大魔王が現れた

横山記央(きおう)

第1話 大魔王が現れた

「よく来たな勇者よ。もし私と手を組むなら、世界の半分をやろう。時間はいくらでもある。仲間たちと相談するがいい」

 

石造りの広間に据えられた禍々しい玉座に座したまま、大魔王が微笑んだ。


「それじゃオレは必殺のチャージに入るわ。エリサは極大魔法の準備で。オレのチャージが完了したら攻撃開始。いつも通り、モートンは防御バフを、カイルはタゲ取りよろしく」


 大魔王はオレたちを前にしても、余裕があるみたいだ。それなら、その隙を有効に使わせてもらう。わざわざ先制攻撃できるチャンスを与えてくれているのだ。その傲慢さを後悔させてやろう。


 オレは勇者の剣を肩に担ぎ、必殺技のチャージポーズを取った。


「ちょっと待って。まずは至光の竜珠を使うんじゃないの?」


 賢者のエリサがオレの作戦に待ったをかけた。


「なんでここで至光の竜珠なんだよ」


「大魔王の姿を見て気がつかなかったの? 今までで一番濃い瘴気をまとっているわ」


 エリサの言う通り、確かに大魔王の全身からは、尋常ではない濃度の瘴気が漏れ出ている。


「瘴気なら今まで倒してきた三人の魔王もまとっていたじゃないか。何か問題でも」


「問題大ありよ。竜神の言葉を忘れたの? 至光の竜珠には、瘴気を押さえる力があるのよ。今使わなくて、いつ使うっていうの」


 エリサが至光の竜珠を取り出す。極限までため込まれた光がその中で踊っている。


「大魔王を倒したあと、封印に使うんじゃないのか」


「倒しちゃったら、瘴気そのものがなくなるじゃない。だって、大魔王が瘴気を生み出しているんでしょう」


「それはまだ予想の話しだろ。モートン、確定情報じゃないよな」


「ええ、そうですね。大魔王が瘴気の源と言われていますが、倒した者がいないので、今の時点では、確かめようがありません」


「ほらみろ。大魔王を倒してもまだ瘴気が残っていたら、どうするんだよ」


 エリサが言葉を詰まらせる。


「だけど……ほら、霧の森で精霊の石を使うタイミングは、私の言った通りだったじゃない。あのときもアルクは呪怨樹を倒してから使えばいいって言ったけど、間違っていたでしょ」


「あのときは、そうだったけど……でも、あれは精霊王の言い方が悪かったのが原因だろ。あんな言い方されたら、誰でも間違えると思うぞ」


「それじゃ、今回も竜神の言い方が良くないって言うの?」


「それを確かめる意味でも、まずは攻撃してみないと」


「そんなこと言って、もし攻撃が効かなかったらどうするのよ。光輝石のカケラは、三人の魔王との戦いで使い切っちゃったから、もう残ってないのよ。それに、今までの魔王に比べて、大魔王の瘴気は遙かに濃いわ」


「もし攻撃が効かなかったら、それこそ、そのときに至光の竜珠を使えばいいじゃないか」


「そう言うけど、至光の竜珠を使って効果が出るまでの間はどうするの。この中に閉じ込められた極光を解放するには、私がしばらくの間、魔力を注がないといけないのよ。その間、防御結界は使えないわ。砕くだけで良かった光輝石のカケラとは違うの。しかも、大魔王の攻撃は魔王よりも強力だと思うんけど。大魔王の攻撃を受けるカイルとしては、どうなのよ」


