紙とペンとタブレット

坂口航

友人との日常

「やっぱり上手いなお前、人間描くのは間違いなく海斗の方が上だ」


 俺はパソコンに映し出された絵を見て思わず声を漏らした。

 そこで描かれていたのは二人組の男女。だがその服装は現実社会ではまず着ないであろう奇抜というか装飾の多いものである。目と髪の色は世界広しとも、生まれつき持ってはいないような暖色である。


「いや、どんなに人が描けたとしてもこれは模写だ。オリジナルと比べれば当然下になる。それだったら迅、お前のこの怪物の方がよっぽど優秀に違いない」

 

 そうして海斗が拾ったのは一枚の紙。俺が家で描いてきたオリジナルの怪物である。触手が在らぬ方向から生え蠢いている醜悪極まりない怪物の絵。だがこれは下書きの段階で色は入っていない。


「いや人間とそれ以外で比べんなよ。人間画に対してこういう怪物なんかは自由度が高いから作りやすいだけ。色づけだって出来てないし、需要的にも海斗の方が上だろ」

「それは迅が未だにペンに拘って描いてるからだろうが。早いとこ液タブに切り替えた方が、色々ステップアップできると思うぜ」


 簡単に言ってくれるが液タブを買うお金など、バイトもしていない高校生である俺には持っていない。興味はあるが、どちらかと言えば俺は紙でやる方が向いている気がする。

 向こうもそのことは十分知っているから、さっきの発言も特に深い意味はないのだろう。

 それに、俺はすでに大量のペンを持っている。まぁ数にしたら、本業の方々などとは比べものにもならないだろうが、素人にしては持っている方だ。

 少ないお金で揃えたのだからしばらくは液タブを買わずにこのままで行こうと思う。それにスキャナーがあるのでネットに投稿もできる。


「で、とりあえず家で描いた分の見せ合いはここまでにして。早速いつものやろうぜ」


 いつものと、そう海斗が言ったのを聞いて俺は少し細く笑んだ。別に何かしてやろうとおもったからではない。単純に楽しみだったからだ。

 そう思っている中、海斗はスマホでルーレットを初めている。テキトーな文字を自動的に選択してくれるアプリ。ここまで俺たちに必要な物はないだろう。


「よし出た。じゃあ今から一時間、お題は『西』だとよ」

「西って、あまりにもアバウト過ぎないか?」

「別にいいだろ。どんなお題でも描けるヤツは描けるのだから。さぁ問答無用でスタート!」


 少しお題には不満があったが、すでにスタートさせてしまったのだからやらねばならない。

 俺はカバンから紙と何種類かのペンを取り出して机に向かい始める。

 その後ろで海斗はパソコンを見つめながら絵を進め始めている。

 これが俺たちがよくやるゲーム、一時間でお題に合った人物を描く。正直人物画は苦手だったのだが、これを始めてからは大分マシなものとなってきた。

 絵を描く時はお互い一切として話すことはなくなる。ただ黙々と、目の前の紙に、画面に集中して一心に筆を進めていくだけだ。

 大まかなアタリを取り、顔を描いていく。正直これが一番苦手だ。

 時間かければいけるのだが、早く進めようとするとバランスが崩れ、目や口のサイズがおかしなことになる。

 だから時間かけないとならないが、時間が一時間しかないのだ。少しでも色付けにも入りたいのでここばかりに気を取られる訳にもいかない。


 何度も動く手を止めながらも描き進めるが、時間は無情にも進み続け、あまりにも一瞬に一時間が経ってしまった。


「はい終了。終了だってば。おい迅いい加減手を止めろ」

「少しだけでいいから待ってくれ、髪の色だけでもせめて」


 本音を言うなら隅々までちゃんと塗り終えたかったがダメだといわれたのでここで終了となった。

 出来上がった絵を見ると、やはりバランスが取れていない部分があった。  


「んじゃあ迅よ、そっちの絵を貸せ。俺の絵もちゃんとみてれよ」 


 そうして今まで海斗が座っていた椅子に俺が座り、俺が座って描いていた場所で海斗が見ている。 

 海斗の絵はかなり進んでおり、色もほとんど塗り終えていた。そしてお題からイメージしたものがここまで違うのかと驚いた。

 自分は関西という単語がいち早く思い付いたから、明るい少女の絵を描いた。だがこれはそれとは対極の暗い雰囲気をもった少女。いや少女というには大人びている、女子、というのが当ってるだろう。

 そして突き付けられる技術の差。こればかりはどんなに頑張っても追い付ける気がしない。


「やっぱり海斗、アンタは凄いな。色もそうだが短時間でよくもまぁ描けるもんだよ」


 正直にそう言うと。何にも曲げてそれを聞き入れることはなく、シンプルにただそのままの言葉の意味で海斗は受け取り、得意気に鼻から息を出しながら反り返る。

 

「それは当選だぜ。なにせ俺は将来ラノベのイラストを描くことになるんだ。素早く出されたお題のイメージを明確に絵として表す練習は毎日しているからな」

「ラノベの絵ね。書く方になろうとは思わないのか?」

「ハハハッ、それは絶対に無理だ。だって国語は赤点ギリギリだったぜ」


 なぜか赤点ギリギリであることも自信たっぷりに言っている。そこは自慢せずに少しは恥じた方がいいと思う。


「なぁ迅よ、お前もなるんだろイラストレーターに」

「……まぁそれは思ってるけど正直このままじゃ無理だな」

「うん無理だな」


 否定しろよ。少しはそう思ったが、下手にそんなことなどないとフォローされるよりは、はっきりと言ってくれた方が今後を考えるとおりがたいのは確かだ。

 最初は叶いっこないと思っていた夢だったが、こうして毎週の休みに海斗と描いている内にホントになれそうに思えてくる。

 コイツはどこまでも遠慮がなく、ためらいがなく、常に前向きプラスな発言しかしない。


「よしじゃあ交代で批判していくぞ。迅も遠慮なく言ってくれ。俺は希代の天才イラストレーターにならないといけないからな」

「あいよ。相変わらずデカイ口を叩くなお前は」


 だからこそ良いと俺は思える。ホントにありがたい、将来なれるかどうかは分からないが、こうしていてくれるだけでも十分じゃないかと思えてくる。 

 だが、それじゃあダメなんだよな、コイツは。


 少し苦労もするだろうが、改めてコイツとは付き合い続けようと俺は再び思うこととなった。


 

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