真相

7【真相】

 真っ暗な部屋。カーテンの隙間から午後の陽光が差し込んでいる。

 ブッと、液晶テレビの電源がついた。ワイドショーの臨時ニュースが放送されている。



  ◆◇◆◇◆◇



「ええ……ただいま入りました情報によりますと、昨日の晩未明――――〇〇県〇〇市〇〇町の閑静な住宅街にある、賃貸マンション《マリーセル》にて女子高生の凄惨な遺体が発見された模様です」


 VTRが始まる。低い野太い声のナレーションが、恐ろしげなBGMとマンションの映像をバックに放送される。


「奇妙な事件は突如として起った――――警察に通報した被害者の悲痛な叫びが録音されている」


 黒い布地の台に映し出されたのは古いカセットテープレコーダー。加工された女性の甲高い声。



『もしもし? 警察ですか?』

『へ……変質者が』

『うちの前に変質者が出たんです。それから家の中から盗撮のカメラも……』

『はい』

『ええ……でも、そんな人はいないって頑なに取り合ってくれないんです』

『ありえません! だって……』

『とにかく! 盗撮されたんですよ!? 立派な犯罪じゃないですか!?』

『はい……』

『ええ』

『はい、住所は――――』



 カセットテープの映像が終わると、再び野太い声のナレーションの説明を挟む。


「真夜中に盗撮されている――――と、突然助けを求めてきたひとりの女性――――彼女の身に一体何があったのだろうか?」


 次に映し出されたのは、女子高生の関係者と思われる、同級生たちだった。彼らと彼らの背景には全てモザイクがかけられている。


「我々は被害者の同級生と名乗る。男性に話を聞く――――」


 画面には、男性・I(17)と表記されている。シルエットからは背が低く小太りな様子が窺える。加工された声で、男は意気揚々と話しだす。



「元々人の恨みを買うことが多かったんじゃないかなぁ」

 >>あなたは被害者とどんな関係で?

「友達だよ。まぁ~向こうは友達とは思ってなかったのかもね」

 >>なぜですか?

「好き嫌いが激しい性格って言うか。激情家って感じ? まあ向こうは認めないだろうけど同じ穴のむじなだからね。はっはっは」

 >>事件については?

「うん。真っ先に僕に電話して来たよ。僕、頼られてたからね。僕たぶん彼氏だから」

 >>なぜ助けなかった?

「色々忙しくてね。向こうも強情だから、もっと真摯に泣いて縋ってきたら助けてやっても良かったけど」

 >>彼氏でしょう?

「僕、えっちは愚か、キスもさせてもらってないもん」

 >>被害者は性的な関係を持つことが多かった?

「ビッチだよ。うちの学校でも有名だったよ。エロい格好して無理やり誘ってくるのが正直鼻につくかな。だから殺されたんじゃない?」

 >>他のクラスメイトは異常なくらい貞操観念が強かったといっていますが?

「そりゃあ見え方なんて人それぞれでしょ? 僕は何も嘘ついてないから。とにかくエロかったよ」

 >>他にはなにか変わったことはありませんでしたか?

「犯人のことすごく調べたがってた。罪悪感があったみたい。なんか盗撮以外にも思うところがあったようだったな――でもね、殺されたのはすごくかわいそうだと思うよ」



 次の同級生が映し出される。女性・O(17)と表記される。シルエットは年相応の女性の姿だった。



「今でも受け入れられていません。あい……いえ、彼女は、たぶん私に迷惑をかけまいとして……それで――――」

 >>事件のことは知らなかった?

「まさかこんなことになってるなんて。でも彼女は警察に通報したから。もうすぐ来るから大丈夫って」

 >>なぜ被害者は殺されたんでしょう?

「逆恨みされたんだと思います。だってあの子。すごいもてるから」

 >>事件のことで何か?

「現場から見つかったもうひとつの死体も私の友達なんです――だから余計にショックで……もしかしたら彼女は……そのことで何か隠してたのかも」

 >>どういうことですか?

「そんなのわからない。でもそうとしか思えないから」



 次の同級生が映し出される。男性・T(17)と表記されてる。シルエットはいかつい大柄な男性だった。



「……答えたくないです」

 >>あなたは現場に居合わせたみたいですが

「俺は被害者の恋人でした、だから助けに駆けつけた」

 >>彼氏? 先ほども彼氏と名乗る男性に話をお伺いしたんですが?

「それは俺一人だ――――悪いけどちょっとカメラ止めてもらっていいですか?」



 しばらくして取材は再会する。



「悔やんでも悔やみきれないですよ。そりゃあ、だってあと一歩ってところで――――全てが遅すぎたんです」

 >>連絡を受けた?

「もうずっと前からね。助けを求めてきた――俺が馬鹿だった。だってこんな大事になってるとは思わなかった――ふざけてるだけだと思った――気づいた頃にはもう……すみません、ちょっとこれ以上はもう……」

 男性は手で口を塞いで俯いてしまった。カットを挟んで再びインタビューが再開する。

 >>犯人は知り合いだった?

