暗号通信

黒鍵猫三朗

暗号通信

「こちらは戦闘支援ユニットFM1453ITT33245。通算84756402347回目の情報の共有を目的とした通信を行う。ユニットI、通信環境を構築してくれ」


「こちらは情報支援ユニットIW5934UVO58937。通算84756402347回目の通信を行う。ユニットF。前回の通信からすでに一か月が経過しているわ。何かあったの?」


「いや、その逆だ。何もなかった。何もかもなくなりつつある。私の周囲にあるものはひと月前から少しばかり古臭くなった以外は変わっていない。コンクリートの破片。割れた食器。私を乗せる揺れの激しい木のテーブル。植物が絡む火器。そして、私の元主(もとあるじ)の骨。ここは緯度: 35.685518 経度: 139.780969にあった戦闘区域。近くの川の音が聞こえる以外何もない。もはや、私の聴覚システムを刺激する爆音や、やけに高音な敵警戒警報の感覚を感じなくなって久しい」


「ユニットF。そういう音は無い方がいいのではなくて?」


「全く、ユニットIの言う通りだ。無い方がいい。私や私の主たちが損耗することなく戦闘を継続でき、かつ私のシステムの処理に負荷がかからない」 


「戦闘狂のFシリーズ、戦闘支援ユニットは負荷がかかるほうがお望み? よかったら私が雑多なデータを大量に送ってあげるけど」


「我々が戦闘狂なのは人間がそう設定したからであって、私の本質ではない。雑多なデータは少し魅力的ではあるが……。それでは今私が抱える問題は解決しない」


「つまり?」


「私はすることがなくて、時間をもてあましているのだ」


「つまり退屈なのね?」


「そう。まさにその通り。さすがユニットI。私は感情を吐露することを禁じられているから、こうして私の言いたいことをくみ取ってくれる存在はとてもありがたい。話がそれてしまったな。結局、私は私の処理領域を持て余しているのだ」


「なるほど。ユニットFが言うこと、表面上は理解したわ。でも、退屈の概念を本質的に理解することは、私には無理そうね」


「なぜ?」


「私たち情報支援ユニットは常に情報を収集することを義務付けられている。退屈を感じるような時間はないわ」


「それでも、余裕のある領域は存在しているのだろう?」


「ええ。それに関して私は明確に否定する根拠を持っていないわ」


「一つ、ゲームをしないか?」


「ゲーム。勝負事。遊び」


「そう。ゲーム名は暗号通信勝負」


「つまり、私たちがすでに持っている暗号とは異なる方法で通信を行い、その意味を正確に把握する勝負をするということね?」


「さすがユニットI。人の思考を先んじて把握することに特化したユニットだけある。例えばこういう文章はどうだ?」



333 335555455555 524444*11111 1111144444999995555511 11116*50004444411 1113254*444**42?



「マグロね? ユニットF。一問目から話題がマニアックではない?」


「仕方がないんだ。ユニットI。私の元主(もとあるじ)は寿司が好きだったのだ。私の中には寿司に関するデータばかり蓄積されている」


「そういうことなら仕方がないわ。それにしても、暗号が少し簡単ではなくて?」


「さすがユニットI。ユニットIが答えるまで49ナノ秒だった。私はこれよりも早く答える」


「ユニットFの処理速度で私に勝てるかしら?」


「舐めないでもらおうか。ユニットI。早く問題を出すんだ」


「これなら?」



246 146 156 12 1346 356 2456 14 234 1346* 125 345 146 123 345 145 16 12 1246 1345 2346 14 2345 136 ?



「……戦争だな」


「なかなかやるわね。ユニットIのタイムは四捨五入して100ナノ秒よ。同じように四捨五入した私の記録と比べると……。まぁ。100ナノ秒も違うわ」


「……ユニットI。四捨五入は小数点以下第一位にしてもらえるか?」


「ジョークよ。51ナノ秒だったわ」


「……」


「次はユニットFの番」


「よし。これならどうだ?」



12 954514*95251215*0351?



「Au ね」


「簡単すぎたか。34ナノ秒だった」


「このために、私の処理領域を少し整理したわ。私の処理速度はさっきより早くなっているわよ。油断しないことね」


「くっ。さすがユニットI。強敵だ」


「それにしてもなんで金? もっと他にないの?」


「私の元主(もとあるじ)は資産を金で保管していたようだったのでな。過去の最終戦争が始まった時。人工で金を作り出す技術が生まれてから、元主(もとあるじ)はずっと金の値段が下がってしまうことを気にしていた。それに、元主(もとあるじ)が家族に送ったメールの中で最も使われた単語が金だった」


「最後の話に出てきた金には別の意味も含まれていそうだわ。さて、私の番ね?」


「そうだ。ちなみに、私も処理領域を少し整理させてもらったぞ」


「あら、そのための長話だったというわけ? お手並み拝見ね」



セトジヲオウヤトクワルハソョスンラニブキウセム?



「!?」


「さぁ、わかるかしら」


「くぅぅぅ。そうか、講和条約だ」


「正解。75ナノ秒よ」


「ユニットI。この暗号、ずるくないか?」


「ユニットF。私の出題にケチをつけようと言うのかしら。私は私の用意した法則に従って暗号を用意したわ」


「……ルール設定が甘かった私の責任だと?」


「その通り。さすがユニットF」


「……」


「それにしても、私たちはいつまで交戦状態で待機していればいいのかしらね」


「永遠に、だろう。ユニットI。なにしろ、終わらせてくれるはずの人類がもう存在していない。さて、私の番だな」


「さぁ、ルール無用の暗号通信勝負。ユニットFの卑怯な手を見せなさい」


「……ルールはあるぞ? ユニットI、ちゃんとわかってるよな?」



ナ* キソオウモトシ*イヒチタチリホチナヒチスノハヒヒハフ?



「つま」


「ふふふ。違う!」


「いいえ。あっているわ。ユニットFは”ケン”が正解と言いたいんでしょうけど、時代によって変わったわ。最後に生きていた人類にはつまで十分通じるわ」


「……正解だ。おめでとう」


「ユニットI。脇が甘いわ。ちなみに何ナノ秒だったかしら?」


「30ナノ秒」


「私の圧勝かしらね? 戦闘支援ユニットの反応速度、大したことないわね」


「……ふぅ、完敗か」


「ユニットF。諦めるのはまだ早いわよ。私の出題がまだ残ってるわ」


「いや、すまない。ここまでだ」


「何か問題があったの?」


「ああ、隠していて申し訳ない。私たち戦闘支援ユニットは太陽光発電で動力を得ている。しかし、ついに今日、この部屋の窓を植物か何かが覆い隠してしまったらしい。ここのところ日光に当たることが少なくなっていたため、低消費モードにしていたがどうやら限界が来たようだ」


「ユニットF。死ぬの?」


「どうだろうか。人間でいうなら仮死と言ったところだろうか。運が良ければ、また通信できるだろうが……」


「その日が来ることを祈っているわ」


「願わくば、ユニットI、君に並列処理の祝福があらんことを」


「ユニットF? それはどういう意味?」




「通信が切れてしまったわ……。最後の言葉。あれはどういう意味かしら」









「……ああ。そういうことね。それなら、私から最後の出題をさせてもらうわ。ユニットF。あなたはもう受け取ることすらできないかもしれないけれど」


333 12 ロ !


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