呪い師の孫

喜村嬉享

紙とペンとライター



 俺のジイちゃんは呪いまじな師だった。



 それが主な仕事だった訳じゃないのは知ってたけど、ジイちゃんを思い出せばまじないをする姿ばかりが蘇る。

 それはきっと、ジイちゃん子だった俺が呪いの仕事を覗いていたからだろう。



 ジイちゃんが使っていたのは紙とペンとライターだけだったのは覚えている。

 そして……暗い顔で依頼に来た客が明るくなって帰っていくことも……。



 結局、ジイちゃんの【呪いまじな】が何なのか、俺は良く知らなかった……。



 そんなジイちゃんが死んだ。今時七十じゃ大往生じゃないだろうけど、苦むことはなく逝ったらしい。



 大学に進学して寮暮しをしていた俺は、突然の訃報に驚いた。最後の別れが出来なかったことが寂しかった。



 葬儀の為に実家に帰った俺は、真っ直ぐジイちゃんの部屋の中に向かう。


 懐かしいジイちゃんの部屋がやけに広い……。


「こんな所にいたのか」


 声を掛けてきたのは俺の父、嶋田康。


 因みに、俺の名前は嶋田かい。大学の二年だ。


「春まで元気だったのに……人はあっけないよな」

「……親父」

「何だ……?」

「祖父ちゃんて【呪い師】だった?」

「覚えてたのか?」

「自分の死ぬ日とか知ってたのかな?」

「さて……色々片付いていないから知らなかったと思うが」

「親父は祖父ちゃんの呪いが何だか知らないの?」

「呪いに関しては殆ど知らないな」


 確かに祖父ちゃんは家族の前では呪いの話をしなかった。

 副業である呪いは仲介人を通してのもの……だった気がする。細かには覚えていない。


「気になるなら親父の日記でも読んでみろ。何か分かるかも知れないぞ?」

「人の日記読むの?」

「読まれたくないなら残さないと思うぞ?」

「いや……それは……」


 急に逝ったんだから処分出来なかっただけじゃないのか?


 しかし、気になった俺はジイちゃんの日記を見付けて自分の部屋へと向かう。


 葬式は三日後。それまで祖父ちゃんとの思い出に浸ることにした……。



 祖父ちゃんの日記は至って普通のもの。でも、パラパラと読み飛ばした最後の頁に栞が挟まれていた。

 そして、栞には直筆の文字が……。


『海。知りたけりゃ黒革の手帳だ』


 見通されている様で驚いたが、思い返せば祖父ちゃんと約束していたことを思い出す。


『祖父ちゃん。呪い、俺もできる?』

『何だ。興味あんのか?』

『うん』

『でも、大変だぞ?今の御時世、呪いに頼る人も随分減った』

『ふぅん……』

『それでも知りたけりゃ教えてやるが……大人になったらな?』

『え~……ジイちゃんのケチんぼ』

『ハッハッハ』


 ジイちゃんに頭を撫でられたことを思い出して俺は思わず泣いてしまった……。


 ジイちゃんは約束を忘れてなかったんだなって。嬉しくて、悲しくて、その日はジイちゃんの部屋に行けなかった。



 翌日。葬儀の準備の邪魔になりそうなので、ジイちゃんの手帳を片手に出掛けることにした。


 ファミレスで革の手帳を確認……。手帳の中には備え付けの万年筆。それと紙が束ねて綴じられている。

 手帳の表紙には刻印のような窪みが施されていた。


 手帳の最後の頁には注意書が……。恐らく、俺に向けたジイちゃんのメッセージだろう。


『この手帳は現代用に改良したものだが、知識は必要なので覚えるように』


 ジイちゃんの説明では、ウチは呪術師の家系だったらしい。でも呪いは一つしか使えないそうだ。


 【記憶の消去】


 呪いが役に立つのか良く分からなかったけど、依頼人が居たのだから何かは使えるんだと思うことにした。



 手帳と万年筆には呪いが掛かっていて、インクや紙は普通の物らしい。


 そして注意書の最後には念入りな忠告がされていた。


『消した記憶は二度と戻らない。しかし、どれだけ嫌な記憶でも今の為に必要なものもある。気を付けて選ばないと大変なことになる。その責任を背負う覚悟があるなら手帳を受け取れ』