「知り合い……ずっと昔の同級生だったようですけど、ぜんぜん覚えてませんでした――正直なんであいつがって感じですよ――」



 インタビュー映像が終わると、黒地の背景に白い文字が浮かび上がる。



 >>――二つの死体?――



 再び低い野太い声のナレーションが話し出す。



「現場となったマンションでは被害者の女性のほか、彼女の家の中にはもう一人の死体が放置されていた――――坂下みどりさん(17)――――彼女は被害者といったいどんな関係があったのか?」



 細切れに編集されたインタビュー映像が流れる。今度はモザイクはかかっているものの、名前は表記されない。



「友達? 幼馴染だって聞いたけど」

「同級生だよ。子供の頃からの友達だったみたい」



 短いインタビュー映像が終わり、再び野太い声のナレーション。



「どうやら、彼女は被害者の親友だったという――――しかしなぜ、彼女までが殺されてしまったのか――――そして被害者の家に放置されるという異様な状況が生まれることになったのだろうか――後の捜査で判明したことだが、二人の女性の死亡推定時刻はバラバラだった。被害者は死体が家の中にあるという常軌を逸した環境の中で、立て篭もっていたことになる――――なぜ彼女は警察にそのことを伝えなかったのだろう――――我々取材班は犯罪心理学、名誉教授の上島氏をうかがった」


「――単純な心理ですね。自分が犯罪者にされることが怖かったんじゃないですか――」

 >>犯人じゃないのに?

「――そうです。誰しもがそういう心理が無意識に働くものなんです――」



 映像は切り替わる――――暗がりの赤いパトランプに照らされた住宅地――――マンションの中から警察に手錠をかけられて連行される男の姿だった。



「――被害者自身の通報が契機となり、犯人逮捕に至った――久慈川智(17)――無職。驚いたことに、被害者と同じマンションに住んでいたというこの男性――彼の動機はなんだったのか――」



 >>突発的な性的な衝動でやった。相手に恨みはなかった。




 映像は黒地に汚い不気味な着ぐるみのようなものが映し出された。



「そう答える男。実際に被害者の家や遺体からは彼の指紋が検出されている――――しかし犯行には被害者がダッチワイフと呼んだ悪趣味な気ぐるみを用いたことなど、その計画性を至る箇所に覗かせる――――事件は本当に無計画に行われたものだったのか――――犯人は未だに黙秘を貫いている――――捜査関係者はこう答えている」



 エコーがかかった編集された声がそのままの不気味な背景をバックに話し出す。


「現場では犯人のものと思われる体液も採取されました。やはり、彼が性的な衝動から犯行に及んだことは事実と思われます」



 モザイクのかかった住宅地を進む映像が流れる。


「マンションの管理者は異変に気づかなかったのか――――我々取材班は改めて、管理人を突撃した」



 椅子に座った管理人Aと表記された男が、またエコーのかかった声で取材に応じる。


「どうかねぇ……近頃の子はそういうのを話したがらないんじゃない。せっかくインターホンに管理人ボタンがついてるんだからさ。これじゃあ意味ないよ。一人で悩まないでどんどん相談してくれればいいんだよ。こうやって事件になるとこっちもいい迷惑だ。若気の至りって言葉もあるけどもね。まさか殺すまでやるこたぁないでしょ」

 >>気づかなかった?

「困ったもんだよね。ほんと、困ったもんだよ」

 >>監視カメラは犯行の瞬間を捉えていない?

「そんなことよりもね。とつぜん監視カメラがバチっと消えてね……おかしいなぁと思ったんですよ……そうしたらこういう事件でしょ? 管理会社の責任ですよね、全部」




 カメラはスタジオに戻ってくる。


 おどろおどろしいニュースとは裏腹に、和気藹々とした和やかな空気がスタジオ中に立ち込めていた。不気味なVTRが終わりフッと緊張の糸がほぐれたようだった。小気味いいポップなBGMが流れる。俯瞰の映像からアップの映像。アナウンサーが申し訳程度に頭を下げて仰々しい言葉遣いで話し出す。


「ええ……被害者の方にはお悔やみを申し上げます――――我々一同事件の早期解決を祈っております」


 アナウンサーに意見を求められると、真っ先に専門家席に座る太った男が答えた。


「――――けれどね、ひとつ警察の関係者として言わせてもらうと、この犯人というのがなんだか奇妙なんだよ」

「どういうことですか?」

「うん……ふつう、この手の犯人ってのはしぶとく逃げ回るもんだけど。こと、この事件の犯人は抵抗することなく大人しくお縄についた。まあ、はじめから名前もバレて逃げようもなかったってのもひとつの理由ではあるけれどね」

「どうしてそんな?」

「思うに――――人を殺して、はじめて自分のしでかした罪の重さを悟ったのかもね――――そうしたら、逃げることがいかに被害者を冒涜する行為なのかを、改めて考えたんじゃないかね」

