私の体と人生は紙とペンでできている

初瀬明生

ノートの一幕

 私が生まれたのは、君が十四歳の頃だった。将来は漫画家になると意気込んで描かれたキャラクター。それが私。下手な絵と、凝りに凝った設定を付与されて、この世に誕生した。


 そんな私の名前は、メランコリー・フランクリー……なんかださい名前だね。付けられる身にもなってね!


 容姿端麗、眉目秀麗、成績優秀と、たぶん国語辞典をがんばって調べて作ったんだろうけど、残念! 君の画力では、私をきれいには描けなかった。目玉はまん丸に飛び出しちゃっているし、まつげはお寿司に入っている……バランだっけ? あんな感じでジグザグだし、足と手はあらぬ方向に曲がっちゃってるし……。


 設定としては、王都に勤める最強の魔法使い。時を十六秒間止めることができ、四大魔法を全て極め、同時に魔法を二つも撃てる。邪気眼で相手を操ることもできる。え、私ヤバくね? 私一人だけで世界滅ぼしちゃわない?


 無茶苦茶な設定でも、私は私。君がペンで、がしがしと描いて生まれた存在です。


 そんな君は、高校に上がると同時に、私の描かれたノートを押し入れの奥の奥へと押しやった。まるで、恥ずかしいものを隠すように。


 はあ……本当につまらない。たかだか平面にインクで書かれただけの存在だから、時間感覚はほとんどない。だけど、自分の設定、ストーリーは認識することができる。同じノートにいるからかな? 仕組みはさっぱりわからないけど、それを繰り返し見て暇を潰しています。


「ねえ」

「ん? おお、何やらワンワン聞こえてくると思ったら、君はクロ君じゃないか」

「今気づいたみたいに言うんじゃないよ。ずっと隣にいるじゃないか」


 私の相棒という設定のクロ君。姿は犬で、人語を理解して話すこともできる。犬とは見分けがつくけど、顔も、前足も、後ろ足も、全て真横から見えるという奇々怪々な見た目です。デフォルメが激しすぎるね。そんな彼は、無数にある設定説明の文章に囲まれ、私の隣にいます。


「またストーリーを追うの? これで何回目だよ」

「3021回目だね」

「律儀に数えているのかあ」

「だってしょうがないじゃん。他にすることがないんだから。一日経ったかなあくらいで確認しているよ」

「暇にならない?」

「割と面白い」

「へえ、じゃあ今日は俺も確認してみますか」


 彼が付き合ってくれるとは珍しい。話しかけてはくれるけど、今まで一回も付き合ったこともないのに。今日は何かありそうな予感。


「まず、メランコリーの出自から見てみよう」

「えっとね。私は平凡な村に生まれた女の子です。だけど、戦争でお父さんを亡くしてしまった。お母さんと命からがら王都に逃げたけど、そこで待ち受けるのは、困窮にまみれた生活」

「わお。改めて聞いてもエグい出自。名前のファンシーさに全く合わない」


 日金を稼ぐのも精一杯だけど、何とかつつましく生きていた。しかしある日のこと、そのお金を持って帰る途中、数人の盗賊に襲われてしまう。それがなければ飢え死にしてしまう。必死に抵抗するも、相手は大の大人。抵抗すらままならない。そのまま死を覚悟していた時に、遠吠えが聞こえてきた。


「ここで、おれっちが参上というわけだな!」


 現れたのは、なんと人語を話せる一匹の犬だった。犬は盗賊たちにがぶりと噛みつき、ひっかき、彼らを容易く追っ払います。そしてこちらを見て一言。


「君を助けに来たよ」


 私はその一言に、涙を流しました。なぜ涙を流したのかはわかりません。ただ、どこか懐かしい感じがしたのです。そう、遠い過去に忘れ去った大事なものが、今再び目の前に現れたように……。


「はい。ここで漫画は終わり」

「漫画というより、ネームじゃないかなこれは」

「うん。しっかり描かれてるのは、このページの私たちくらいだね」

「続きが気になるねえこれは」

「プロットだけはあるよ。大まかなあらすじもね」

「ありゃ、そうだったの? ずっといたのに、気づかなかったなあ」

「ノートの最後の方にあるんだよ。私くらい探究心がないと探れないね」

「そう。じゃあ、これからどうなるのか教えてよ」

「これは見なくてもわかる。3021回目だもの」

「どうなるのさ」

「ええとね。ここから生活は一変するの。まず、クロ君のおかげで、暴漢にびくびくすることは無くなりました。そして周りのお世話になっている人の問題も解決し、いつしかスラム街の治安も改善されました。その噂を聞きつけた王様が、宮殿へと招待しちゃいます。そこで運命の王子様と会っちゃいます。きゃっ!」

「王子様はキャラデザすらないんだよなあ」

「最初は差別の目を向けられていたけど、次第に周りの人たちからも認められていきます。その過程で魔法を学ぶのですが、なんと私はとんでもない才能の持ち主だったのです」

「ご都合主義だなあ」


 ふっふっふ。クロ君は何もわかってない。まあ最後まで聞きなさい。


「それからは宮廷お抱えの魔法使いとして暮らしていくことになりました。お母さんと仲睦まじく暮らしながらも、上位の魔法を手にするため世界を旅し、なんやかんやあって魔王が復活し、なんやかんやあって魔王討伐パーティーに加わる。リーダーはもちろん、王子様」