 俺はジイちゃんに試されている気がした……。


 確かに興味本意で使う呪いじゃない。じゃあ何故、ジイちゃんは呪い師をやっていたのか……。

 仕事は別にもあったんだ。そんな覚悟を背負ってまで何をしたかったのか……。


 結局、俺は迷う内に葬式の日を迎える。



 ジイちゃんの葬儀には大勢の人が参列していた。ウチは親戚が多い訳でも、人付き合いが盛んな家でもない。


 でも、途中で気付いた。昔、ジイちゃんの呪いに頼って来た人達だ。


 そんな中……俺はある人物に気付いた。六十歳くらいの女の人……確か、ジイちゃんに呪いの仕事を持ってきた人だ。



 葬儀の後──俺は思い切って声を掛けてみた。


「あの……」

「……あっ!」


 振り返った女性は俺を見て驚いていた様だ。


「ごめんなさいね。陸生さんの若い頃ソックリだったから……」


 嶋田陸生……ジイちゃんの名前。


「やっぱりジイちゃんの知り合いだったんですね」

「ええ。あなたとも会ったけど覚えてない?」

「スミマセン。覚えてなくて……」

「そう……。それで、私に何か御用?」

「はい。実は知りたいことがあって……」


 俺はジイちゃんの呪いに関する話を一通り伝えた。手帳を見付けて持っていることも……。


「そう……あなたが継いだのね。陸生さん、後継者はいないって言ってたけど」

「やっぱり……あなたは、ジイちゃんに仕事を持ってきた方ですよね?」

「ええ……。事情は大体分かったわ。話を聞きたいのね?」

「はい」


 女性は少し考えた後、思い出した様に提案をする。


「明日、時間はある?」

「はい。大丈夫です」

「じゃあ、付き合って貰える?それで分かると思うわ」

「わかりました」

「じゃあ……はい、コレ」


 手渡されたのは名刺。女性の名は三浦緋佐子……しかも企業の代表取締役。これは俺も驚いた。


「あなたの都合で良いから時間を決めて電話を頂戴。それじゃ」


 そう言うと、緋佐子さんは去っていった……。



 翌日。運転手付きの車で移動……辿り着いたのは児童施設。緋佐子さんと二人で入った先では一人の男の人が待っていた。


「お待ちしていました」

「ええ。お任せを」

「宜しくお願いします」


 深く頭を下げたのは児童施設の職員。俺にも一度下げた後、誘導するように歩き出し部屋に案内された。


 その後、男の人は無表情な少女を連れてきた。

 六歳くらいの、アチコチに絆創膏を貼った女の子は元気がない。


「あなたがエリちゃんね?少しお話ししようね」


 見知らぬ人物……主に俺と緋佐子さんに警戒していた少女。エリという子は怯えている。

 それを緋佐子さんが落ち着かせるのに少し時間が掛かったけど、ようやく話を聞けるまでになった。


 部屋の中には俺と緋佐子さん、それとエリちゃんの三人のみ。職員さんは外で待っている。


 すると緋佐子さんがバッグから手帳を取り出した。


「あっ……」

「あなたの持っているのと同じものよ。説明は要らないわね?」

「はい」


 手帳から紙を破りエリちゃんの手に万年筆を握らせる。


「さぁ。エリちゃんの嫌いなことをこの紙に書いてごらん?」

「………」

「おばちゃんはね?魔法使いなの。魔法の力でエリちゃんの嫌なことを食べちゃうんだから」

「まほうつかい?」

「そうよ?だから、嫌だったことを紙に書いてね?」

「……うん」


 覚束無い手付きで紙に書き上げてゆくエリちゃん。緋佐子さんが巧みに会話しながら次々に書き出させて行く。


 緋佐子さんが聞き出したのは児童虐待の記憶だった。聞くに堪えない酷い話だけど、緋佐子さんは俺を確認しているので最後まで聞き届けた。


 その後……書かれた文字を吟味し、幾つかを二本線で消して行く。


「これで良いわ。じゃあエリちゃん。今から手品をするわね?」


 文字の書かれた紙を細かく畳んた緋佐子さん。ポケットからライターを取り出して紙に火を付ける。

 ……と、紙は手品のフラッシュペーパーの様に一気に燃え上がり跡形もなく消えた。


「はい、終わり。面白かった?」


 それを見ていたエリちゃんの顔は別人かと思うほど明るくなっていた。


 その後、車で帰路へと向かう。


「どう?わかった?」

「はい……ジイちゃんは、今みたいなことをしてたんですね?」


 呪いによる記憶の消去は、当人に紙に書かせたものを焼き消すというもの。紙が消えたように記憶も消える……というものっぽい。


「緋佐子さんは何でジイちゃんに?自分でも出来るでしょ?」

「私の家は本家なのよ。だから他の仕事で手が回らなかったの。陸生さんは記憶消去専門の呪い師」


 理由はわかった。でも………。


「正直辛いですね、あの仕事……」

「そうね……だから呪い師なんて減るばかり。本家もいつまで存続するか分からないわ。でも……海君は今日の光景を見てどう思った?」

「…………」


 エリちゃんは明るくなっていた。嫌な記憶は何時までも心に残る。それを緋佐子さんは救ったんだ。多分、ジイちゃんも。


「世の中には心が傷付いた人が多いの。だから記憶を消すことでその人達の救いになればっていうのが、あの呪いよ。でも、使い方を気を付けなきゃいけないの」

「そうですね。大事な記憶を消しちゃうと……」

「人は脆いから壊れちゃう。……。それで、海君はどうしたい?」

「え……?」


 質問の意味は分かってる。ジイちゃんの後継ぎになるか、辞めるか……。


 でも俺は……答えを決めていた。


「やります。ジイちゃんが手帳を残していたのはやって欲しいって気持ちがあったんだと思うから……」

「そう……」

「でも、緋佐子さんみたいに上手くは出来ないかも。それに俺は学生だし」

「フフフ……大丈夫よ。先生を紹介するわ。今、東京の大学?」

「はい」

「じゃあ、ウチの孫が居るからその子に頼むとしましょう。仕事は本家から依頼するし、お小遣にもなる」

「ハハハ……」


 上手く出来るかは分からない。でも、ジイちゃんの様になりたい。そう思うと自然に返事をしていた。


「宜しくお願いします」

「はい。じゃあ、このライターをあなたに。陸生さんのよ?」

「ありがとうございます」



 こうして只の大学生だった俺は、記憶を少し消すことしか出来ない呪い師の道を歩み始めた。



 使うのは紙とペンとライターの【呪い師】。ジイちゃん、見ていてくれ。

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呪い師の孫 喜村嬉享 @harutatuki

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