紙とペンと、唐揚げ盛り盛りカレー

まほろば

さすが、私の先輩です

 ――西暦2135年、5月20日。

 東京都新昴区に新しくできた大学・三葉大学で、私こと早坂美来はやさかみくは早速迷っていました。

 広すぎる校内に、ではないですよ。あまりにも豊富な学食のメニューに、です。

 和・洋・中・カレー・ラーメンは勿論のこと、ここしか食べられない学食オリジナルメニューやどこかの企業とコラボした社員飯なるものも揃えているのだから、流石としか言いようがありません。


 券売機の傍で悩む事五分、私はトマトとチーズのボロネーゼを頼むことにしました。

 一人分にしてはちょっと多い位の量で、お値段何と300円。大学生の懐には優しいし、何より美味しいのが魅力的です。

 いつものお姉さんに食券を渡して、料理を作ってもらっている間に私はトレーとフォークを取ってきました。今日は少し暑いから、冷たいお茶にしようかなーなんて考えていた丁度その時、アナウンスで私の番号が呼ばれます。


 「はい、お待ちどうさま。しっかり食べなね!」

 「わー、ありがとうございます!」


 お姉さんの威勢の良い声と共に出来立てのパスタがトレーの上に置かれました。

 くるくると綺麗に巻かれたパスタの上に、大きめにカットされたトマトが幾つも入っている、濃厚なミートソースがこれでもかと掛けられている。更にその上に、どろりと溶けたチーズが掛けられていて、赤と金のコントラストが美しい。

 ごくり、と生唾を呑み込んで、いざ食べようと思ったら、なんと席が空いていないじゃないですか。

 生憎、今日の学食は大変に混雑しているようです。もちろん、いつも混雑しているんですけど、今日はいつもの3倍、いや4倍以上の生徒が入っている気がします。


 一体どういうことかと思って周囲を見渡してみると、答えはすぐそこにありました。柱に貼り付けられている広告です。

 『本日、唐揚げ特盛デー』。

 ……このやろう、やりやがったな?

 道理で男の人が多いと思ったんですよ。だって、いつもはいない野球のユニフォーム着た人とか、見るからにラグビー部でしょって感じの人とかいっぱいいるんですもん。

 友達に連絡して、一緒に食べようかなーと思ってたら、食堂の一番隅っこ、壁際の席に空席がありました。

 男の人が一人座って食べていたから、どうしようって思っていたら、その人は自分のよく知っている方でした。


「……あ、せんぱいだ」


 楠木努くすのきつとむ先輩。私よりも1歳年上で、確か法学部にいるはずです。

 私とおなじ、東京都立青豊高校とりつせいほうこうこうっていう高校を卒業していて、先輩は天文部の部長でした。部員は私1人だけで、部活というよりはお喋りばっかしていました。

 そんな努先輩は、一人でノートと睨めっこしながらお昼ご飯を食べていました。

 先輩のいる席、4人座れるんですけど、先輩が眉間に皺をよせてむすっとした顔で食べているから、だーれも近づこうとしないんですよねー。

 まったく、しょうがないなぁ。

 ――それにしても、ふむふむ。今日の先輩のお昼ご飯は大盛のカレーライスか。うわ、凄い唐揚げ乗ってる。


 「せーんぱい! お昼ご飯一緒に食べましょー」

 「げっ、美来みく


 私がお昼ごはんを乗せたトレーを持って近づくと、顔を上げた先輩が心底嫌そうな顔で私を見上げてきました。

 失礼千万ですね、まったく!


 「げってなんですか。そこまで嫌がらなくてもいいじゃないですか」

 「いや、お前と一緒に昼飯食うと、必ず次の授業遅れるんだよ」

 「それは先輩が悪いです」

 「お前が何時まで経っても話を切り上げてくれないからだろうが!」


 がーっと噛みつく先輩をスルーして、私は先輩の向かいに座ると、早速湯気を立てるパスタにかぶりつきます。


 「……おい。俺はまだ許可してないんだが?」

 「別に良いじゃないですか。空いてる席が此処しか見当たらなかったんですよ」


 普段から悪い目付きを更に鋭くして、先輩は不満を口にしました。私は、パスタをフォークに巻き付けながら言い返しました。だって本当のことですし。

 先輩は周りをぐるりと見渡して、混雑具合を確認しました。

 ふん、と鼻息を一つ吐くと、テーブルの上に散らばっているノートやらペンやらを1か所に集めてくれました。

 あ、やさしー。


 「しょうがないな」

 「わ、優しい先輩好きー。ありがとうございます♪」


 私がそう言うと、先輩は途端に食べる手を止めて、顔を真っ赤にして狼狽えました。

 好き、の部分に反応しちゃったんですね、ええ。分かりますよーだ。


 「お、お前この野郎。そういう事は、冗談でも口にするなって言っただろっ」

 「冗談なんかじゃないですよーだ。こっちは本気です」

 「くっ、本気な分、なおタチ悪いぞ」


 そう。何を隠そう、私は先輩に好意を抱いているのです。それも先輩が高校に在籍していた時から。具体的に言うと、私が天文部に入部して半年たった辺りの頃から、ずっと。

 先輩が卒業した日、一度告白したんですけどね。見事に振られちゃったんですよ。

 『君の好意はありがたいけど、僕は恋とか興味がないから』って。

 酷いと思いませんか!? 折角、勇気を出して告白したのに、この先輩ったら顔色一つ変えずにバッサリですよ!?

