妄想ノベライズ彼女

naka-motoo

妄想ノベライズ彼女

『ラブコメの女王』


 4月、通い始めたこの高校の、僕の受験動機がこれさ。


「誰が美人ですって?」


 女王はステレオタイプ化を忌み嫌う。

 羅分来芽日ラブコメデイ高校文芸部部長、過巻かまき怜悧れいり


 十人が十人をして「美しい」と言わしめる黒髪ストレート・長身痩躯・生まれついてのgreen eyes。

 純度の高い創作者である怜悧部長が僕に命じたのは、


「小説で、語りなさい」


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 入部当初40人居た新入生の内、残っているのは僕と1年女子の安田さんだけだ。


 そして、2年生もひとりもいない。先輩は3年生の怜悧部長だけだ。


 なぜならこの怜悧部長が運動部をはるかに超えるスパルタだからだ。


「今の語彙、ありえないわ」


「で? あなたの描写ってそんなに浅いの?」


「中二病が、甘っちょろい!」


 こんな感じで怜悧部長は部員の僕と安田さんに日常会話・日常動作のレベルの、すべてに課す。


 昼間に校内で会った時は、


「僕は彼女にこう言った。『美しい日々にキミと出逢えて幸せを浴びているよ』、こんにちは」

「こんにちは、sweet heart。月光と陽光。明日の部活は家電量販店をハントするわ」


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 入部1か月弱を経過したゴールデンウィークの初日、僕と安田さんは怜悧部長に街で2番目に大きい家電量販店に呼び出された。


「あ。安田さん。そのジーンズ、似合ってるね」

「細部くん、怜悧部長に叱られちゃうよ」

「あ、そっか」


 僕は、脳内ノベライズを書き直した。


「安田っち。そのジーンズ、長さも長し。しかも細さに惹かれちゃうよ。僕の為に履いてきてくれたのかい?」

「やだー、細部ン。意識されると火照っちゃうよー。女王、まだ?」


 昨日は『恋愛モード』、今日は『ラブコメモード』なのだ。

 怜悧部長から日替わりで課せられるこのシチュエーションに基づいて会話も動作も小説的に話し、振舞うのだ。


「なになに。キミら演劇部?」


 家電量販店の一般客からそう訊かれて、まあそうだよねえ、と安田さんと僕とで共感しあった。


「いえー! お待たせしちゃったわー。細部ン、安田っち。今日はこの家電量販店での青春を満喫するのよ!」

「いえー」

「いえー」


 なんだか方向性を間違っているような気もするけど、仮にもWEBラノベコンテストでグランプリを獲っている怜悧部長だ。修行と思い、僕と安田さんも頑張る。


「細部ン。安田っち。今日はワイヤレスキーボードを物色するのよ!」

「ワイヤレス・キーボード?」


 怜悧部長が長髪をなびかせて僕らをリードする。

 後ろにぴったりくっつくのは僕ら部員だけだけれども、少し離れて歩くフォロワーたちが多数いる。


 全員この地方都市にありがちな家電量販店で思いがけず見つけた美少女をせめて瞼に焼き付け、帰宅しても記憶をたどれるようにしようという魂胆のようだ。さすがにスマホで撮影、までの度胸はないらしい。


「これよ」


 僕と安田さんはディプレイされたコンパクトなワイヤレス・キーボードのコーナーを歩く。

 怜悧部長が生まれついての色素変異、カラーコンタクトではない green eyes で店員さんにのたもうた。


「ねえ、どれがオススメですの?」


 ですの? でもう店員は怜悧部長に捕縛された状態となってしまった。


「は、はひ。こちらのスペックなど最高かと」

「最新バージョンのスマホに対応してるのかしら?」


 そのツンツンした物言いにさらに隷属してしまう店員さん。

 僕らはその様子をアシストする。


「女王、コストパフォーマンスもお調べしましょう!」

「女王、民衆が慕って後をついておりますわ!」


 明らかに文芸部としても方向が間違ってるという自覚もあるし、ややお店側にも迷惑じゃないかなあという僕と安田さんの不安げな表情を見て怜悧部長は周囲を一喝した。


「常時本気でないと小説は書けないわっ!」


 ・・・・・・・・・・・・


 僕らのために調達したワイヤレス・キーボードを持って家電量販店に隣接するスーパーに入り、イート・インに陣取った。


 ここでも怜悧部長は目立つ。


「さあ、書きますわよ!」

「はい!」

「はい!」

「まずは1,200文字の短編、3本イッキ!」

「うおおおおおおおおー!」

「てやあああああああーっ!」


 僕も安田さんも、ボリュームはさすがに控えめだけど、上記のセリフをまともに言った。

 文芸部3人でスマホの前にワイヤレス・キーボードを置いて、何かに取り憑かれたように叩く叩く。


 怜悧部長のブラインド・タッチが半端ないスピードだ。


「はあああああああっ!」


 おそらく500文字/分を下っていない。

 いや、文字を打つスピードというよりもプロットも何もなく、いきなりこのスピードで小説を書いていることが信じられない。


「さあ、投稿よ!」

「いえー!」

「いえー!」


 イートインで買ったばかりのお弁当やカップラーメン、お菓子を食べる老若男女が一斉に僕らのテーブルを見る。


 奇異な眼を向けた瞬間、はっ、と怜悧部長の美貌に射抜かれる。


 そして僕と安田さんは、格の差というものを見せつけられた。


 投稿ボタンを押した瞬間に怜悧部長作の短編小説のPVがうなぎ昇っていく。


 僕は演技をやめて訊いてみた。


「どうしたらそんなラブコメ小説を書けるんですか?」


 怜悧部長はゆっくりと答えた。


「人生をラブコメの如く生きるのよ」


 イートインが静寂に包まれた。


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