あめ玉バラ売り13個
香枝ゆき
バーコード
「てらおさんってあめ好きなんですか?」
延々と続くバーコードスキャンをしながら、何気ないように聞いてみる。
手元にはスキャン済みのあめ玉が3分の1、レジを通さないといけないあめ玉が残り3分の2。
他にレジ待ちはいなかった。同じシフトのベテランさんもトイレ休憩だ。
「あ、うん。運転中になめたりするんで」
店の駐車場には大きなトラックが止まっている。今日この店への納品は、私が入るシフト帯ではこれが最後だ。てらおさんはまた別の店へ荷物をおろすのだろう。
「袋入りのほうが安くてたくさん入ってますよ」
残り3分の1。バラ売り大玉は、あめ玉の袋がよっていて、バーコードを読み取りづらいのだ。
「ごめんね、レジ手間取らせて。その大玉が好きで」
「いえ、私の方こそ余計なことを」
スキャン終了。
お会計だ。
てらおさんは小銭をいくらか置いた。
スーパーのレジと違い、お釣りは自分でレジから数えてとらなければいけない。
「ありがとうございました」
お釣りを渡した手は暖かかった。
「頑張ってね」
自動ドアが開いて、またしまった。
コンビニで働くことは正直向いていないと思う。公共料金の支払い、レジ打ち、陳列、各種問い合わせ。
覚えることが多過ぎて、初日は大パニックだった。
そう、学校の勉強とは違って。
学校の勉強に例えれば、英語の長文読解をしている間にいきなり二次関数の答えをいうように求められ、次の瞬間には化学の実験が待っている、という具合に。
「新しく入った?」
そんなときに声をかけてくれたのが、納品トラックの運転手のてらおさんだ。
返さなければいけないプラケースをよろよろ持っていたことを見かね、ひょいっと持ってくれたのだ。
「……ありがとう、ございます」
「いえいえ」
三十代くらいに見えた。
どちらかといえば細身だけれど、重いものは持ちなれていそうだった。
そして帰るかと思いきや。
「これお願いします」
はじめてのレジではあめ玉13個を渡され、またもパニック。指導係のバイトリーダーが、今回は特別ということでスキャンなしでレジを打ち、初日は終わった。
そして私たちは、コンビニ店員と、納品トラックの運転手という関係で、毎日顔を合わせた。
「隣空いてますよー」
できる高校生バイトちゃんが、私のレジの遅さを見かねてレジをあける。
それでも二番目に並んでいたてらおさんは動かず、三番目のお客さんにレジを譲った。
「………お待たせ、しました」
うつむく私には、揺れるネームプレートしか見えない。
「隣の子、確か長いよね」
てらおさんのいうとおり。高校一年生のときから、土日はずっと入っていたという。休み中は平日もかなりシフトをいれていたので、頼れる存在だった。
「吉岡さんは、はじめたばっかりだから、少しずつ。僕を練習台にしていいから」
顔をあげる。
少しだけくまがある顔は、とても優しげだった。
「学生は勉強第一だし、思い詰めたらだめだよ」
そしててらおさんはあめ玉をポケットに入れて店を出た。
「……吉岡さんのこと、高校生だと思ってるんっすかね」
「……かもね」
比べてみたら、外見上は私よりも、この子のほうが年上に見えるだろう。
「気にしたらだめだよ」
嫌な客に絡まれた日、てらおさんはいつものように、あめ玉をレジに持ってきた。
涙がこぼれないように小さくうなずいて、黙々とレジを通す。
なかなかバーコードを読み込んでくれない。
「あせらなくて、大丈夫」
ゆっくりとした声が染み渡る。
「……でも、次の納品が」
「道路状況は僕ではなんともできないし」
へにゃっとした笑い顔に、少しだけつられた。
なかなか通らないあめ玉に、私はとても、救われている。
「吉岡さん、あんなジジイ気にしたら負けっす。高校生だと、思ってなめてんっすよ」
現役高校生はなかなか達者だ。
「やばいね、うん、8歳下に見られてる」
かたや学費を稼ぐ高校生。
かたや、学費と生活費を稼ぎ、廃棄品を狙う大学院生。
「あの運転手さん、絶対吉岡さんに気があると思う」
「そんなバカな」
「吉岡さんのレジしかいかないし、吉岡さんいないときあんなにあめ玉買いませんよ?」
「てらおさん」
「はい」
「このあめ玉、不人気なんですよ」
「レジ通しにくいから?」
「……単純に好き嫌いが極端なんだと思います」
じゃがいもキャラメル味。一粒15円。
「僕は好きだけどなあ」
「私も好きです……じゃなくて、もう在庫分だけで、入荷しなくなっちゃうらしいです」
もうあめ玉のバラ売りは入れない。
レジに時間がかかるし、万引きの標的になりやすいし、なにより売れないからだ。
つまりこの時間がなくなることも意味する。
「残念だなあ」
「…………はい」
「じゃあまた、おすすめのあめ教えてよ」
「…………いろいろありますよ」
「楽しみにしてる」
スキャンが終わる。
今日の支払いは電子マネーだった。
後ろには二人レジ待ちがいた。
隣のレジはしまっている。
「ありがとうございました」
次こそは聞こう。
いろいろなことを。
勇気を出して。
あめ玉バラ売り13個 香枝ゆき @yukan-yuki
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