モスのオニポテに学ぶ『モテる女子』のデート術
雅島貢@107kg
美味しんぼ時空に住むものたち
放課後の教室。つまらなそうな顔でスマホをいじる女の子に、男の子が話しかける。
「あれ、帰らないの
「あ、
「物騒すぎるよ。あとナパームの作り方はノーマルウェブでも見つかるし、いずれにせよ本当にダメだからやめてください」
「そう? じゃあこっちにしよっかな。みてみて良人くん、『得体の知れないトリを追っかけてみた結果wwwwww』だって」
「その構文でまったく興味が惹かれないことってあるんだね。そんなの再生数……19万人!? 思ったより多い」
「しかもこれ、シリーズものだよ。もう三年目になるんだって」
「得体の知れないトリを追うだけでなんでそんな結果に……、ちょっと見てみようか玉黄ちゃん」
「でも得体の知れないトリを追っかけてもモテには関係ないし、モテてる人間も不幸にならないからなぁ」
「くぅっ、こっちの興味を惹いておいて見せてくれないなんて……。仕方ない、あとで探して見よ」
「これ、ダークウェブ上の動画だから、そう簡単には見つからないと思うけど」
「しまった、そうだった……!! お願いします玉黄ちゃん、その動画を見せてください」
「どうしよっかなぁ。じゃあ、わたしがモテる方法を考えてくれたらいいよ」
「え、また?」
と、良人が言った瞬間、玉黄はスッと目つきを変えた。スマホをしまい、しゃんと背筋を伸ばして、良人を見つめる。良人は明らかな失言に気づき、冷や汗をかくが、こぼれたミルクはパックの中には戻らない。だから、機先を制して良人は言う。
「良し、分かった」
「お」
「モスバーガーに行こう」
地下鉄駅のモスバーガーに二人は向かった。良人は注文を済ませ、座席で待つ玉黄のところに向かう。
「いいかい、玉黄ちゃん、君は今から」
「わたし、モスバーガーはじめて来るな」
「ええっ!? そうなの? そんなことが起こり得るの?」
「わたしホラ、めちゃくちゃに育ちがいいから」
「ああ。そう言えばそうだった。あーでもそうかー、初モスかー。どうしよう、今日の晩御飯キャンセルできる? やっぱはじめて来たんだったらバーガーを食べるのが人生のランドマークって感じで良いと思うんだけど」
「あ、そう? 今日は家で食べる予定だから大丈夫だよ。ちょっと待ってね、爺やに連絡するから」
「もうモテるとかどうでも良くない? 爺やのいる人生にモテとかいる?」
良人はぶつぶつ呟きながら、追加の注文をしにいく。
「さて。改めてやり直すよ。玉黄ちゃん、キミは玉ねぎだ」
「なるほど。わたしなんてどうせ玉ねぎなのよ。シャリアピンステーキの時もそう、オニオンスープの時もそう。わたしをいいだけ利用して、姿形を無くそうとしてばっかり。どうせわたしは影の主役にすぎないのよ」
「飲み込みの早さと最後の自己肯定感よ」
「いつもいつもあめ色になるまでわたしのことを炒めて! わたしを切り刻んで、あなたは泣くかもしれないけれど、泣きたいのはこっちの方よ!!」
「オーライ、完璧だよ玉黄ちゃん。そのままちょっと待っててね」
「わたしは玉ねぎ……春の王女アルディス……」
「あ、忘れてた。返してよそろそろ」
「完結して一気読みしたらね」
そうしている間に、二人のもとにバスケットが届く。
「本当に食べて欲しいのはこっちなんだけど、まあ、まずは人生初のモスバーガーをどうぞ。とりあえずこれが一番スタンダードなやつ」
「ほおー。ふーん。パンが大きいっていうかふっくらしているね。ロッテリアとは違うね。あ、美味しいね」
「でしょ。ロッテリアにはロッテリアの良さがあるんだけどね。近いし。それで、全部食べるとお腹いっぱいになっちゃうから、そのあたりにしておいて。次、これはライスバーガー。色々あるけど僕のイチオシ、かき揚げだよ」
「ライス……バーガー……?」
「そう。ライスで挟んでるから」
「……それはハンバーガー屋さんで売っていいものなの……?」
「いいに決まってんだろ! 挟んでんだろ、具を、なあ! オイ!!」
「え、ご、ごめんなさい……。えっと、食べても、いい?」
「食えよ。いいから黙って食えよ」
「は、はい……。あ、これ美味しい! ハンバーガーではないけ」「あ?」「ごめんなさい、完全にハンバーガーの仲間だよね。とっても美味しい。だから許してください」
「分かればいいんだよ。それで、最後がこれね」
「これは……」
玉黄は何かを言いかけるが、その言葉をぐっと飲みこんで、それにかぶりつく。
「あ、これも美味しい! 中の……これはチキンね。甘辛くて、それがレタスにあって。わたし、これが一番好きかも」
「でしょう。これは菜摘バーガーって言うんだ。僕は娘が産まれたら菜摘って名前を付けてもいいと思っているよ。ただ、これは中身を選ぶんだよね……。モス野菜バーガーを菜摘化すると、ちょっと今自分は何を食べているのかが分からなくなってしまうから、この辺は色々試してみてね」
