紙とペンと500万円

@asashinjam

紙とペンと500万円

元旦の夜中、一人自宅で原稿用紙にペンを走らせる小説家


「こんばんは」


悪魔の様な見た目の悪魔の様な登場の仕方の悪魔にしか見えない悪魔がやって来た


「何方?」

「悪魔です、本日貴方にお願いが有って来ました」

「お願い?」

「えぇ、今年一年ペンを置いて貰いませんか?

ただでとは言いません500万払います、日本円で」

「・・・・・いきなりポンと500万貰って役所に何て言えば良いんだよ

脱税と疑われるんじゃないのか?」

「ダミー会社経由で源泉徴収票出します」

「手回し良いなオイ」

「悪魔ですので契約に対しては誠実です

あ、一応言いますがペンを置くと言うのは比喩的な表現で

具体的には今年一年、つまり西暦2019年1月1日から西暦2019年12月31日まで

一切の創作活動をしないで頂きたいと言うのが契約内容です」

「創作活動の定義にもよるな」

「なるほど、ここで言う創作活動は貴方の小説の執筆活動の事です」

「つまり今年一年働くな、と?」

「そうです」

「ふむ・・・」

「念の為に言いますがこれは悪魔の取引ですが

俗にいう魂の取引では在りませんので

貴方の死後地獄や天国に行く際の査定には響きません」

「御親切に如何も、だが私が気にしているのはそんな事では無いんだよ」


溜息を吐く小説家


「では何を気にしているのですか?」

「一年も創作をしなければ来年出来るか如何かと言う話なのだよ

そもそもだ、君の様な悪魔が頼み込むと言う事は何かしら裏が有る

と言う事だろう?」

「確かに裏が有ります、だが詳しい事は規則なので言えません」

「では今年私が書くであろう作品で多くの人が救われるとかそういう事か?」

「・・・・・」

「図星か?」

「・・・確かに救われる人が出ます」

「ならば書こう」

「・・・・・」


呆けた顔の悪魔


「驚いた、貴方は人の事を気にする性格だとは思いませんでした」

「そうだな、小説家なんてやっているのも人付き合いが苦手だからだ

だがしかしだ、悪魔が止めに入る位

世界に貢献出来る位の作品を書けるのならば印税も凄い事になるだろう?

それこそ500万なんて目じゃない位に」

「・・・まぁ500万円なんかとは比べ物になりませんな

何れにせよ貴方が乗ってくれないのならば私がここに居る意味は無い

「では、帰り給え、気を付けてな」

「では、失礼」


悪魔の様にやってきた悪魔の様な悪魔は悪魔の様に去って行った

帰路に着きながら悪魔は溜息を吐いて居た


「やれやれ、何と自分に都合の良い想像をする小説家なんだ」


ブツブツと愚痴を呟く悪魔


小説家は知らない

自身が今年一杯生き永らえない事を

彼の作品で救われる者が現れるのは彼の死後だと言う事を

彼が生きている間は彼の書いた作品の印税は彼の懐に入らないと言う事を

自身の名が称えられるのは死後だと言う事を


悪魔は知らない

小説家が作品を書き続けると決心したのは悪魔と出会い話をして

『自身の作品が売れる』と確信を持たせただからだと言う事を

確信し続け死ぬまで書き続けたその姿が人々を救ったと言う事を


二人は知らない

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