PEN PAPER AND PASSION

藤田大腸

PEN PAPER AND PASSION

 紙とペンがあれば誰でも数学はできる。そう私の数学教師は口癖のようにのたまっていた。


 恋愛方程式だって紙とペンだけで解ければ全然苦労しないのに、と思っている。そんな私は今、実際に紙とペンで「難題」を解いている真っ最中だ。


『ずっとあなたのことが好きでした……』


 紙に書いた文字を朗読してみたものの、最後まで読むことなくクシャクシャに丸めてゴミ箱に投げ入れた。


「ダメだダメだ! ありきたりな表現すぎる! これじゃいっちゃんの心に届かないって!」


 いっちゃんは文芸部に所属する私のクラスメートのあだ名だ。知的で優しいし顔もスタイルも抜群、女子校に進学していなければ、どの男子も放っておかなかっただろう。そのぐらいに才色兼備な子なのだ。


 小説を読むのも書くのも大好きな子で、毎月文芸部が出す雑誌に作品を掲載している。文章力は半端なものではなく、彼女の作品は生徒の間で大人気だ。いっちゃんの文章力が巨象とするなら、国語が大の苦手な私ごときの文章力はノミや米粒に等しい。


 それでも私はあがき続ける。いっちゃんの心を打つラブレターを書き上げるために。


『いっちゃんはまるで絵にも描けない竜宮城みたいで……』


 浦島太郎は無いわ。クシャクシャ、ポイ。


『いっちゃんのことを想うと本当に死にそうで死にそうでたまらない。こんな私をどうか助けてくださいお願いします……』


 自分で書いておいて何だけど気持ちが悪い。クシャクシャ、ポイ。


『あさから手紙を送りつけることを許してください。

 いたずらなどでは決してありません。まだ冬なのに

 四月なみのに暖かい日が続きますね。

 てぶくろも必要なくなってもうすぐ春が来るかと思うと 

 るんるん気分です』


 わざわざ縦読みにしてどうするんだ。しかも簡単にバレるだろこれ。クシャクシャ、ポイ。


 ゴミ箱はたちまち、いっちゃんへの愛を私の至らなさで台無しにしたもので埋まっていった。ただいたずらに時間を費やして環境への負荷に貢献しただけだった。


「明日にしよう……」


 ペンにキャップをして、私は大きくため息をつきながら床につくことにした。


 翌朝。あまり眠れなかった私は通学の途上であくびを何度もした。でもいっちゃんに会ったらいつものようにドキドキして眠気も覚めるかもしれない。


 ちょうど、下駄箱にいっちゃんがいた。私は胸をときめかせながら、挨拶をした。


「いっちゃん、おはよう」

「おはようしーちゃん」


 いっちゃんは挨拶を返すなり、私の制服のポケットに手を突っ込んできた。


「えっ!? なっ、何!?」

「トイレで読んで。返事は今すぐでなくていいから、じゃ」

「あっ」


 いっちゃんはそそくさと教室に行ってしまった。私はポケットに手を入れると、何か紙片のようなものが入っていた。とりあえずは、言われた通りトイレに行って個室に入る。

 

 取り出した紙片は複雑に折り畳まれていた。破いてしまわないよう慎重に広げると、そこにはでかでかと、でも綺麗な字でこう書かれていた。


『好きです。つきあってください』


「え?」


 眠気が一瞬で消え失せた。


 私はすぐさまトイレを飛び出して教室に向かうと、いっちゃんの手を引っ張って校舎裏まで連れて行った。


「いっちゃん。あ、あの手紙だけど……」

「そのまんまだよ。私ね、しーちゃんのことがずっと好きだったの」


 まさかの両想い。胸がいっぱいになった私は言葉よりも先に行動に出した。いっちゃんの細い体をぎゅーっと抱きしめたのだった。


「私もずっと好きだったんだよ!」

「本当に!?」


 いっちゃんの手が私の背中に回された。私も幸せだけど、いっちゃんも幸せなんだなってことが体温を通じてわかる。もうちょっとこうしていたいけど、授業が始まってしまうので名残惜しいけど離れた。続きはまた後だ。


「だけどいっちゃん、ラブレター書くならもっと凝った文章にすると思ってたけど意外だったね」

「実は、何度も書き直したんだよ。でもどうしてもクサい表現になっちゃうからかえって薄っぺらいと思われそうで……だったら逆に考えて徹底的に表現のムダを削ぎ落とそうとしたの。それでこういうストレートでシンプルな内容になったの」


 いっちゃんも悩んでたんだ。文学に通じてみんなを楽しませる小説を書いていても、一人の人間に想いを伝える文章を書くのに相当苦労していた。


 でも結局、こういうのは小手先の技術よりも情熱なんだと思い知らされた。


「教室に入ろう。もうすぐ授業だし」

「うん。いっちゃん、これからよろしくね」

「こちらこそ」


 いっちゃんが私の手を引いた。一時間目から苦手な国語総合だけど、気分は最高そのものだ。

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