「ボクは、難しいことは分からないから。でも、もし使うなら早いほうがいいと思うな」


「ほら、カイルだって先に使った方が良いって言ってるじゃない」


「なんだよ、カイルは最初から至光の竜珠を使った方がいいのかよ」


「えっと、そういう訳じゃなくて」


「なら、後でもいいだろ」


「ちょっと、カイルを脅さないでよ」


「脅してなんかないよ」


「もう、カイルもカイルよ。自分の命がかかってるのよ。もっと真剣に考えたらどうなの」


「それもそうだ。難しいからって、全部他人任せはよくないな。カイルは本当はどう考えているんだ」


「え~っと、それは、その……」


 カイルは、オレとエリサを交互に見ながら汗を浮かべている。


「はっきりしなさいよ。自分の意見を持たない人間はクズと同じよ」


「煮え切らないやつだな。そんなんだから、ダメなんだよ」


「まあまあ、お二人とも熱くならずに。カイルも困っているじゃないですか」


 モートンが仲裁に入る。


「モートンはいっつも訳知り顔で、こんなふうに冷静なのは自分一人、みたいな感じだけど、何か意見はないの?」


「そうだそうだ。一番年上だし、知識もたくさん持ってるけど、オレもモートンの意見を聞いたことないぞ。モートンは至光の竜珠をいつ使ったらいいと考えているんだよ」


「竜神がおっしゃったように、しかるべきときに、しかるべきタイミングで使うしかないかと」


「それは竜神の言葉でしょ。モートンの意見はひとかけらも入ってないじゃない」


「瘴気についても、どう思ってるんだよ。大魔王を倒したら、なくなると思ってるのか?」


「いや、それはどちらとも……」


「なんだよ、モートンもハッキリしないなー」


 オレとエリサとの間で、カイルもモートンも小さくなってしまった。


「ま、いいや。それじゃ最初の通り、まずは攻撃してみるってことでいくか!」


「だ・か・ら! そうじゃなくて、最初に至光の竜珠使おうって言ってるでしょ!」


 反射的にエリサをキッとにらむと、エリサもこちらをにらみ返してきた。


「……仲間割れか? いい加減待ちくたびれたぞ。めんどくさい奴らだな。もう、死ぬか?」


「ああん? 今なんつった?」


「うるさいわね! 横から口出ししないで!」


 けだるそうな大魔王に、オレとエリサが言い返す。


 それと同時に、オレは肩に担いだままだった勇者の剣を振り抜く。チャージされていた必殺技が炸裂し、大魔王の片腕を切り落とした。


 エリサが手にしていた至光の竜珠からは、極限の光が解放され、大魔王の瘴気を消し飛ばしていた。


「よし、一気にたたみかけるぞ!」


 瘴気を消され、片腕を失った大魔王は、もはやオレたちの敵ではなかった。一度も窮地に陥ることなく、オレたちは大魔王を倒した。三人の魔王よりも簡単だった。


「作戦成功だったな」


「ホントね。ここまで見事にはまるとは思ってなかったけど」


「必殺技で腕を切り落とせたのが大きかったな。瘴気展開前だったから、そのままダメージが通ったのかな」


「たぶんそうだと思う。魔王のときは瘴気でかなり減殺されていたみたいだったものね」


「それにしても、大魔王油断しすぎ」


 オレとエリサはお互いに抱き合って喜んだ。


 作戦のためとはいえ、エリサと言い合っているときは、なんて憎たらしい女だと思った。しかし、こうして笑顔のエリサをみると、カワイイと思ってしまう。肌はすべすべで柔らかいし、良い匂いもする。


 大魔王も倒したことだし、パーティー内恋愛禁止条約は、破棄してもいいかな。


 そうしたら、エリサに告白しちゃおうか。普段の言動から、エリサもオレのこと気になっているみたいだし。成功の確率は高いと思うんだ。


「あの~、ボクたちについてのセリフは、作戦会議のときにはなかったよね。もしかして、ボクたちのことあんな風に思っていたの?」


 無事大魔王を倒したというのに、カイルとモートンは浮かない表情だった。そのことをずっと気にしていたのか。


 落ち着いて思い返すと、確かにあれは言い過ぎだったと思う。


「そうだよな。オレも、エリサは言い過ぎだと思うぞ」


「なによその言い方。まるで私だけが悪いみたいじゃない。私よりもアルクの方がひどいこと言ってたと思うけど」


 カワイイ顔だと思っていたのに、急に憎たらしくなってきた。


「オレはエリサみたいにディスってませんー」


「私が二人をディスるわけないでしょ。本当のことを言っただけで、むしろ本人のためを思って出た言葉ですー」


「それが二人を傷つけているってことに、なんで気がつかないかなー。この鈍感女!」


「何よ、この偽善者! 勇気のカケラもないのに勇者を名乗るなんて詐欺もいいところよ」


 オレとエリサは一歩ずつ後ずさると、相手をにらみつけてから、ぷいっと視線をそらした。


 カイルとモートンが、同時にため息をつく。


 小さなつぶやきが聞こえた。


「世界平和は遠そうだね」

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