腐令嬢、後回しにす


「えっ……あ、クラティラスさん!?」



 慌てたように、リゲルが共にいた相手から距離を取る。


 その相手は紅の目を軽く瞠ったものの、何も言わずに私を静かに見つめた。あらゆる感情を排した、完璧なまでの無表情で。


 優しい春風が、ライトブラウンのボブヘアと銀の髪をさらさらとゆるく撫でていく。私の黒に近い長い髪も煽られ、視界を邪魔する。

 どんどん目の前が暗くなっていくみたいに感じられて、私は自分が意識を保っているか確かめるように呆然としながらも声を発した。



「リゲル……イリオス……どうして……?」

『イリオス殿下……どうして……?』



 思わず出た言葉は、二年後にクラティラスが放った台詞とほとんど変わらなかった。


 そして今の構図も、二年後の断罪シーンとまるで同じ。



 ――――嫌な予感がする。


 ううん、ずっと感じていたことだ。それが強くなっただけ、近くなってきただけだ。気を抜けば、触れられそうなくらいに。足を止めれば、追いつかれそうなくらいに。



「わー、きっぐーう! もしかして二人も見送りサボってお昼寝しに来たの? ここ、めちゃくちゃ寝心地良さそうだもんね! 実は前から目を付けてたんだー!」



 未来の予兆を振り切るように、逃れるように、今捕まってしまわないように、私はわざとらしすぎるほど明るい声で誤魔化した。


 リゲルもはっとしたように、貼り付けたみたいな笑みを顔に形作る。



「そ、そう、そうなんですよ! イリオス様とはたまたまここで会って……ええと、どっちがここに君臨するに相応しいか、ジャンケンで決めようって話をね!? してたんですよね!?」


「……はい。そんな感じです。ではリゲルさん、この場所はクラティラスさんにお譲りして僕らは行きましょう」



 しかしイリオスは取り繕うこともせず、私の顔を見もせずに隣を通り過ぎていった。リゲルは私に申し訳なさげな表情を向けたけれど、すぐに目を逸らして彼の後を追って去ってしまった。


 取り残された私は一人、桜の木を前に佇むしかできなかった。


 あの二人、ここで何を話していたの? イリオスはどうしてあんなに冷ややかだったの? 一体何が起こった?

 何って、まさか……もしかしてイリオスまで……?


 下手に誤魔化して、見過ごすべきじゃなかったかもしれない。だけど私には、問い質すことができなかった。二人が仲睦まじい恋人同士に見えてしまったから。


 何があったのかと聞いて、見ての通りだと答えられたら――私はきっと、崩れ落ちていただろう。断罪の時のクラティラスと同じように。地面に膝をつき、声を失い俯いて震えるしかできなくなっていただろう。何故こんなことになったの、と言わんばかりに。




 校門に戻ると在校生のお見送り花道タイムはとっくに終わっていて、卒業生達の姿は既になかった。在校生も本日はここで解散となる。


 が、敬愛していた先輩の卒業を惜しんでいるのか、疎らに残り続ける生徒達の中――一人だけ、私を待っていてくれる人がいた。



「悠長にお昼寝だぁ……? 私がどれだけ大変な思いをしたか……いえ、クロノのバカ野郎についてはクラティラス様のせいではないと理解しております。奴の護衛に関してはイリオス殿下から前もってお願いされておりましたし、私の仕事だと割り切れますから。ですが流れでヴァリティタ様の護衛までさせられたことについては、物申して良いはずです。おいマジふざけんなよぉぉぉ……おかげで二倍キツかったぞぉぉぉ……? 二発、いや二十発、いやいや二百発は殴らせてもらわねぇと気が済まねぇぇぇ……!」



 制服は乱れ、常にギブソンタックできちんと整えてる髪までボサボサになったステファニ、ガチギレです!


 曰く、卒業生の女子達――お兄様とクロノの同学年だった子達が花道を通って校門の外に出た途端、一斉に二人に押し寄せてきたんだって。

 それを見越してクロノをガードするようにイリオスから言われてたそうなんだけど、第二王子のお隣に一爵令息――つまりお兄様もいたせいで、地獄✕地獄の激烈ヘルインフェルノだったんだって。

 王室からの護衛部隊も何人かいたものの全然ガードが行き届かなくて、お兄様達に何としてもお声をかけてあわよくば婚約を狙う女子に掴まれ引っ掻かれ、殴られ蹴られして、散々だったんだって。



「いやいやいや、私に八つ当たりするのはおかしいって! いくら妹の私がいたって、どうにもできなかったから! ステファニですらここまでズタボロになるんだから、私なんか秒でノックダウンだよ! そんな中にいたら、どさくさに紛れて私まで消されたかもじゃん!? ここぞとばかりに第三王子の婚約者の席をこじ開けようと企む奴もいたかもじゃん!?」


「うるせええええ! つべこべ抜かさずとっとと殴らせろおおおお!!」



 懸命に無実を訴えるも、キレ散らかしてるステファニには通じない。


 この場合の選択肢は『殴らせる』『逃げる』の二つ。私は迷わず後者を選んだ。


 いつものステファニなら振り切れる気がしないけど、今は体力を消耗している。あちこち走り回ってさらにHPを削れば、その内にやる気……というより殺る気も失せるはずだ。


 それにしてもステファニってば、私の料理を口にしてからキレっ早くなったよなぁ。

 ん? もしやこの国に戦争が起こる原因って、私の料理を王宮食に取り入れたせいで王族皆して沸点低くなっちゃったから、なんてこともあったりして?



「待てええええ! 逃げるなあああ!」



 校内に逃げ込んで廊下を走っていると、背後から耳にしただけで凍りそうな恐ろしい怒声が轟いた。


 やばい! この階で隠れてやり過ごすつもりが、もうこんなところまで来た!

 思考にエネルギーを割いている余裕はないぞ、私!



「待たないよおおお! 逃げるよおおお!」



 そう叫んで、私は必死に足を動かすことに専念した。


 リゲルとイリオスの件も、気になるけど後回しだ!

 とにかく今は手負いの獣と化したステファニから逃げ切って、この場で即死エンドを迎えないように生き延びなくては!!




【高等部一年生編 了】



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悪役腐令嬢様とお呼び! 節トキ @10ki-33o

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