こんなはずじゃなかった。
揣 仁希(低浮上)
彼からのエアメール。そして・・・
「はぁ、今日もなしか・・・」
ハイツの郵便受けを覗き込んで私はため息をついて、新聞とよくわからないチラシを無造作に掴んでバックから鍵を探す。
鍵を開け部屋の明かりをつけて、ベッドに倒れこむ。
一人暮らしを始めてから2年。それなりの会社に就職してそれなりに働いている。
ほんと、それなりだ。私は。
それに比べて彼は自分の夢を実現させる為にこの国を出て行った。
私が大学で遊んでいる間も、彼は必死に勉強して。
私なんていつ愛想を尽かされてもおかしくなんてなかったはずなのに。
彼はいつもこんな私に優しかった。
私はきっと彼に優しくなかったに違いない。
こんなはずじゃなかった。
今更ながらに思ってしまう。
高校時代の私は目立たない地味な女の子だった。
だから大学に入って、私はちょっとでも彼にいい女だと思ってほしくてあれこれと試してみた。
髪型も変えた。
髪の色も黒髪から栗色に。
メガネもやめてコンタクトにしてみた。
ファッション雑誌を見て服にも気を使うようにした。
今まで見向きもされなかった私が、同じ講義を受けている男子に声をかけられるようになった。
私は、こんなに可愛くなったのよ。と彼に話した。
あなたの為に私は変わったの。って。
全部全部、あなたの為にと。
でも、それは全部ウソ。
きっとほんとは全部自分のため。
高校3年の夏、彼は私に自分の夢について熱く語ってくれた。
世界にはまだ教育が行き届いていない国がたくさんある。僕はそんな国の助けになりたいんだ。
言葉も通じないだろう、電気や水も満足にないかもしれない。
たかだか1人の力なんてしれてるかもしれない。
でも僕は、"たかだか1人"でもそんな人達の役に立つ仕事がしたいんだ。
そう言って私に話してくれた彼の顔は、ほんとにステキだった。
彼は、私が大学2年の時に海外に旅立った。
中東の奥地。本当に電気も水道も通っていないようなところに学校を建てるんだ。と言って。
私は、本当は彼に行ってほしくなかった。私を捨てないでって、夢より私を選んでほしかった。
でも、あの日空港で私は笑って彼を見送った。
私の何歩も前を歩く彼が好きだったから。
あれから3年。2、3ヶ月に一回は必ず彼からのエアメールが届く。
日に焼けた彼の笑顔。
たくさんの子供達に囲まれた彼。
畑で野菜を片手に微笑む彼。
全部全部、私の宝物だったはずなのに。
次第に私は彼に返事を書かなくなった。
嫌いになったわけじゃない。
ただ、自分が情けなくなっただけ。
彼からのエアメールを見るたびに涙が溢れてくる。
こんなはずじゃなかった。
それでも、彼は私宛にエアメールを送ってくれる。
3年も帰れなくてごめん。
寂しい思いをさせてごめん。
来年の春には帰るから、待っていてほしいと。
こんな私に彼は遠く離れていても優しく語りかけてくれる。
ベッドの横に彼からのエアメールが置いてある。
2ヶ月前に届いたエアメール。
真っ黒に日焼けして現地の人達に囲まれて、学校を背に太陽のような笑顔の彼の写真。
春になったら、桜が咲く頃にはきっと帰るから。
私は彼を待っていていいのだろうか?
こんな何者でもないような私が、彼に相応しいのだろう?
1人の部屋で私はそんなことばかり考えてしまう。
コトン。
そんな音で私は我に返った。
「何かしら?」
部屋の郵便受けに写真が一枚入っていた。
さっきはなかったのに?
写っているのは大きな桜の木だった。
枝いっぱいに華を咲かせた桜。
私が通った高校の中庭の桜の木。
私は震える手でドアを開ける。
「ただいま、チカちゃん」
真っ黒に日焼けした彼の笑顔。
「おかえりなさい、ハルキくん」
私は、精一杯の笑顔で彼を迎える。
こんな私にでも彼は変わらず微笑んでくれた。
こんなはずじゃなかった。
ううん、そうじゃない。
私はまだ頑張れる。
彼の10歩後でもいい。並んで歩けなくてもいい。
今度は私から彼にエアメールを送ろう。
私もまだ頑張れるって。
こんなはずじゃなかった。 揣 仁希(低浮上) @hakariniki
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