恋愛小説化

篠也マシン

本編

 僕は病的なリアリストだ。

 子供の頃からこの性格は完成されていた。初めてサンタクロースがやってきた時も、北欧の高齢者が世界中の子供たちの家を回れるわけがないと推理し、プレゼントを片手に両親に告げたのだった。

「犯人はあなたたちですね」と。

 高校三年生になった今もリアリストぶりは健在だった。大学進学までの工程表を作成し、適切に処理する日々だった。

 しかし、最近この工程に狂いが生じている。原因はクラスメイトの岬さんだ。隣の席になり、関わる機会が増えた頃からだろうか。彼女を見ていると心拍数が上がり、話すと口元が緩んでしまう。勉強に身が入らず、思ったように成績が伸びない。

 僕は冷静に分析し、一つの結論に達した。どうやら、僕は彼女に恋をしている。


 放課後、僕は地元にある縁結びで有名な神社に向かう。

「僕が神頼みをするなんてね」

 受験勉強は一時中断。僕は恋愛成就に向け、新たな工程表の作成に入った。しかし、恋愛経験が全くない僕は、藁にもすがる思いで神様の元を訪れた。

「どうか岬さんと付き合えますように」

 神様への依頼を終え、境内にあるベンチへ腰掛ける。日が暮れかけており、辺りには誰もいない。ふいに強い風が吹く。

「少年、恋愛の悩みかね」

 突然声をかけられる。いつの間にか隣に老人が座っていた。とても奇妙な見た目で、『日本の歴史』第一巻に出てくる古代の人物のようだった。

「話してみなさい。私は縁結びの神様じゃよ」

 僕は驚く。あなたが神か。

「はい。実は――」

 おい待て、とリアリストの血が疼く。

「ご老人、冗談は止めてください。私が家までお送りしましょう」

 僕は優しい笑顔を浮かべ、自称神様に手を差し伸べる。

「頭のおかしい老人扱いするでない!」

 老人は僕の手を払いのける。思わずむっとし、強い口調になる。

「そこまで言うなら証拠を見せてください。神様なら、恋愛力ゼロである僕の恋を成就させてくださいよ」

 僕はため息をつく。こんな老人の相手はせず、もっと現実的な手段を考えよう。僕はベンチから立ち上がり、彼に背を向ける。

「――いいだろう。おぬしにこれを授ける」

 振り返ると、老人の手には古びた紙とペンがある。

「これは?」

 老人からそれを受け取る。ペンには『縁結び』と印字されている。神社で売っているグッズだろうか。古びた紙は巻物のように巻かれている。

「これを使って書いた物語は現実になる」

 巻物を開けてみると、そこには何も書かれていなかった。老人はにやりと笑う。

「ただし、恋愛小説の体をなしていなければ、願いは叶わない。恋愛経験のないおぬしに書けるかな?」

 夢や希望を前世に勢いよく捨ててきた僕は、物語を書いたことなどもちろんない。恋愛小説を読んだり恋愛ドラマを見たことすらなかった。

「本気になれば恋愛小説ぐらい書けます」

 老人は「期待してるよ」と言い、僕の脇を通り過ぎる。

 瞬間、再び強い風が吹く。振り返ると、老人の姿は跡形もなく消えていた。


 巻物の力を疑うものの、試さずにはいられなかった。ちょうどペンのインクが切れていたので、もらったペンを使うことにする。

 もちろん、小説の書き方など知らないため、インターネットで恋愛小説を探す。

「これは!」

 見つけたのは高校生同士の恋愛を描いた物語。文化祭の出し物で同じ班になったことをきっかけに、関係が進展していくという話だった。僕の学校でも近いうちに文化祭の準備が始まるのでちょうどよい。

『偶然にも僕と岬さんは同じ班になるのだった』

 登場人物の名前だけ変え、小説の冒頭部分を巻物に書き写した。

 僕は疑いつつも、少しだけ期待して文化祭が近づくのを待った。僕のクラスでは、複数班に分かれ、この街の歴史に関する展示物を作ることになった。そして、班分けの結果はどうであったかというと――。

「隣の席なのに班も一緒なんてね」

 岬さんが笑顔で僕に語りかける。『これは運命ですよね』と思わず口にしてしまうほどの素敵な笑顔であった。あの巻物、本物だ。

 また、僕と岬さん以外のメンバーは推薦入試を控えており、展示物の作成に手が回らないらしい。そのため、僕と彼女は二人だけで準備を進めなければいけなくなった。この素晴らしい展開に、神社に向かって、二礼二拍手一礼するのであった。


「続きが書けない!」

 しかし、僕の文才では物語を進めることができなかった。いくらインターネット上を検索しても『恋人にしたい女の子と文化祭で街の歴史について調べる』なんて小説はどこにも存在しなかった。

 僕は受験勉強の間に、恋愛小説を書くためのあらゆる努力を続けた。小説はもちろんのこと、映画やドラマ、漫画などあらゆるジャンルの恋物語を貪り読んだ。

 しかし、時間はあまりに少ない。僕は地元の大学に進学するが、岬さんは別地方の大学に進学するらしい。僕は告白のタイミングを卒業前と定めた。そこに至るまでの工程を、小説のプロットという形でまとめた。そして、拙い文章ではあるものの、物語の続きを書き始めるのだった。