「う、うん。分かった。ありがとう」
「で、本題なんだけど」
良人はそう言うと、バスケットにあったオニポテを差し出す。
「これは……何バーガーなんですか……?」
「バーガーじゃあないよ、一体何を言ってるのかな、玉黄ちゃんは。おっかしいなあ。これはオニオンフライ&フライドポテト、同類項をくくるとフライ(オニオン+ドポテト)、略してオニポテだよ」
「へえ。あ、このポテト、ロッテリアとは違うね。太くて、ほくほくして、美味しい」
「ロッテリアのあの細いポテトにも良さがあるけどね。アツアツのカリカリのやつとか、僕は好きだよ。近いし。それもいいけどさ、思い出してよ。今玉黄ちゃんは何だった?」
「えっと、わたしはすべての具を挟んだものはハンバーガーであることを信じるハンバーガー教徒です」
「何を言っているの?」
「え? あ、そっか。わたしは玉ねぎ。春の女神佐保姫……」
「なんか知らないの出てきたけど。ほら、見てごらん。これは玉ねぎなんだよ」
「へえ……わっ、これちょっとびっくりするくらい美味しい! オニオンフライってこんなに美味しいんだね」
「そうそう。二つしかないけれど、全部食べてもいいよ」
「え、ありがとう……。うん、美味しい。これ、二つしかないの残念だね。良人くんはいいの? 食べなくて」
「ふふふ……ふふふふふ」
良人は不敵に笑う。その笑顔を見て、玉黄は怯えたように言う。
「ああっごめんなさい。そう、二つだからえーっとこれでポテトを挟んでハンバーガーなんだよね!?」
「何を言ってるのかなあ。僕が笑ったのは、玉黄ちゃんが予想通りの反応をしたからさ。さあ! 思う存分オニオンフライを食べるといいよ!」
良人がそう告げたまさにそのタイミングで、まるで謀ったかのようにバラエティパックAが席に届く。
「わあ、すごい。これは?」
「これはバラエティパックA。フライドポテトLサイズが2個と、オニオンフライ2個が一体化した、まさに【人類の夢】【至宝】とも呼べる商品だよ。さあ、好きなだけオニオンフライをどうぞ」
「わーい。じゃあ、いただきまーす。うん、おいしい」
そう言いながらオニオンフライをぱくつく玉黄を、良人は優しいまなざしで見つめる。ただ、玉黄の表情は少しずつ曇っていく。
「玉黄ちゃん」
「……はい」
「いいんだよ、正直に言って」
「……ほんとうに?」
「大丈夫、怒らないから」
「ほんとうに? ぜったい?」
「ホントだよ」
それを聞いて、玉黄は意を決したように言う。
「あの……なんかちょっと、いっぱい食べると、ちょっと、本当にちょっとだけなんだけど、油っぽい感じがしてきちゃうなって……」
「ふふふ。そうだろう。それが僕が教えたいモテポイントさ」
「え? どういうこと?」
「いいかい。玉ねぎの玉黄ちゃん。オニオンフライは、キミをとても輝かせる最高の調理法の一つだ。だけどね、やっぱり、そればっかりだと飽きてしまうんだ。これは悲しい人間のサガだね。だからさ、例えばデートに行くでしょ? その時に、玉黄ちゃんの良いところ、オニオンフライみたいなところを出すのは、1つか多くても2つにしておくんだ。あとは隠しておく。そうすることで、『ああ、またあの子とデートに行きたいなあ』って相手はきっと強く思うはず。これこそが、『モスのオニポテに学ぶ、【モテる女子】のデート術』ってわけサ!」
それを聞いた玉黄は、小首をかしげて問う。
「うーん、あのさ。良人くん。それって、デートを誘われる前提だよね? ってことは、既にモテてない?」
「あ」
「わたしはその、『デートにがつがつ誘われる方法』の部分を知りたいんだけど。っていうか最初っからそこを聞いてるんだけど。ねえ、なんで一回デートに行くのは前提なわけ? そのくらいは当然できますよねってこと? その程度のことも出来ない人間がモテようなんて一億年早い、一万回生まれ変わって出直してこいってこと?」
「ち、違う違う! ごめん! 間違った!」
「残念。これじゃあ、トリの動画は見せられないな」
「くぅ。本当に残念だ……。わかったよ。次こそ本当のモテ術、考えてくるからね!その動画のアドレス絶対忘れないでよ!」
そのあと二人はお腹いっぱいになるまでバーガー3つとポテトを食べ(オニオンフライを2つ普通に頼めば良かったな、と後に良人は語った)、玉黄の家の前で、トリの動画を勝手に見ないことという指切りげんまんを交わしたあと、手を振って別れる。
自宅で日記帳を広げながら、玉黄はつぶやく。
「ポッキーのシェアハピに学ぶ『とにかく意味がわからないことでも興味を惹いたらそれで勝ち』メソッドは成功だったみたいだから、見せてあげても良かったんだけど、ね」
モスのオニポテに学ぶ『モテる女子』のデート術 雅島貢@107kg @GJMMTG
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