紙とペンと創作者

ぶるすぷ

紙とペンと創作者

 俺はアマチュア小説家だ。

 小説家になるため、専門の育成機関へ入学し寮に入って一年半、ずっと小説を書き続けている。

 文章力はそれなりにあるつもりだ。プロットも、紙束の山ができるほど書いてきた。

 時間をかけて、店頭に置いても大丈夫なくらいの作品を作れるようになったつもりだ。


 そして今日は、初めてネット小説のサイトに作品を投稿した。

 二十万字以上の長編だ。

 かなり頑張った。自分でも、面白い作品ができたと思う。

 投稿したらどんな反応があるか楽しみだった。





 寮で暮らすので、俺にも同室の人がいる。

 背が小さくて、メガネをかけている、キノコ頭のやつ。

 俺と同い年と思えないぐらいに子供っぽくて、いつも脳天気に笑っているのが癪に触る。

 けど、そいつも小説を書いているらしく、時々書いては読ませてくる。

 いつも長いものばかり書くので読むのは大変だが、仕方なく読んでやっている。

 そんなに面白いとは思わない。内容も濃くなくて、これくらいの小説なら俺も書けると思えるぐらいのものだ。

 本人にそう伝えると、まあ、そんなもんだよね、と自信なさげに彼は答えた。


 そして彼は、また小説を書き続けるのだ。

 俺にも書けそうな作品を。

 いつまでもいつまでも脳天気に。





 同室のことはどうでもいい。

 投稿してから一日たった。

 俺は投稿した作品がどれほど見られたか。

 どれほど星を獲得したのか確認したかった。


 まさかないだろうけど、ランキングに載るほど人気が出てたりして?

 いやいや、そんなこと、でも、ワンちゃんあるかもしれないか?


 そんなふうに期待に胸を膨らませながら、俺はサイトを開いて自分の作品のページに飛んだ。


 すぐに俺の目に飛び込んできたのは。


”星0 0人が応援しました 3PV”


 は?

 なんだこれは。

 誰も星を入れてない?

 というか、3PV? 三人しか見てないのか?

 この作品を?


 いや、逆に三人も見て、それで誰も、星をつけなかったのか?


 もう一度見ても。


”星0 0人が応援しました 3PV”


 ありえないだろ。

 どういうことだよ。

 どんだけ俺が頑張って書いたと思ってるんだよ。


 別に、文豪って呼ばれるような人間みたいに才能があるとは思ってない。

 けど、全く才能が無いってわけでもないはずだよ。それなりにあるはずだ。俺の才能は。


 なのに、星が0? なんなんだ、これは。


 あんなに時間を費やして、頑張って書いた作品が、たったこれだけで終わるのか?

 何も反応しない読者は一体なんなんだよ。

 これじゃあ、書いても、どれだけ書いても意味無いんじゃねえかよ。




 キーボードを叩く指が、忌まわしく見えた。

 画面に映る字が汚く感じられた。



 やめだ、やめ。

 こんなくそったれな作業、やってられるかよ。



 そう吐き捨てて、椅子の背もたれに寄りかかった。

 こんなクソな小説なんて書きたくない。

 そう思った。





 呆れて、もうやってられるか、と投げ出して、一週間。

 毎日書いていた小説も書かずにいると、ふと隣からキーボードを叩く音が聞こえた。

 同室だった。

 同室のキノコ頭が、いつものように書いている。

 俺にも書けそうな長編を、いつものように書いている。


 何かされたわけでもないのに、イラッとした。

 おい、書くの楽しいか? と聞いてみた。

 どうせ脳天気に、楽しいよ! とか言ってくると思っていた。


 ――全然、楽しくないよ。

 と返ってきた。


 意外だった。あいつがそんなことを言うとは思わなかった。


 俺は、じゃあなんで書くんだよ、と聞いた。

 するとあいつは、なんでだろうね、と笑った。

 少しイラッとした。


 どうせ評価もこない。PVも伸びない。面白い作品ができるわけでもない。誰かが喜ぶわけでもない。読んでみれば誰にでも書けるような文章だ。何の意味も無い。無駄だ無駄。無駄な作業。どうして時間を費やせるんだ?


