バ美肉リアリティ
工事帽
バ美肉リアリティ
「こっんっにっちっわー、バーチャル・ユーチューバーおじさんの、ことはちゃんだよ~」
いつものセリフで放送が始まる。
少女独特の少し高い声を響かせながら、アニメ風で目の大きい美少女が動く。ピンク色のサイドテールを揺らしながら話す姿は2Dモーフィングによる絵姿だ。3Dモデルと違って360度の自由度こそないが、数枚の絵をパーツのようにつなぎ合わせることで動きを表現する方法である。
パーツ事に動かせるため、腕や頭といった大きなパーツ以外にも目蓋や唇という小さなパーツをいくつも用意することで表情の変化も表現できる優れものだ。
ことはちゃんを名乗るこの少女も幾つもの表情差分パーツを用意してあるようで、話しをしながら表情がくるくると変わる。揺れるサイドテールに合わせて胸も揺れる。大きな双丘は半分程しか衣装に隠されておらず、素肌の部分はふるふると揺れてもう一つの表情のようだ。一体いくつの差分パーツがあるのか心配になるほどだ。
「もうっ、ぷんぷんっ、だよっ!」
セリフに合わせて体が上下に揺れると、一拍遅れてサイドテールが跳ね、双丘が跳ねる。
「それでは次のおたよりだよ~」
少女の手に白い紙片が握られる。おたよりだからハガキ。発想が古いのは中がおじさんだからだろうか。しかし、見た目は少女、声も少女、放送はいつも通り流れて行く。
*
「あの件ってどうなりました?」
「先方の確認待ち」
「まだですか? 煽っておいてくださいよ」
「やってるよ。さっきも電話したら会議中だってよ」
「マジっすか~」
パソコンにデータを打ち込みながら同僚の声に応える。本当なら、ひたすらプログラムだけ打ち込んでいたかったが、仕事について何年かすると、次第に客との対応も回されるようになった。肩書は一応リーダーらしい。名刺にはそう書いてあるが、部下とは誰のことをなのか、合ったこともない仮想部下に仕事を押し付けたいが、誰か仮想部下の中の人になってくれないだろうか。
*
「こっんっにっちっわー、バーチャル・ユーチューバーおじさんの、ことはちゃんだよ~」
いつものセリフで放送が始まる。
始めの頃は他のVTuber同様に雑談だったり、ゲーム実況だったりと放送して来たことはちゃんは、いつの間にか視聴者の悩み相談の放送が増えていた。
キッカケは何だったのか。恐らくは、放送中に視聴者のコメントを拾ったときの反応がよかったとか、そういった些細なことだろう。大体、人生の選択なんて些細なことで行われる。近くにあった、通り道だった、同じ部活だった。先へ進めばなるほど、大きな選択だったのかもしれない。道行きは大きく分かれて違う道を選ぼうにも、そんな道は遠く離れすぎて見えもしない。だが、選んだ時はいつもたったの一歩。右の道も、左の道もすぐ目の前にあって隣り合っている。どちらでも構わない。すぐ隣にある道だ。駄目だったらすぐに横に移れば良い。今は遠く離れ見ることすら叶わない道。あの道は平坦だったのだろうか、それとも険しい道だったのだろうか。
今日も悩み相談用アイテムの白いハガキをその手に、SNSで届いた相談を読み上げていく。
「お客様の確認が終わらないから仕事が進まない、か~。大変だね~、スケジュール押しちゃうよね~。向こうにも都合はあると思うけど、こっちにも都合があるもんね~」
別に良いアドバイスがあるわけでもなく、同意してくれるだけの悩み相談。
それは悩み相談というよりも、居酒屋でグチに付き合っているだけのようなユルい雑談。「そうだよね~」「しんどいよね~」という相槌と、怒ったときの「ぷんぷんっ」の言葉と体を上下に揺する仕草。声を荒らげるわけでもなく、むしろのんびりと間延びした声で行われる怒ってますよのポーズ。放送はいつも通り流れて行く。
*
「この場合の動作が変なんですよ」
「えー、そんなわけないよー」
「そんなわけあるんですよ。ちゃんと確認してくださいよ」
