぎの事でした。


 暖かな日差しの中、家から車で約15分のデパートに、母と兄と妹の買い出しに付き合う形で来ていた時のことです。

 母は飼い猫のミケの餌を買いに来ていたものの、兄と妹が何を買うかは一切与り知らぬところではあります。あとどれぐらいこのデパートに留まるかは分からないという状態といえます。


 そしてアイディアが降って来たのは、この二週間前にオープンしたデパートの中をあちこち歩き疲れて、一階イートインコーナーにて腰を掛け、スマホアプリで時間を潰していた時のことだったのです。


 突如、脳裏にアイディアが浮かんだのです!!


 嗚呼、なんて先進的!! このアイディアを、今すぐ、書き起こしたい!!

 されど今は出先。書く物無ければ書ける物も無し……

 皆様は分かるでしょうか、この感覚。嗚呼、書きたい! 早く、早く、帰って、このアイディアを書きなぐりたい!!



 ここで、ボクは咄嗟に思いついたのです。

 ここはイートイン、ならば、ナプキン、紙ナプキンならある! 紙ナプキンだって紙であるからして、そこに書けば、そう、すなわちそれがベスト!

 が、ナプキンが無い……皆様は知っているでしょうか? こういう場合のイートインでは、商品を頼まないと紙ナプキンは来ないのだ。え? イートインなんだからなんか頼め? 今お腹の中には既にナポリタンが結構な量、入っていまして……。その時の紙ナプキンは口元を拭いたが故に、既にダストボックスの中。



 つまるところ、紙が、ないのだ!!



 トイレじゃあるまいし紙がないって、ははは……は……はっ!

 トイレだ! トイレに行って、トイレットペーパーを入手すれば紙は供給できる!!



 そこでボクはイートインの椅子をそっと仕舞ってトイレに駆け込んだ。その様は正直言ってポンポンがとてもペインしている人の様かもしれないが仕方がない。トイレに駆け込み個室のドアを押し開けトイレットペーパーに向かうその様はまさに侵略すること火の如し!

 今は、このアイディアを、書きたい!! そのためならお腹ぴーぴーの汚名とていとわず! 汚名挽回!!


 ふと、トイレットペーパーホルダーの上の張り紙に目が留まった。


「トイレットペーパーを本来の用途以外に使用しないでください」


 ……そうね。いざ、本当にお腹が痛い人が来た時に「うわ、前に入った奴、トイレットペーパーをメモ用紙に使ってたばっかりに、俺の尻を拭くためのトイレットペーパーが残って無い!」ってなったら……逆の立場なら世界を呪わざるを得ない。そんな残酷なことはボクにはできない……ガッテム。


 仕方がないので、ボクは泣く泣くトイレを後にした。え? あ、催してないので、すみません。はい。申し訳ないです。通ります。トイレから出ます。はいごめんよごめんよー。

 かえって恥ずかしいよ、これ!!



 と、ここまで来て、僕は有ることに気付いた。

 紙はもちろんの事、書くための物が無い。こんな時に都合よくペンなど持っているはずもない。

 だが、この時の僕は冴えていた。ここはデパート。つまり……買えば良いのでは?

 ボクはなかなか、フフッ、頭が良いじゃないか。流石、良いアイディアを思いついた奴は違うぜ。

 そうじゃないか。紙もペンも買えるじゃないか! よし買おう!!


 ボクはデパートの中の筆記用具売り場を探して……探して……探し、探、さ……探っ……




 ……




 嗚呼、ボクは大馬鹿だ! ちくしょう! ちくしょぉー!

 出来たばかりのデパートのどこに筆記用具が売られているのか分からない。というか、なぜそれに気付かなかったのだ!

 いや待て、待つんだ。まだ勝機は残っている……!

 デパートなら案内板があるはずだ。それを探せば、きっとそこに求めている物があるはずなのだ。

 んんー? しかして、案内板はいずこですのん? 案内板がどこにあるかという案内をですね……あれ? Where is あんない?



 しかし、ここでスマホが鳴りまして……母でして……え? 帰る? あ、帰るんだね! やったねお母さま!!


 ボクは急いで家族と合流し、車で帰る道すがら、気づいたアイディアを逃さぬように脳内で反芻を繰り返した。

 帰りの車内で、妹が買ったスイーツの分け前や兄が買った漫画の貸し出しなどの話をせずにアイディアを忘れないことを意識する。

 そうだ。これは前衛的なアイディアなのだ……! スイーツも漫画も、このアイディアを世に示すことに比べれば些細なことなのだ!! お願い、忘れないでマイおつむ!!



 だが、帰った来た時に出迎えたのは、父ではなく、飼い猫のミケだった。フルネームはミケランジェロ。サビの毛並みの雑種。三歳。小太り。とてもぷりてぃー。

 ミケは家の者へと一声かけるように鳴いた。「おい、吾輩の飯はまだか?」と。


 完全なる家猫のミケに出迎えられながら、母は買った生鮮食品を冷蔵庫に入れるために玄関から立ち去り、兄は買った漫画本を読むために部屋に引っ込み、妹は買ったスイーツを冷蔵庫へ。ちなみに、父は寝室で優雅な日曜昼寝タイムだった模様。

 母からキャットフードの袋を押し付けられたのはボクだった。ボク? ああ、一人買い物から帰って来たのに手ぶらだったからね……待って、アイディアを書きたいんですけど、はい。はい。すみません。四の五の言わずにミケの餌を用意しますお母様。



 それはそうと、猫はいい……この額、この頬、この前足……そして、お尻……

 カリカリを食べるその姿もベリーベリー、とても、キュート……

 あ、御飯はもういいのですか、御猫様。あ、おもちゃをご自分からお持ちになって……はいはい。遊びですねー。きゃー、かわいいー。

 ん?……あれ?



 って違うわい!! こんなことしてる合間に忘れるじゃろがぃ!!

 ああっ、違います御猫様、おもちゃを投げ捨ててすみません許して待って遊びます。遊ぶんで許して、機嫌を直して下さいよぉぉ……
















 で、ですね……




 ここまで読んだ方なら、なんとなく、いえ、ほぼ確信しているでしょうが……ここに至るまでの間に「で、そのアイディアってなに?」と思っておられることでしょう。

 しかし、ここまで書いてない、ということは……ということなんですよ。

 人間は、忘却こそ、最大の……敵……。過ぎ去りしアイディアはもはやなんであったか……。

 あの時、紙とペンがあれば……「とある画期的で先進的で前衛的なサムシングアイディア」をそこに記していただろう。



 妹はそんなボクの事情を聴いて笑いながらスイーツの余りを差し出してくれた。ありがとう。兄もまた、漫画を読み終わったが借りるかと聞いて来てくれた。ありがとう。

 そんな二人に感謝しつつ、ボクは妹からくれたスイーツを見る。お、とてもきれいじゃないか。

 そうだ。せっかくだし、ネットに上げれるように写真を撮ろうじゃまいか。

 撮影は……スマホで良いな。画像は一旦パソコンにでもメールで送るでも良いだろうし、このままSNSに上げるでも良いだろう。昨今は便利になったよね。スマホで画像も送れる。文章も記録でき、る……。





 ……スマートフォンがあれば





 ……文章も?







 ……記録できる!?




 



 ああっ!!

 ボク!! スマホ!! スマホ、持ってた!! スマホが有ったああああああ!!

 うわあああああああああああああああ!!

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とある画期的で先進的で前衛的なサムシング 九十九 千尋 @tsukuhi

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