 ……このあんぽんたん。おたんこなす。すかたんぽん。


 「飯を食うのか、俺を睨みつけるのかどっちかにしてくれ。そもそも、俺が何をしたというんだ」

 「私の告白、断ったじゃないですか」

 「うぐ」


 カレーを頬張っていた先輩が咽ました。


 「生まれて初めての告白だったのに」

 「うぐっ」

 「せっかく、勇気を出したのに」

 「ぐふっ」

 「大好きですって、あんなに一生懸命伝えたのに」

 「おほうふ」


 耳まで真っ赤にした先輩が机に突っ伏しました。でも、私の顔も熱くなっているので、これで相打ちですね。どうですかっ、私の自爆攻撃っ!

 こんちくしょーっ!


 「わかった、俺が悪かった」

 「分かればいいんです」


 両手を挙げて、降参のポーズを取る先輩に、私は胸を張ってふんぞり返ります。

 先輩はガリガリと頭を掻きながら、食事を再開しました。私も冷めないうちに食べちゃいましょう。

 折角の美味しい料理ですからね、温かいうちに食べるが吉です。

 すこしの間、私たちの食器を動かす音だけが聞こえました。先輩の方をちらりと覗き見ると、あの大量の唐揚げと格闘していました。うわー、美味しそうです。


 「……ほら、やるよ」

 「ふぇ?」


 唐突に、先輩が唐揚げを私のパスタの上に乗せました。深いきつね色に揚がった唐揚げは、すごく美味しそうです。でも、いきなりなんででしょうか?

 私の内心を読んでいたのでしょう、先輩が半目になりながら答えました。


 「お前、欲しそうにしてたからな」

 「……私、そんな顔してました?」


 そんな表情に出ていたのでしょうか。不覚です。


 「良いから食え。足りなければ、もっとやるから」


 そう言うや否や、先輩はもう続けざまにもう1個唐揚げを乗せました。

 むー、その言い方だと、私が食いしん坊みたいじゃないですか。まあ、食べるんですけどね。あ、美味しい。

 私が唐揚げを頬張っているのを尻目に、先輩は鞄から紙とペンを取り出すと、左手で食事をしながら右手で器用にサラサラと書き始めました。


 「それ、何書いてるんです?」


 気になってそう訊ねてみたら、先輩はこっちを見ずに一言こう答えました。


 「ん? 小説だよ」


 小説。しょうせつ。nobel?

 先輩が、小説を書いている。――ええっ!?


 「ま、マジですか。因みに、どんな小説なんですか?」

 「あー。その、恋愛小説、かな」

 「――へぇ」

 「お前、今引いただろ! 悪かったな、俺みたいな奴が恋愛小説書いてて!」


 私が咄嗟に反応できずにいると、先輩がキレ気味に答えました。いや、別に引いたわけじゃないです。なんというかその、凄い先輩らしいなって思っただけです。

 そう言ったら、先輩は再び顔を赤らめました。


 「俺らしいって、どんなだよ……」

 「先輩、高校時代から色んな知識持ってましたから。いつかは、やり始めるんじゃないかなーって、思ってましたよ」

 「嘘つけ」


 嘘じゃないんですけどね。先輩が天文部の部長だった頃、星にまつわる逸話とか、宇宙に関する雑学とか沢山知っていたんですよ。だから、先輩だったらもしかしたら、とは思っていたのは事実です。

 まさか、恋愛ものに走るとは思っていませんでしたけど。


 「あの、それどんなストーリーなんですか?」

 「ん?」


 先輩があまりに真剣な表情で書いているものですから、私は猛烈に気になってきました。

 先輩はペンを置くと、ほら、と言って紙をこちらに寄越します。

 物語は、高校生の二人が日常生活を送るなかで次第に惹かれていく、といった内容でした。恋に恋する女子高生が、鈍感な先輩に猛烈アタックを掛けるも、ことごとく失敗する、というどこかで聞いた事のある展開が書かれています。


 「あれ? この展開、どこかで――」

 「さあ、気の所為だろ。ほら、お前もさっさと食わないと、次の講義に遅れるんじゃないか?」


 私の指摘に、先輩はどこか慌てた様子でカレーライスを掻きこむと、盛り盛りの唐揚げも平らげていきます。


 「私、今日の講義は4限だけなんで。少しゆっくり出来るんですよ。そう言う先輩は?」

 「今日は午前中で終わり。4時からバイトが入ってるから、それまでここで小説書いてる」


 なんと。じゃあ、せっかくなので私も先輩の傍に居させてもらいましょう。

 それを伝えると、ものすごく嫌そうな顔をしました。あれ、さっきも見た顔ですね。

 先輩は大きなため息を吐くと、推敲に付き合ってくれって言いました。

 答えは勿論、決まってますよね?


 結局、時間ぎりぎりまで付き合った結果、私は4限の授業に5分遅れるという失態を犯す羽目になったのですけど、でも、私にとってすごく幸せな時間だったのは、言うまでもありません。

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