「それってよくあることなんですか?」

「まぁ、あるあるだよね」


 専門家が答え終わると、落ち着きのない主婦代表のようなおばさんタレントが我慢できないように話し出す。


「最近も似たようなニュースあったじゃない?」

「地域は同じらしいです」

「益々関係があると思えない?」

「それが……犯人も被害者も無関係みたいなんです」

「なぁんだ、つまんない」

「いや、田島さん!」

「いまのところカットしてちょうだい」

「――――あははははっ」


 ひと笑い挟むと、おばさんタレントは満足げに着席した。他の男性タレントも続けて口を開く。


「よくわかんないけどさ、その被害者がもう一人の女性を殺したわけじゃないんだね?」

「はい」

「今回の犯人と共犯だったってのは? 同じマンションに住んでたんでしょ?」

「――――ええ……それがまだわかっていないらしく、彼と揉めて仲違いしての通報の可能性もあるらしいです」

「でも盗撮してたんでしょう? なんでまた……?」

「それとこれとは話は別なんでしょうか?」

「現場には何か証拠になるようなものはなかった?」

「ええ――――どうやらスマホやノートパソコンの類は全部処分されていたようで」

「おかしいですよ。やっぱりその犯人がもっと重要な何かを隠してるのをばらされたくなかったんじゃないですか?」

「ダッチワイフ……どういう意味なんですかね?」

 スタジオが黙り込む。誰もが答えられない重たい空気になった。お調子者のタレントがいう。

「単なる悪戯じゃないですか? 深い意味なんてない」

 芸人のコメンテーターが閃いたようにいう。

「そういやぁ、ガキのころか、うちのどぶ川の河川敷に汚くなった男のダッチワイフ捨てられてたな……酷い目にあったのかくたくたに汚れた姿が哀愁たっぷりでおかしかった――くっくっく……これが女性のやつだと、何やらただ事じゃない悲惨な様に見えるけれど。こと男だとわかると、なんだか女にいいように振り回されて疲れ果てた苦労人の末路みたいでわらけてくるね」

「はっはっは」

「金田さん、笑い事じゃないですよ! これ殺人事件! ――――」



  ◆◇◆◇◆◇



 フッとテレビの音が消える。《消音》という文字が画面の右下に表示される。それから、うんざりしたような男の低い声が聞こえる。


「うるさいな……ワイドショー」

「起きてたんだ?」


 と、女の声。笑う男。


「起きたんだ。しかも――よりによって後輩の事件、もう連日そう。苦しくて仕方ないよ……」

「ワイドショーってくだらないね」

「飯の種に食いつく、野蛮なマスコミどもさ」

「ねぇトシくん。今日はちょっと渡したいものがあるんだ」

「なんだよ改まってさ?」

「あはは、わかってるくせに……」


 ごそごそと、荷物を押し退ける音。しばらくして女は喜々として小さな小包みを取り上げて、両手で男に手渡す。


「はい、バレンタイン」

「義理か?」

「冗談……本命だよぉ~」

「はは」


 女は男の大きな胸板にもたれかかる。男はおもむろにいう。


「そういえば夏帆。お前、めがねは?」

「え?」

「ほら、あの赤い縁のめがね。お気に入りだったんだろ?」

「捨てたよ。あんな子供っぽい奴。コンタクトに変えたんだ」

「ふぅん……」


 男はつまらなそうにいう。それから彼女のことをにらみつけるように一瞥した。


「けどさぁ、夏帆? お前も同級生なのに、随分と冷たいよな?」

「なにが?」

「お前のそういうとこ、正直気に食わないんだけど――――」

「ふふふ」

「笑い事じゃねぇんだぞ?」


 怒気のを含んだ声。女は取り乱したように困惑する。


「そうだね――――確かにそうかも」

「…………」


 男は、テレビ画面をにらみつけた。そして、悲しげな目で被害者の男を見て、語り出す。


「俺はさ……間違ってると思うよ――好きな女の子に、あんな形でしかアプローチできない不器用な男はさ……」

「本当に好きだったのかな?」

「え?」

「ふふふ、冗談。きっとさ、チョコレートが欲しかったんだよ!」

「……夏帆、お前なぁ~」

「あはは、じゃあ彼にもサービスしちゃおうかな?」

「おい!」


 夏帆はごそごそと荷物を漁ると、何かを取り出した。男は恐ろしげに問いかける。


「……それは誰の?」

「もちろん、テレビの向こうの彼のだよ」


 夏帆は、警察に捕まり連行されていく久慈川智に向かってチョコレートの入った小包みを手渡すような仕草をしてみせる。一瞬、テレビ画面の中の久慈川がカメラを睨みつけるよう不気味な眼で一瞥してきた。その映像が何度も繰り返される。つまらなそうに苦笑して、男はいう。


「なぁ夏帆。そのチョコレートは本命か?」

「…………義理に決まってるでしょ?」


 そういって、夏帆はチョコレートの入った小包みを憎たらしげに放り投げた。小包みは壊れて中からチョコレートが床に散らばった。――――ブッと、テレビ画面が消えた。

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3LDK ~女子高生とストーカーの密室劇~ @junichi

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