死神のひとりごと。

湊歌淚夜

死神なんてさしたるものじゃないし、名乗る必要性もなかろうか。

今日も空が青い。とは言えど夕暮れが来れば橙に染まるし、夜になれば黒一色になるわけで。とかく空は忙しく回り、それに合わせて世の中は踊らされる。最近はそれに逆らい、やれ夜更かしだの、やれ残業だの。ため息のこぼれる音が呼吸の音の次に聞こえる世の中だ。おまけにインターネットというものが発達し様々なものがそこにしがみつき、徐々に人間の生活の引きはがせぬ一部となっていた。おまけに子供はそいつにしがみつくと理性が未完の状態だからそれから離れられなくなるという、まさに「中毒」とも形容しうるそれが流行している。

そんな蜘蛛の巣よりも絡まったこんな世界から逃げ出そうという奴らもいる。それに対して迷惑どうこうと騒ぐ輩も多いが、自分すら見つめられないヤツら同士のいがみ合い(と言っても完全に一方的なもの)が稀に確認出来る。僕は呆れ返ることがザラではあるが、よくよく考えて欲しい。あの世界はひとりひとりが「コンテンツ」になりうる。だからこそ、溢れないようにと過激化もする。

僕はそんなヤツらを狩り殺す、いわば「死神」、そんな大層なものではないけどいつの間にかその愛称(そう呼べるほどに可愛げなど無いに等しい)が僕を構成するコンテンツと他人からは定義されていた。私刑と言えばそうだが、死神界隈では人間とディープな関わりをしているやつも少なくないと聞く。尤も公の光に晒されるほどに浅瀬には存在が規定されないので、僕らは表面上「他人」という体裁を保つことを強いられる。

そんな無駄話の時にかかる「通報」には悪意を感じた。どうやら、イジメ動画のヤツをどうにかしてくれという少女のヤワな願いらしい。まぁ、どんな仕事も承るのが僕なので、客も仕事も選べない。これが死神のブラックたる所以。僕らは自由に姿を消せるから、体躯より大きな鎌だって持ち運んだところでバレやしない。

「さぁ、やりますか」鏡に映り込む僕の目は、獣の瞳をしていた。

夜の街はどこか異世界じみている。僕が言うのも奇妙な話だが、現世かぶれがここで仇を為した。死神界はもっと不穏に満ち、「死」という雰囲気を常に湛えた常夜の国。だからこそ、それを水で希釈したようで、それは上澄みだけでもっと最深部はこびり付いた油より厄介なことになっているアンダーグラウンドが存在するらしいが、何せ人間界だ。僕の興味の及ぶ領域から少し逸れている。コンテンツに溢れた世の中の全てを拾えるほど全知全能じゃあないし。

「やぁ、君かい。依頼者の『羅果』くん。」

少女は虚ろな瞳で頷いた。こいつも病んでいるという嫌悪はさておいて、彼女に契約書を渡す。

「これが僕との最初で最後になるように。」

それだけ言って、契約書にサインを貰う。

『羅果』は戸惑いながら本名を書く。オドオドしてるのはまだ信用してない証拠だろう。俺は詐欺師はしない、そんなヤツは首を掻き切る。

「んじゃ、契約厳守で。明日のニュース、一面に乗るかもな」と、笑いかけるもブラックジョークの胡椒が効きすぎたような気がした。多分彼女も苦笑いか、無表情だろう。

そんなことはさておいて、僕は闇へ飛び立つ。誰かを路頭に迷わす、僕ら以上の悪人は減らしたい。そして、もう僕も迷子ではいられないから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

死神のひとりごと。 湊歌淚夜 @2ioHx

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