「そんなわけないと思うけどねー」
SNSでのメッセージ。外注のプログラマはいつ起きてるのか、いつ仕事をしているのか、よく分からない人が多い。今日はたまたま捕まったからメッセージのやり取りもすぐに終わったが、さて、これで調査をしてくれるかどうかは五分五分だ。外注のプログラマがモジュールを渡して来てから数日、別の仕事を初めていてもおかしくはない。そちらを優先されてしまうと、いつまで待っても修正が上がって来ない可能性もあるし、中には忙しさからのらりくらりと躱して、しびれを切らした俺が自分で修正するまで逃げ回るような奴もいる。
逃がさないための方法を考えながら、まずはモジュールの入出力をログに吐き出させるように変更する。
たまに外注に出さずに、全部自分でやったほうが楽なんじゃないかと思う時もある。もちろんそんなことをしたらスケジュールに合わないし、デスマーチまっしぐらだ。それでも外注とのやり取りが一々面倒で自分でやりたくなる時もある。
*
「こっんっにっちっわー、バーチャル・ユーチューバーおじさんの、ことはちゃんだよ~」
いつものセリフで放送が始まる。
VTuberもずいぶんと多くなった。人気のあるVTuberはテレビにも出演したり、企業とタイアップをして従来のタレントと同じようなビジネスにシフトしていっている。ただしそれは人気のある一握り。大多数のVTuberはビジネスになるほど稼いではいないし、ビジネスにする気もない個人運営も多い。中にはデビュー動画を投稿しただけで一切活動していないVTuberだっている。
「外注さん? 協力会社なのかな? あ、個人って書いてある、じゃあお友達だね。お友達が話を聞いてくれないんだ~。大変だね~、お友達でも間違っていたらちゃんとごめんなさいしないとダメだよねっ」
ことはちゃんのチャンネル登録者数はそれほど多くない。まったくいないわけでもないが、控え目に言っても「埋もれている」と言ったところか。ビジネスならば頭一つ飛び抜ける必要があるが、まったく届いていない。その他大勢の一人。でもビジネスが目的でないなら関係ない。
「もうっ、ぷんぷんっ、だよっ!」
今日のことはちゃんは、友情について語りたいようだ。放送はいつも通り流れて行く。
*
「状況が変わったのだ」
「そうおっしゃいましても、スケジュール通りもうコーディングも大部分は……」
「そういうことじゃないんだよ、君。わかっているのか」
「ですから、ご承認頂いた仕様で作業は進んでおりまして……」
いつもの進捗報告のつもりで行って見たら、突然、仕様を変えるのだと言い出す。あのハゲ頭を叩きたくなる衝動を抑えて、「インパクトが大きすぎるので」と持ち帰り検討しますと言って逃げてきた。
会社に戻ったら営業にも相談して、作業見積もりのやり直し、スケジュールの立て直し、そして追加料金を含めてそれをどう客に呑ませるかのシナリオ作りだ。ラーメンの注文を受けて、麺をお湯に投入し、具材を切っている途中で「やっぱりうどんにして」と言われるようなものだ。茹でていた麺は無駄になるし、具材も本当なら全部捨てて作り直したい。だがスケジュール、予算、被害を最小限に抑えるなら具材はそのまま流用しないといけない。ラーメン用に用意したもやしにメンマに味卵。うどんに乗せても味はぐちゃぐちゃだ。それを麺がうどんだからうどんで間違いないと強弁するしかない。当然コードの流れもモジュールの設計思想もぐだぐだになる。後からソースコードを見た人間に、こいつはバカじゃないのかと思われるようなものを完成させないといけない。
深いため息を一つ。昼間の往来には腹立たしいほど暖かな日差しが降り注ぐ。
「もうっ、ぷんぷんっ、だよっ!」
バ美肉リアリティ 工事帽 @gray
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます