赤面女子の僕の先輩
白石 幸知
第1話
僕の先輩は可愛い。
一言目に何惚気てんの消えろリア充と思った人は構わずブラウザバックして欲しい。要はそういうことをこれから話すのだから。しかしページの戻るボタンを押す前にこれだけは知って欲しい。
僕と先輩は、ただの先輩後輩である、ということを。
僕と同じ映画研究部の三浦先輩は、とにかく照れ屋の恥ずかしがりだ。先輩の可愛さはそこに始まりそこで終わると言っても過言ではない。例えば。
とある放課後、窓からの木漏れ日が眩しい部室で僕と先輩は映画を見ていた。五年前のヒューマンドラマの洋画で、高齢になりまた大学に通い始めた男性を軸に巡るキャンパスストーリーだ。テレビに映し出される物語を並んで座りながら、真っすぐ画面を見つめる。
ふと、先輩にいたずらをしたくなった。理由は聞かないで欲しい。なんか、先輩の真面目に映画を見ている横顔を眺めているとなんかからかいたくなった。
先輩の右の頬に左手の人差し指を当てる。ぷにっと柔らかい感触が指越しに伝う。
すると。
視線の向きは変わらないし、別に恥ずかしいシーンが流れているわけじゃないけど、先輩はみるみるうちに頬を熱くさせ、
「か、金子くん……き、急にどうしました……?」
なんて呟く。そこもまた可愛い。
「いや、なんか先輩の頬っぺた柔らかそうだなーって」
「そ、それだけですか……?」
「はい。それだけです」
僕はさらに指を押し込み、先輩の頬を満喫する。やべ、すべすべしてぷにぷにする……おい、語彙力仕事しろ。
「あ、あの……恥ずかしいのでそろそろ……」
「えー? 先輩は僕にこうされるの嫌なんですか?」
一旦冷静になり、駄々をこねる子供のごとく、僕はそう言ってみる。
「い、いや……嫌というわけじゃなくて……そ、その……こういうところ誰かに見られたら……」
「いいじゃないですか。僕と先輩の仲じゃないですか」
とどめを刺すべく、僕は先輩の耳元でそっと、
「……それとも、誰かに見られなかったらいくらでもやってもいいんですか?」
できる精一杯の囁き声で言葉を繋ぐ。
「っ……は、はわわ……」
ここまで頑張って映画を見続けてきた先輩だったけど、とうとう限界が来たのかプシューと音を立てながらその場でべったりと机に顔をくっつけてしまう。自然と離れた指は、迷うことなく先輩のうなじに向かい、ちょんちょんと軽くタッチする。
「あっ……か、金子くん……もう……や、やめてください……」
「ははは、やっぱり先輩の反応、可愛いなあ」
僕が「可愛い」と口にすると、今日一番の発火で、先輩の顔が染まっていき、あわあわと色々動き始める。目線は忙しなく動き回るし、両手はなんかグルグルと振っているし。
「か、可愛いなんて言わないでください……わ、私なんてそんな……あっ」
……本気で言っているんだけどなあ。僕。
「え、映画……終わっちゃった……」
僕が一年のときからずっと言い続けているのに、なかなか伝わらない。どうしたものかなあ。
「も、もう……金子くんが私のことからかうから、映画終わっちゃったじゃないですか……」
「まあまあ。もう下校の時間ですし、そろそろ帰りましょう?」
「は、はい……」
「それに、また明日見ればいいじゃないですか。ほら、行きましょう?」
モニターの電源を落とし、部室を出る。帰り道でも何回か先輩にいたずらをしかけてみたりして、その度顔が赤くなる反応を楽しんでいた。
例えば。先輩と休みの日に映画館に行った日のこと。
僕は待ち合わせの駅に、約束の三十分前に到着した。しかし、指定した場所では待たず、そこを視界に入れることができるカフェで僕はコーヒーを飲んで待つことにした。
窓越しに広がる白いドーナツの形をしたオブジェ。待ち合わせとしては定番の場所で、駅に直結してある映画館に行くのにも便利ということでそこにした。
春の心地よい温度感の空気のなか、温かいコーヒーを口に含みつつ、時間が来るのを待つ。スマホをいじっているうちに、先輩が駅にやって来た。
白色の服の上から灰色のカーディガンを合わせた先輩は、きょろきょろと辺りを見渡しては、オブジェの前に俯きながら立ち始めた。待ち合わせの十五分前。
さて、ここですぐ出てきてもいいけど、せっかくのコーヒーをゆっくり飲まないのももったいないので、少しゆっくりしてから出ることにしよう。
そう思い、僕はまたカップをつかみ、黒色の飲み物を口にしようとしたとき。
「……あ」
先輩が、通りすがりの男二人に絡まれているのを見た。背の高い大学生らしき人に、囲まれている。
「やっ、やばっ」
僕はさっきの決意を胃のなかに流し込み、慌てて店の外に出た。
「ごめんなさい、お待たせしました沙織さん」
早足で歩きつつ、困り顔で俯いたままの先輩を呼ぶ。
「か、金子くん……」
先輩は僕のことを見ると、途端に安心したような笑顔を浮かべ、僕の方へ寄ってきた。僕は先輩を後ろに預けながら、絡んでいた男二人に、
「ごめんなさい、彼女、僕の連れなんで」
はっきりとそう告げる。
「なんだ、男連れかよ、いこーぜ」
「ああ」
どうやらあまり粘着しない人だったようで、あっさりとどこかに行ってくれた。
……うっわぁ……めちゃめちゃドキドキしたぁ……。
「す、すみません遅くなって。大丈夫でした……?」
後ろを振り返りつつ、僕は先輩の様子を窺う。
「は、はい……ありがとうございます……金子くん」
「その……あまり可愛い格好するからですよ、先輩」
「え……?」
「だーかーら。もとが可愛いのに、そんな似合う服着てたらナンパされますって。少しは自分が可愛いこと自覚してくださいよ」
ホッとした表情を浮かべる先輩に、そう言う。
「へっ、あ、そ、その……それは……」
「この調子じゃ危なくて一人で映画館は行かせられませんね。行くときは僕を呼んでください。いいですね」
「え……か、金子くん……?」
「返事は?」
「は、はい……あ、あれ? わ、私、先輩ですよね……?」
っぶねー。ドキドキしてたの悟られないようにしてたらなんか色々強引になっちゃった。ま、まあ……上手くいったし結果オーライか。
「じゃあ、映画館行きましょ? 沙織さん」
「あぅ……な、名前で呼ぶのはずるいです……金子くん」
「いいじゃないですか、沙織さん」
「は、恥ずかしいです……」
やはりどこまでいっても赤面してしまう僕の先輩。やっぱり可愛い。
まあ、そのうちなんとかなるよね、うん。きっとそうだ。あまり深いことは考えないでおこう。
赤面女子の僕の先輩 白石 幸知 @shiroishi_tomo
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