シチュエーションで、ラブを呼び込め!

宇部 松清

劇場型恋愛女子・蓼沼さん

 クラスメイトの柘植つげ君は、いつもひとりだ。

 黙っていれば恰好良い、なんて言葉があるけど、常時黙っている人は、ただひたすら『恰好良い』だけになるんだろうか。


 つんと澄ました顔の拓植君は、クラスの人達から密かに『公家くげ君』と呼ばれている。色が白くて、目が細くて、狐のお面みたいな顔。あんまりしゃべらないし、怖いって言う人もいる。なにを考えてるかわからないって意味で。


 でも私はそんな柘植君が気になって仕方がない。これはもう恋だと思う。だから色々話しかけたりするんだけど、柘植君はつれない。うん、とか、へぇ、って目を細めてちょっと笑うくらい。


 だから最近では、どうにか彼に意識してもらおうと、ちょっと強めに押してみている私である。

 柘植君が廊下を曲がるタイミングでわざとぶつかろうとしたり、

 柘植君が図書館の本を取ろうと手を伸ばしたら、すかさず私もその本を狙う、といったような。


 だけど、結果は全敗。


 そういえば柘植君というのは、体育の成績も素晴らしいのだ。

 曲がり角では、偶然を装って突進した私をするりとかわして道を譲り、

 図書館では、伸ばしていた手をさっと避けて本も譲ってくれた。


 本については一応借りてみたけど、『カリグラフィー入門』って何これ。へぇ~、何かよくわかんないけど、何か、うん、すごーい。うんうん、柘植君はこういうのが好きなのね。


 じゃなくて!

 思わぬ収穫! なんて喜んでる場合じゃない。

 こんなことじゃいつまでたっても柘植君に意識してもらえない!


 と、やきもきしていた時だった。

 私は超有力な情報をゲットしたのである。

 どうやら最近は『シチュエーションラブコメ』というのが流行っているらしいのだ。

 だってお姉ちゃんのパソコン画面に、ええと、何だっけ、『ヨミカキ』みたいな名前の小説サイトが表示されてて、何か、やたらとシチュエーションラブコメのお話がたくさんあったから。どうやらいまはシチュエーションラブコメの時代みたい。


 ただ問題は、そのシチュエーションラブコメなるものを調べる前にお姉ちゃんが戻ってきちゃったってこと。

 でも、この言葉の感じからして、何かしらのシチュエーションでラブコメすれば良いってことだと思う! 


 そうと決まれば!

 待ってて、柘植君!




「……蓼沼たでぬまさん」

「何? 柘植君」


 す、すごい! シチュエーションラブコメってすごい。

 柘植君が私の名前を呼んでくれた!


「毎日毎日すごいね」

「そんなことないよ」


 ああ、柘植君が私のことを心配してくれている!?

 何これ。これもシチュエーションラブコメのなせる業!?

 

「……で、今日は何のシチュエーション?」

「今日はね! えっと、こっちの女の子はクラス委員なんだけど、こっちの不良の男の子のことが好きでね、それで、男の子の方が女の子を放課後体育館の裏に呼び出したの!」

「へぇ……」


 あぁ、柘植君が私をじっと……いや、厳密には私の作った指人形を見てくれている。


 シチュエーションでラブコメを展開させるんだと固く誓ったあの日、私は徹夜をしてこれを作り上げた。


 この――蓼沼指人形劇場を。


 段ボールで作ったジオラマに、色画用紙で作った指人形。放課後になると、さっさと帰ろうとする柘植君を呼び止め、ちょっと見ていってほしいものがある、と無理やり美術室へ連れ込んだ。


 最初は何が何やらといった具合にきょとんとしていた柘植君だったが、2日、3日続くと慣れてきたらしく、うんうんと頷きながら見てくれるようになったのである。


 誰もいない美術室で上映される蓼沼劇場。

 毎日同じシチュエーションでは飽きてしまうと思い、建物や人形自体は使い回しでも、内容は毎回変えた。お嬢様と、使用人。俺様系男子とツンデレちゃん。幼馴染みの2人に、それから、今日は委員長ちゃんと不良君。

 劇が終わると、たったひとりの拍手が響く。


「今日も面白かったよ、ありがとう」

「どういたしまして! 明日も期待してて!」


 劇が終わるとそこはかとない達成感に包まれる。お客様から直接「面白かったよ」なんて言われたら、もう明日も頑張るっきゃない。


 時間とらせてごめんね、といそいそと片付けをする。建物の中は空洞なので、人形や小物はその中にしまうのだ。これにて蓼沼劇場閉幕でござ~い~。


「ねぇ、蓼沼さん」

「何?」


 委員長ちゃんと不良君と、その他諸々が入った建物をトートバッグにしまい、顔を上げる。柘植君はまだ向かいに座っていて、さっきまで劇場があったところに肘を乗せていた。狐のような、すぅ、とした切れ長の目が、私を見つめている。白い肌に映える、血色の良い薄い唇がゆっくりと動いた。


「どうして毎日俺に見せてくれるの?」

「えっ? どうしてって……」


 それは……シチュエーションでラブコメをすれば、柘植君が私のことを意識してくれるかと思って……。

 だけどよく考えたらそんなこと本人に言えるわけないよね!?


