幸助くんは「好き」と言いたい

橘 ミコト

幸助くんは「好き」と言いたい

「すっ! スマホ、変えた!?」

「ううん、2年間同じのだよ?」


 幸助こうすけくんは悩んでいた。


 幼馴染の瑞季みずきさん。

 彼女の事が好きなのに、「好き」の気持ちを伝えられない。


 素直に、上手く言う事が出来ないもどかしさ。

 加えて、察してくれない彼女にモヤモヤは積もる一方である。


 何しろ、二人は付き合っていない。

 その前段階である。


 つまりは、告白。


 幸助くんは、それをしようと必死だった。


「一緒に帰ろう」

「うん、いーよ」


「手、繋いでもいい?」

「はい、どーぞ」


「今度の休み、遊びに行かない?」

「じゃあ、どこ行こーか」


 これで彼氏彼女ではない。

 嘘だろう、と周りは言った。


 教室で。

 中庭で。

 帰り道で。


 いつでもどこでも二人セット。

 ハッピーセットかよと言ったのは誰だったか。


「あの子の事、よろしくね」

「はい、任せて下さい!」


「娘の事、頼んだよ」

「はい、一生大事にします!」


 親公認の仲でもある。

 それは夫婦だよ、と友人は言った。


 家が隣通しでも、お互いの合い鍵まで持っているものだろうか。



 しかし、幸助くん的には、必要なステップを飛ばしている。

 どうしても、をしなくてはならないと。

 彼は強迫観念のような、そういったモノに囚われていた。


(「好きです」って、どうやったら言えるんだ……!?)


 つまりは、ヘタレチキン野郎である。


 いや。「好き」と言うより難しいの、既にクリアしてるんじゃ。

 そういったツッコみを受けつつも、幸助くんは「好き」を言葉にできなかった。


「すっ」

「す?」

「す、ももの、季節だなー」

「そうなんだ!? 知らなかったー」


 ほにゃりと笑顔が眩しい瑞季さん。

 ゆるい空気を放つ彼女は、常にマイナスイオンを発していると。幸助くんはそう思っている。


 肩にかかる程度に切りそろえられた綺麗な黒髪。

 どこか眠そうな可愛らしい垂れ目。

 並んだら幸助くんの肩ぐらいまでしか届かない身長。


 そのどれもが、幸助くんには眩しく映る。


 家事が好きな割りには料理が上手くないところ。

 見た目に反して運動神経が良いところ。

 数学以外の勉強が苦手なところ。


 考えだしたら止まらない。


 悩むと髪を右耳にかける癖。

 集中するとアヒル口のように、むぅと唇を突き出す姿。

 恥ずかしがると前髪を集めて、目を隠すようにパタパタと振られる手。


 これだけの好きを集めても、たった一言が言えなくて。


 だから、関係のない話でお茶を濁す。


 そんな自分に自己嫌悪を抱きつつも、笑いかけてくれる瑞季さんに、幸助くんはどうしようもないほど、好きという気持ちを自覚していた。


「いつも以上にゆるいね」

「幸助くんが隣にいるからかなぁ」


 握る手に力がこもった。


「あは、照れた?」

「べ、別に、そんなじゃ」

「かーわいー」

「うっせ」


 そんな微笑ましいやり取り。

 これで付き合っていないは詐欺である。


 それもそのはず。

 瑞季さんの考えは、幸助くんとは根本的に違うのだから。


(いつになったら思い出すんだろ……)


 瑞季さんはクスリと笑う。


3に、もう告白されてるんだけどなー)


 そっぽを向いていても見える。

 赤く染まったすもものような頬を、瑞季さんはぼうっと見つめる。


 ――瑞季ちゃん「好き」! だから、大きくなったら結婚しよ!


 そう言われてから、早十数年。

 幸助くんは忘れているが、瑞季さんは覚えていた。


 小さく咲いた一輪のタンポポ。

 渡してくれた、その姿を。




(しかし、そこが可愛い)


 そう考える瑞季さんは、今日も今日とて幸助くんの告白を受ける。

「好き」という言葉のない、日頃からの愛の告白。


「すっ、き焼き! 食べに行かない!?」

「うん、行こう行こぉー」

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幸助くんは「好き」と言いたい 橘 ミコト @mikoto_tachibana

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