「なんやかんやの省略がでかすぎると思うんだけど」

「しょうがないじゃん。ざっくりとした設定とプロットだけなんだから。んで、魔王と戦う際、クロ君は私をかばって瀕死の重傷を負います。そこで、衝撃の事実が」

「衝撃?」

「クロ君はなんと、私のお父さんが生まれ変わりでした」

「へえ……」

「魔法の才能があったのは、お父さんが魔力を底上げしてくれていたんだ。絶えず魔力を送り、上限を高めていった。娘に食いっぱぐれのない魔術師にさせるためにね」

「なるほど」

「その後、無事魔王を倒したけど、クロ君は死んでしまいます。私は泣いてしまいます。だけどお父さんの、前を向いて生きろという声を思い出し、王子様と結婚してハッピーエンド」

「……ストーリーは、ありがちだけど悪くない。中学生にしてはしっかりしている」

「でしょ。結構ストーリーはいいと思うんだよ」

「絵が壊滅的に下手だけどね」

「それを言っちゃおしまいだよ。これでこの物語はおしまい。ちゃんちゃん」


 そう。これが私の人生らしい。クロ君と出会うまでの人生しか描かれていない身としては、ちょっと悲しかったりする。絵じゃなくても、小説でもいい。とにかく設定を濃くして、ちゃんと形となっていれば満足だ。


 押し入れにしまわれて何年経つだろう。どうだろう。十年くらいかな。あるいはそれ以上。


 願わくば、私のこれからの人生を描いて欲しい。または書いてでもいい。届かぬ願いなのはわかるけど、どうかこの人生を完結させてほしい。


 思い出してほしい。ここに、純粋に夢を追い続けていた君がいたことを。


「悲しそうな顔をしてるね」

「うん……クロ君と話しちゃったからかな。変な欲が出てきちゃって」

「その願いが叶うかはわからないけど、今日は何か起きるかもよ」

「え?」

「だから、今日はストーリーを振り返ってみたのさ」

「どういう意味?」

「なんとなくだよ。なんとなく」


 そう言うと、クロ君は黙って目を閉じる。


 うん? よくわからない。


 そう思っていると、何かズズズと、引きずられる音が聞こえてきた。それと同時に、引っ張られいるような感じがする。


「何かが起きたね」

「何が……あ! この感じ! 押し入れに入れられた時と似てる」

「さあて、何が起こるやら」


 私とクロ君はごくりと唾を飲み、何が起こるのかを見守った。



「懐かしいなあ」


 段ボールを開けると、懐かしい顔ぶれがあった。中学の時の卒業アルバム。そして……黒歴史のノート。漫画家を目指すなんてトンチンカンな夢を持っていた時のやつじゃないか。


 どれどれ……うわ! ひど! なんだこの下手くそな絵は。ギリギリ女の子と犬だってわかるレベルじゃないか。


 だけど、ストーリーはいやに凝ってるな……ああ、そうだ。こんな物語を考えていたんだっけ。


「里美。思い出に浸かってないで、早く荷物の整理をしなさいよ」

「わかってるよ。母さん」


 大学まで実家にいる人は、たぶんほとんどいないだろう。そんな私も、今年の春から東京で一人暮らしをすることになった。就職することになった会社はとあるゲーム会社。そこでシナリオ担当を志望し、見事内定を獲得したのだ。


「明日には行っちゃうのか。寂しくなるねえ」

「うん。ずっといたから」

「お父さんとクロにも、別れの挨拶をするんだよ」


 はあいと言うと、愛犬のクロが走ってきた。一直線に私に向かい、前足を乗せ、鼻をひくひくとさせている。


「あら、別れるを感じ取ってるのかな」


 私の顔をぺろぺろと舐めてくる。昔のようなじゃれつきに、ほんとに遠くへ行くのを察知しているのかと思ってしまう。


 お父さんが亡くなった時に、子犬を引き取った。それにクロと名付け、今日に至る。今ではもうすっかり老犬です。お爺ちゃんです。


「クロ……寂しくなるけど、また帰ってくるからね」


 ノートを持ったまま、ぎゅっと抱きしめる。


 お父さんが死んで、悲しくて、ほんとに生まれ変わりを信じていて……だからあんな物語を書いたのだろう。


 自分の絵心のなさに絶望しました。だけど諦めきれずに、大学でそういうサークルに入ると、ストーリーは先輩に褒められた。絵心はなかったけど、ストーリー作りは才能がある。


 そう気づき、これからシナリオライターとして生きていくことになる。夢は破れたけど、むしろ今の方が充実している。


 ……そうだな。もし機会があるなら、この子たちを出してもいいかな。


 いつになるかはわからないけど、これが私の原点だと思う。だから、何とか形にはしてみたい。雑ではあったけど、そこにはほんとに描きたい物語があって、私の全てが詰まっていて……。私のこれからの人生は、お父さんからもらったこのノートを糧に生きていこう。


 私はそのノートを、持っていく用の箱に入れた。

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