「お客さん、俺だけだけど。他の人には見せないの?」

「そ、それは……。その……、柘植君に見てもらうのが目的だったというか……」


 あれあれ。よく考えたら、結構この状態意味わかんないかも。毎日こんなところに連れ込まれて指人形劇見せられるとか、謎過ぎる!


 何かうまいこと言わないと、と思うものの、浮かんでくるのは「クール系男子に翻弄されるモブ子ってのも良いかも!」という明日のネタだ。


 柘植君は笑いもせず、かといって怒っているわけでもない、そんな表情で、私から目を逸らさない。


「いままでの劇、蓼沼さんはどれが一番好きなの?」

「ふぇ!? どれが一番!?」

「使用人を振り回すお嬢様? 俺様に迫られるツンデレ? それとも両想いだってことに気付かない幼馴染み? もしくはちょいワルに憧れつつも更正させようとする真面目ちゃん?」

「えぇと……」


 そう言われると……、どれだろう。

 どれも良いけど、ちょっと違うかも。むしろ――、


「あ、明日ね、明日、『ちょっと無愛想なクール系男子と何の変哲もないモブ子』っていうのやろうと思うの。たぶん、それが一番好き」


 だって、それって私のことだから。


「無愛想なクール系と……モブ子ちゃん……かぁ。ねぇ、その無愛想って、もしかして俺?」


 そこで初めて柘植君はほんの少し笑った。


「そ……、そう……かな……」

「じゃあさ、相手の子は、俺が指定しても良いかな。特徴とか」

「へぇっ!? リクエストですかぁっ!? うまく出来るかなぁ? ちょっと待って、メモするね。はい、どうぞ!」


 メモを片手にスタンバイする。

 まぁ、髪の長さとかそれくらいなら何とかなるかも。


「髪はね、肩より少し長いくらい」

「オッケー! それくらい余裕余裕!」


 いままでがロングだったからね、ちょきんって切るだけで出来る。


「それでさ、眼鏡かけてて」

「ほほぉ、眼鏡ちゃんね。了解了解~。フレームの形とか色はこっちで決めて良いの?」

「駄目。それ」

「は?」


 す、と伸びた長い指は、私の眼鏡を差している。


「蓼沼さんと同じやつにして」

「え? これ? なぁんだ、これね。良いよ良いよ。黒縁の楕円ね、簡単簡単。見慣れてるもん」


 肩よりちょい長めの髪に、黒縁眼鏡ね、ううん、何だか私に似てるような?


「それでさ、胸のところに『たでぬま』って書いてよ」

「えぇ? まぁ、良いけど……画数多いなぁ……」


 ていうか、それ書いちゃったら、それはもう私なのでは。『蓼沼』ってなかなかないよ?


 それでも大事なお客様のリクエストだし、一応そう書いたけど。


 と、眉をしかめて顔を上げると、柘植君はたぶん私以上に眉を寄せて首を傾げていた。

 ええ!? 何で!?


「あのさ、気付かない?」

「え? 何が?」


 そう答えると、柘植君は目元を覆って、はぁ、とため息をついた。


「蓼沼さん本人ってことだよ」

「私!?」

「俺と、蓼沼さんのが見たい」

「何と!!」


 私の顔はまぁ最悪点々で良いけど、柘植君の顔難しいなぁ。あ、ネットで狐のお面の画像を拾って、それを縮小して貼れば良いのかな? 良いわけないか。


「内容も楽しみにしてるよ。それが一番好きなんだもんね」

「そう……だね。うん、好き」

「わかった。ちゃんと覚えておくから」

「え? 何のこと?」

「いや、こっちの話。近いうちに俺も柘植劇場を開催するかも」

「そうなんだ。ちょっと意外だけど、楽しみ! 私見ても良い?」

「もちろん」


 さて、帰ろうか、と言って柘植君は立ち上がった。もう外はかなり暗くなっている。


「私、鍵返してから帰るね。柘植君、また明日」


 いつものようにそう言うと、柘植君は「もう遅いから、送っていくよ」なんて行って、職員室までついて来てくれた。


 その帰り道、指人形劇の先輩として指の動かし方をレクチャーしようと思ったんだけど、柘植君からは「大丈夫」と言われてしまった。結構難しいよ? 指人形だからって甘く見てたらね、と言うと、柘植君は、何だかちょっと照れたように笑ってこう言ったのだ。


「大丈夫、俺がやるから」と。


 ……うん、だから。柘植君、指人形なんてそんなに経験ないでしょ? 私だってあの動きを会得するのにどれだけかかったか――、と熱弁を振るうと、なぜか彼は、またも大きなため息をついた。



 

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