すべてがKACになる

箱守みずき

紙とペンと世界の終わり

 西暦2019年。

 Kaku And Crazyウイルス、通称KACウイルスの蔓延により、人類は滅亡の危機を迎えていた。KACウイルスに感染した者は無性に何かを書きたくなり、さらに読者を探してさまよい歩くようになる、要は知的なゾンビだ。またたく間にウイルスは世界に蔓延し、残った人類は安全な土地を巡って戦争を始めた。

 後の第一次KAC戦争である。


 戦争はウイルスの広がりにより勝者なく終結し、ほとんどの人類がウイルスに罹ってしまっていた。


 KAC戦争集結から4年後。

 日本、四国。

 

 もともと陸の孤島と化していた四国は、ウイルスの蔓延を察知し本州四国連絡橋をいち早く爆破。ウイルスの侵入を日本で唯一防げていた。日本国は臨時政府を高知市に設置し、国の再建を目指し、ウイルスへの対抗策を練っていた。



「これは?」

「全自動なんでも読み上げるくん1号、モデル竜馬ですぜよ」


 臨時政府首相の執務室。首相の福篭ふくろう次郎の前には、カカシのような物体が置かれていた。


「この高性能ロボットは目の前に出された文章を読み上げることが可能です。さらに5パターンの感想を発することができます」


『むかしむかし、あるところに』


 ロボットは提示された紙に書かれている桃太郎を無機質に読み上げる。


『キャラクターは立っているけど、ストーリーがご都合主義すぎるぜよ』


「感想だけ妙にリアルだな……」


「KACウイルス感染者は打たれ弱いと研究でわかっておりますので、5パターンすべて厳しい感想となっています」


「鬼だな……」


 福篭ふくろうは笑顔でこちらを向いているロボットを見つめている。竜馬をモデルとしているだけあって凛々しい顔つきだが笑っているので少し怖い。


「これを海岸線に設置し、感染者の侵入を防ぎます」

「本当に感染者に効果があるのか? どう見ても人間には見えんぞ?」


「感染者は判断能力が著しく低下するということがわかっておりますので問題ないかと。これが解説書と、設置計画案です。明日までに読んで感想ください」


「うむ……」


 そこへ白衣を着た眼鏡の男が走り込んできた。


「首相、大変です!」

「どうした?」

「新種のウイルスが現れた模様です!」

「なんだと!どんなウイルスだ?」

「新しいウイルスの感染者はこれまでと違い、発症後数日はある程度知性を保っています」

「そんな…それじゃあ見分けがつかないじゃないか」

「大丈夫です、見分ける方法はついています。この報告書に書いてありますので明日までに感想をください」


 福篭ふくろうは報告書を手に取る。読み進めるにつれ、福篭ふくろうは背筋が凍っていく。


「見分ける方法はひとつ。感染者は『明日までに感想を下さいと』と言って書いたものを渡す」


「お、お前ら……まさか……」


 福篭ふくろうは机から拳銃を取り出し、二人に向けた。しかし躊躇する。感染は空気を介しても広がるが、血液はその比ではない。撃ち殺せば血が飛び散って感染してしまう可能性がある。福篭ふくろうは技術者の言葉を思い出す。


「テニオハがなって無い!こんなんじゃ内容以前の問題だ!報告書は結論を先に書けと言ってるだろ!こんなので企画が通ると思うな!専門用語が多すぎる!もっと一般の人にも理解できるように書けと言っているだろう!」


