【KAC4】紙とペンと忍者

綿貫むじな

忍者は何時如何なる状況でも戦わねばならない

「ここが取引の場所ですか?」


 一人のサラリーマンが取引相手の社員と共に工場にやって来た。

 山の中にある工場。そこで新たな機械の納入をしたいと申し出があり、営業マンである服部は出向いてきたのだ。自社で取り扱っている機械の性能には自信があったが、何より服部が今扱っている機械は値段が高く、導入が決まれば一気に営業成績が伸びてトップまで狙える。何としても契約を結びたかった。

 いつもよりも身だしなみには気を付け、名刺や筆記用具などの切らしは無いかなどを綿密にチェックして、いざ商談に向かった。

 しかし工場の様相は、聞いていたものとは全く違っていた。

 

「失礼ながら、この工場は稼働しているようには見えないのですが」

「そうですよ。なんせこの会社は一ヶ月前に倒産しましたからね」


 にわかに服部の背筋には緊張が走る。

 

「どういう事ですか?」

「お前に振った商談の話なんざ、最初から無かったって事だよ服部新三!」


 取引相手の社員は、懐からクナイを抜いて三本服部に投げつける。

服部はそれを難なく躱し、バックステップで距離を取った。

 背後の柱に刺さったクナイに刻まれた文様を見て、服部は気づく。


「貴様、さては草間のものか?」

「如何にも。我が一族によくも恥をかかせてくれたものだな。この恨みは末代まで忘れてはおらんぞ」


 まさか取引相手が草間の忍びであったとは、さしもの彼も気づかなかった。


 服部新三は先祖より忍びの一族としての生き方と技を叩き込まれ、しばらくは舞い込んでくる様々な依頼をこなして生きて来た。現代社会であろうとも忍びの技術は活かせる場所は多く、彼は後ろ暗い事にも手を付けて生きて来た。

 しかしある時、そのような生き様に嫌気が差し、普通に生きてみたくなった。

 何より大学生の頃に出会った彼女の為に、これ以上手を汚したくは無かったのだ。

 故に大学を卒業した後は機械製造会社の営業マンとして慎ましく生きて来たのだが、過去はそう簡単に彼を忘れてはくれなかった。

 今回の相手である草間の者もまた、その一人と言う訳だ。


「死ね! 服部!」


 取引相手に偽装していた者以外にも、工場中から草間の忍びが音もなく現れた。

 その数はおよそ10人くらい。

 武器と忍び道具さえあれば多対一の状況であっても捌ききる自信はあったが、今日は普通の取引だと思い込んでいた新三は、何一つ持ってきていなかった。


「ちぃ。今日持ってきているのは筆記用具と名刺とハンコくらいだと言うのに……」

「ふははは! どうやら丸腰のようだな! 忍びたるものいついかなる時にも備えておくべきだと言う教えは忘れたか? 日常生活に憧れて腑抜けたか!」


 忍びの一人が直刀を構えて襲い掛かってくる。

 その時、彼の脳裏には祖父の教えが蘇った。


「良いか。手元に武器が無いからと言って諦めるな。襲い来る敵が殺すのではない。諦めの心が自分を殺すのだ。武器は無いのではない。それが武器だと思ったら武器なのだ」


 最初言われた時は何の事やらわからなかった。

 普段から祖父の言い回しは哲学じみていて耳と脳に馴染まなかったし、普段から厳しく新三に接していただけに毛嫌いしていた。

 だが今だけは、祖父の言っていた事に感謝する。

 新三は鞄からボールペンを取り出し、直刀の突きを躱しつつ敵の喉にボールペンを深く刺し込んだ。


「ぐげっ」


 刺したペンを抜くと、忍びの喉からは鮮血と声にならぬ声が息として漏れ、倒れ伏す。


「ペンは剣よりも強し、いや違うな」


 鉛筆一本で三人もの敵を殺した殺し屋の事を思い出す。いやあれは映画だっただろうか? とはいえ、尖っているものならば刺せる。ということは殺せる。

 

「おのれ! たかがボールペン一本で何が出来るか!」

「そうだな。たかがペン。されどペンだ」


 新三は持っている血まみれのペンを投げつけた。棒手裏剣の要領で投げつけたペンは、勢いよく直進し一人の忍びの目に突き刺さった。

 あっという間に忍びの半分はそれで片付いたが、今度はペンが品切れとなる。


「流石は噂に聞く服部新三の恐ろしさよ……。だがペンも無くなった今、勝てる道理はあるまいて!」

「いや、まだお客様に紹介できる品物はあるぜ」


 そう言い、新三は続けて懐から名刺を取り出し、投げつける。

 紙で指を切る事はよくあるだろうが、新三の技術にかかれば厚紙程度である名刺も立派な武器になる。名刺は敵の目に刺さり、悶絶して倒れ伏す。

 

「な、なんだと!?」

「残りはお前ひとりだ。恨みとやらの内容は知らないが、俺の生活の邪魔をする奴は許さねえ」

「くそぉっ!」


 最後の忍びが懐から取り出したのは拳銃だった。

 

「いくら忍者だからといって、高速で発射される銃弾は避けられまい!」

「忍者なのにそういうのに頼るのって超ダサい」

「黙れ!」


 忍びは拳銃の引き金を引こうとするが、それよりも新三が名刺を投げつける速度の方が速かった。名刺は空気を切り裂く程の速さで飛び、忍びの指を切り落とした。


「ぐえええっ!」

「もう殺しはしないって誓ったのに、誓いを破らせやがって。お前らの命で償ってもらう」

「や、やめろ!」


 声なき悲鳴が工場内に響き渡り、静寂が廃工場に戻った。

 後に残るのは死骸だけだ。


「やれやれ……。もう職場にも居られねえな、このままだと迷惑かけちまう」


 これで新三の転職回数は5回となる。大学を卒業して3年。この転職回数を何とかごまかして入社しただけに、また次の職場の検討をしなければならないのは頭が痛い新三であった。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【KAC4】紙とペンと忍者 綿貫むじな @DRtanuki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