「――ってもうインクが切れたんだけど」

 執筆を再開した直後、神様よりもらったペンのインクが出なくなった。安物の神社グッズを渡しやがって。僕は急いで別のペンを使い、続きを書くのであった。


 さて、僕の書いた物語では、まず岬さんと連絡先を交換することになる。

 今日は、彼女と一緒に図書館で街の歴史書を調べていた。僕は巻物に書いたセリフを彼女へ伝える。

「図書館で調べるだけではなく、実際に街へ出てみない?」

「実際にって?」

「街にある歴史的な建物を訪ねて、レポートを書いた方がおもしろそうだと思ってね」

 岬さんは少し考え込む。僕は話を続ける

「それに、受験勉強のせいで家にこもりがちになってない? ちょうど良い息抜きになりそうだしね」

 彼女は小さく頷く。

「どっちかというと、大っぴらに息抜きしたいというのが本音でしょ」

「かもね」

 二人で笑い合う。僕は『今だ!』とタイミングを見計らう。

「今後外へ出かけるなら、連絡先を交換しておかない?」

 岬さんは一瞬考えた後、スマートフォンを取り出す。

「いいよ」

 ふふ、計画通り。ただ本番はこれからだ。


 連絡先を交換した後、僕達の関係は少しずつ進展していった。

 展示物の調査名目で休日に会った。外を歩く時はさりげなく道路側に陣取り、突然の雨では一つの傘を共有し彼女が濡れないように努めた。もちろん全ては僕の小説の展開通りで、彼女の好感度を上げるための作戦だ。

 文化祭が終わった後は、図書館で一緒に受験勉強をした。たまに、小説にない出来事が起こると僕はとても焦った。

「作りすぎたので食べてくれない?」

 僕がいつもコンビニのパンで食事をするのを見かね、お弁当を作ってくれたのだ。

 とても嬉しいが、どう反応するのが正解か分からない。僕は彼女を喜ばせようと、いかにこの料理が素晴らしいかを語った。その表現力に彼女は笑う。

「そんなに美味しかったのならまた作ってくるね」

 よし、この続きのエピソードはぜひ小説に書いておこう。


 僕と岬さんは、無事志望校に合格した。それは僕の物語も架橋に入ったことを意味した。

 そして、ついに告白する日を迎えた。約束の時間まで少しあったので、僕は神様へ御礼を言おうと、神社へ向かった。

「おーい、神様」

 ベンチ付近で声をかけると、後ろから強い風が吹いた。振り返ると、あの老人の姿があった。

「久しぶりじゃの。しかし、その様子を見ると、うまくいっているようじゃな」

 僕は照れながら笑う。

「はい。全くあの巻物の力はすごいですよ」

 神様は何度もうなずく。

「そうじゃろ。あの『縁結び』印のペンの力を思い知ったか」

 何かおかしい。僕と神様はお互いの顔を見合わせる。

「あの巻物には何の効果もないぞ」

 僕はぽかんと口を開ける。

「な、なんだって――!」

 どうやら、僕はとんでもない勘違いをしていたようだ。物語を現実にする力があるのはペンの方で、あの巻物はただの紙だったのだ。

「あのペンって、ただ神社のグッズでしょ?」

「違うわい! わしの持つ伝説の道具を馬鹿にするでないわ」

 何と紛らわしい。待てよ、巻物に効果がないってことは――。

「僕の書いた小説は現実にならないのか」

 僕は絶望する。僕は神様へこれまでの経緯を説明する。告白までもう時間はなく、今から小説を書き直す時間もない。

 神様は話を聞き終え、小さく笑う。

「お前は何も分かっておらんのう」

「え?」

 僕は意味が分からず聞き返す。

「同じ班になれたのはペンの力だったじゃろう。しかし、彼女との仲を進展させたのは、紛れもなくおぬし自身の力だ」

 あれが、僕自身の力。

「彼女のために慣れない恋愛について学び、彼女を喜ばせようと色々な手をつくした。それは間違いなくおぬしが書いた物語なのではないかね?」

 そうだ。僕が悩み抜いて考えたことが、ここまで現実になっているのだ。

 僕はスマートフォンを取り出し、時刻を見る。告白の時間が迫っていた。

「ありがとう、神様。また大事なものを頂いてしまったようです」

 神様は「ホッ、ホッ、ホツ」とフクロウみたいな笑い声を出す。

「それは何よりじゃ。さあ、急いで行ってこい」

 僕は笑う。そして、紙とペンと、小さな勇気を持って彼女の元へ走り出す。


 その後、僕と岬さんは執筆した通りの関係になった。

 ただし、僕の執筆した物語は卒業式まで。離れ離れになるこの先には、様々な困難が待ち受けていると思う。しかし、僕はこれから先も一歩ずつ彼女との物語を紡いでいきたい。だって、未来にはまだまだ大きな白紙のページが待っているのだから。

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恋愛小説化 篠也マシン @sasayamashin

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