 イラっとしてぶつけた言葉。

 もうどうでもいいと思って言った言葉。


 キノコ頭は、少し考えてこう答えてきた。


 ――夢を見てるから、かな。


 少し嬉しそうに、話し始めた。


 ――僕が今書いた物語が、今は誰にも読まれない作品かもしれないけど、いつか遠い日に、どこかの誰かが読んでくれるかもしれない。感動してくれるかもしれない。そうやって僕は、今まで色んな物語から感動をもらってきたんだ。

 だから、次は僕の番。見も知らぬ誰かを感動させられるようになりたいなって、初めて物語で感動した日からずっと、夢を見てるんだ。


 チビでメガネかけてキノコ頭で子供っぽいそいつは、そう喋っている瞬間だけ、めちゃくちゃ輝いて見えた。

 胸が熱くなった。


 俺は何やってんだ、と思った。


 そうか、頑張れよ、応援してる。そう言ってやった。

 そいつは笑って、執筆に戻った。





 ふと、同室の書いた作品を読んでみたくなった。

 お前、今まで何文字ぐらい書いたんだ? と聞いてみると、良くわからないけど、沢山書いたよ、と返ってきた。

 文字数なら俺も七十万字くらい書いているし、負ける気はしない。

 同室からペンネームを聞いて、サイトで調べる。

 すぐに出てきた。

 開く。

 そしてすぐに目に入ってきた。


 ”総執筆文字数:10,251,354字”


 は?

 なんだ、これは。

 ひゃく、いや、違う、一千万、字!?

 一千万!? 俺と同じ歳で、こんな文字数書いてるのか、こいつは!?


 確かに長編ばっかり読ませてくるやつだと思っていたけど、これはおかしいだろ。

 一千万って、そう簡単に書ける文字数じゃねえぞ。


 それじゃあ、今まで俺が読んでた作品は一体、どういうものなんだ。


 俺は読み返した。

 今まで読ませられた作品を、適当にチョイスして、最初から読み直す。

 

 驚愕した。


 読みやすい。めちゃくちゃ読みやすい。

 内容が薄いと思っていたけれど、それは違った。重い内容で読者の負担が大きくなるのを避けていただけだった。

 文章が簡単すぎると言ったのも見当違いだった。難しい漢字や文法を避けた、抵抗なくスラスラ読める文体だった。


 説明だけの話は極力避けて、必要なことは登場人物が自然な流れで説明していた。

 冒頭は刺激的で、飽きないように気になる伏線も張られている。

 イベントが絶えない。会話もくすっと笑える。バトルシーンはテンポが良くて臨場感がある。


 誰にでも書けるものだと思っていた。俺にも書けそうだと思った。

 けど、改めて読んで分かった。そんなことは断じて無い。


 ただ単純に、誰にでも書けそうだと思わされるほど自然で読みやすい文章だったんだ。


 恥ずかしくなった。

 自分に呆れた。


 哀れな自分と凄い同室へ向けて。

 せめてもの償いとして、お前の作品、すげえ面白いよ、と言ってやった。

 すると同室は、そんなこと無いよ、といつものように言ってきた。

 いや、俺にはこんな凄い作品書けない。もう小説書く資格なんて無いんだ。


 俺に物語は作れないんだよ。


 ため息混じりに口に出した。


 紙とペンはある。パソコンも、キーボードも、目の前にある。けど、他の何もかもが無いんだ。俺には。

 物語を作る才能も根気も、資格も無い。

 もう俺はだめだ。


 するといつの間にか、俺の目の前にキノコ頭がいた。


 ――そんなこと無いよ。


 そいつは真剣な表情をして。


 ――物語を作るのに必要なのは3つ。紙とペンと創作者。これだけさ。


 お前には才能も根気もあるじゃないか、と反論した。

 けど、顔色ひとつ変えず。


 ――無いよ。才能も無いし、そんなに根気もないんだ。けど、それでもいいんだ。物語を作るのに、才能も根気も資格もいらない。ただ、君が創作者であろうとすれば物語は作れる。紙とペンが待ってるよ。早く創作者が来ないかなーって、ずっと待ってる。


 そいつは笑顔になった。

 そして言った。


 ――一緒に物語を作ろうよ。いつか誰かを感動させるためにさ。


 なんか変なこと言っちゃったな、と少し気恥ずかしそうにすると、そいつは自分の机に戻ってキーボードを叩き始めた。


 才能も根気も資格も必要ない。

 必要なのは、紙とペンと創作者だけ、か。


 今まで、自分の作品に自信を持っていた自分が馬鹿らしくなった。けど、頭の中が今までで一番すっきりした気がした。

 キーボードを叩く同室の背中がちょっと大きく見えた。



 ため息を一つついて立ち上がる。



 紙とペンが待ってるだろうし、さあて、今日も小説を書こうかな。

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