「ぐわぁ」

「ぐへぇ」


 二人にある程度のダメージはあったようだ。

 その隙に福篭ふくろうは部屋を飛び出した。


「クソ、なんてことだ。すでにこんなところまで!」


 福篭ふくろうは防衛省臨時本部に向う。

 幕僚長を見つけた。


「感染者だ!すでに市内に蔓延してる可能性がある!戒厳令を出せ!」


「首相。そんなことより私が書いた『幕僚長が異世界で魔王と悪役令嬢』を読んで、明日までにご感想を」


「お前まで……、そんな設定何番煎じだと思ってるんだ!読み飽きたわ!」


「あひゅー」


「もうだめだ……この国は、おしまいだ……」


「『俺の妹が異世界でスローライフをしようとしたらダンジョンでチート能力を押し付けられてたので復讐する!』」

「詰め込みすぎぃ!」

「ぐあー」


「説明ゼリフが多すぎる!」

「えびー」


 なんとか感染者を切り抜け、車までたどり着く。

 福篭ふくろうは車を走らせ、山の上にある自宅に向かう。

 彼には妻と娘が居た。

 せめて二人だけは助けなければ。


 福篭ふくろうは扉を開け、家に入る。

 

「あらあなた今日は早かったのね。どうしたの?」


「今すぐにシェルターに逃げるぞ!もうこの国はおしまいだ!」

「シェルター?まさか、感染者が?」

「そうだ、市内にも広がっているようだ。今すぐ荷物をまとめて逃げるんだ。あそこなら俺達だけなら数年は暮らすことができる」

「ええ、わかったわ!すぐに準備を初めます」


 福篭ふくろうは安堵していた。

 どうやら妻は無事のようだ。

 

 そこに、娘がやってきた。


「おとうさんにお手紙書いたの!」

「今はそんなことをしている場合じゃないんだ。逃げるんだ」


「明日までに感想聞かせてね!」


 その言葉で福篭ふくろうは全身の力が抜け、床に崩れていく。

 

「ああ、そんな、そんなことが……。どこで、どこで間違った……」


「あなたどうしたの?」

書子かくこも感染している……もうおしまいだ」


「そんな……じゃあ私も……」

「ああ、時間の問題だろう……俺もすぐに発症するだろう……」


 福篭ふくろうはもう逃げることを諦め、自宅で最後の時間を楽しむことにした。娘の書いた手紙を読み、妻の書いた物語を読んだ。


「お父さん大好きか……嬉しいな」


 二人の書いたものには愛が詰まっていた。

 二人の書いたものを読むたびに、涙がこぼれ落ちた。


「『家族で異世界冒険記』か……。キャラもストーリーもありふれたものだ……。でもなんでこんなに……涙が……。こんなことならもっと家族の時間を増やせばよかったな……。面白いよ、とても」


 福篭ふくろうは二人の書いたものを読んでは温かい言葉をかけ続けた。

 そうして1日、2日と過ぎていった。


 そこで彼は疑問に思う。

 なぜか彼だけが意識を保てている。

 一向に何かを書こうと言う気になれないのだ。

 考えていた。

 なぜ自分だけが感染しないのかと。

 そして一つの結論に達する。


 福篭ふくろうは政治を志す前、小説家に憧れて、様々な媒体に投稿していた時期があった。しかし、鳴かず飛ばずで一向に芽は出ず、筆を折っていたのだ。だからこそ福篭ふくろうは感染者に対し、自分が昔言われた言葉を投げつけることで逃げることができていた。もしかしたら、書くことを諦めている人間には感染しないのではないか。


「こんなことだとはな……だがもう手遅れた。世界はもう終わってしまっている。感染した者を救う手がないのだから」


 その後も福篭ふくろうは家族の物語を、手紙を読み続けた。

 読んでは温かい言葉を書け続けた。

 すると、二人の病状が徐々に良くなってきたのだ。


「まさか、感染した者を救うには、読んで読んで読み尽くして、作品を褒めればいいのか?筆を折ったものには感染せず、感染した者には読み尽くし褒めちぎらなければならない。なんてウイルスだ」


 それからも、福篭ふくろうは二人の作品を読み続けた。

 二人の作品は福篭ふくろうにとって心地よく、彼が忘れていたものを思い出させていた。


 福篭ふくろうはしまい込んでいた紙とペンを見つめていた。


「俺も、また書いてみようかな……」


 二人の病状がほぼ完治しようとしていたとき、彼は二人に言うのだった。


「これ、俺が書いた物語だ。明日までに、感想を聞かせてくれるかな?」

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