一代目勇者と魔王

violet

勇者と魔王と平和

 ゴシックで巨大な扉が、行く手を阻んでいた。


 俺はその扉を両手で押す。ゴゴゴと石と石が擦れる音を響かせながら、扉はゆっくりと開いていった。扉の先の部屋はどうやら明るいようで、燭台の明かりが扉の隙間から漏れていた。


 扉の先は謁見の間のようだった。壁にはいくつもの燭台が設置されていて、部屋は明るかった。俺がいる入り口から奥の方へ赤い絨毯が敷かれていた。中央にはやはりゴシックな玉座が設置されていて、そこには例の者がいた。


「かかっ! 来おったな勇者よ」


 俺のことを勇者と呼ぶその者は、おぞましい程の魔力を放っており、まさしく魔王だった。


「お前が魔王か? まさか女の、しかも人間の姿をしているとはな」


 俺はそう言って魔王を見た。赤い艷やかな髪。前髪は眉辺りで切り揃えられていて、後ろ髪は腰辺りまで伸びていた。


「かかっ! 人間のメスは角が生えているのか?」


 トントンと、魔王は自身のこめかみ辺りに生えた二本の角の片方をつっついた。人間に見えるが、確かに普通ではないようだ。


「へえ、魔王のくせに人間に詳しいじゃないか」

「かかっ! 人間は実に美的センスが良い。見よ、これを」


 魔王は自身の身体を見せびらかすように、くるりと器用に回った。すると彼女が纏っていた黒いマントがふわりと舞って、彼女の豊満な胸がたゆんと揺れた。


「この服はな、人間の姿に化けて人間に作らせたのだ。このフリフリ、とても可愛いだろう?」


 とても楽しそうに魔王は言うので、俺は気が緩みそうになる。


「いやお前、じゃあ人間襲うの止めろよ」

「いや全くだ! かかっ!」


 あまりな発言に、俺はあっけらかんと目を見開く。


「本当に不思議でなあ。なんで我が人間を襲っているのか。さっぱりなのだ」

「お前は意思もなく人間を襲っていたというのか」


 それはそれで怒りがこみ上げてくる。


「いや、意思はある。我は魔族として生まれたときから、人間を滅ぼすという宿命を授けられていた。しかしその宿命は、魔族の老いぼれが勝手に押し付けてきたものだ。そして何故か皆に期待され、いつの間にか成し遂げなくてはならない雰囲気になっていたのだ! かかっ!」

「かかっ! じゃねえよ!」


 俺は呆れて頭を押さえた。


「しかし、お前だってそうではないのか」


 などと言って魔王は、俺の左手に持っている盾に目線を移した。


「その盾、魔族が作ったものだろう」


 俺はぎくりと目をそらした。いかにも、旅の道中で魔族の街に忍び込む機会があって、そこで手に入れたものだ。


「そしてその剣は、魔族が管理している塔の宝物庫にあったものだな。貴様、勇者の剣や盾はどうした」


 さらにぎくり。


「だって、何故か知らないが勇者の剣や盾よりも能力が高いんだ」


 剣や盾は能力値が全て。勇者の剣や盾なんて売ってしまったさ。


「勇者よ。どうせ貴様も、国の王か誰かに勇者の宿命とやらを押し付けられたのだろう」


 全くその通りで、訂正するところがない。


「まあ何がどうあれだ、魔王。俺たちはお互いに色んなものを背負ってここまで来てしまった」

「ああ、わかっているさ。もう後戻りは出来ない」


 俺は剣と盾を構え、魔王は杖をこちらに向けた。


「ただ、なんだか虚しいのだ」

「ああ、わかるよ」


 その後戦いが始まり、やがて俺が魔王の腹に剣を突き刺し、魔王の魔法が俺の腹に風穴を開けたところで、戦いは終わった。





 鼻がむずむずして俺は目を覚ました。すると目の前に白い羽の蝶がいて、どうやら俺の鼻先にとまっていたらしい。俺が少し動くと蝶はどこかへ飛んでいった。


 俺は起き上がって辺りを見渡す。山の中だった。草木が生い茂っていて、遠くには見知った城下町が見えた。そしてすぐ隣には、赤い髪の女性がすやすやと眠っていた。


「ま、魔王?」


 たしかに魔王だった。しかし、こめかみに生えていた角は無くなっているし、おぞましい程あった魔力は一切感じられない。そしてようやく俺自身も、あの有りすぎて持て余し気味だった勇者の力を一切失っていることに気がついた。


「んん」


 魔王が目を覚ました。


「貴様、勇者か? ここは一体……」


 眠そうに目をこすりながら、魔王は起き上がった。


「魔王。どうやらお前は魔王ではなくなったようだ。俺も、どうやら勇者ではなくなったらしい」

「確かに、力を感じぬ。お互いに」


 魔王は物憂げに山から広がる景色を見た。俺も隣に立って同じ景色を見る。


「初めて世界を見た気がするな」


 魔王は言った。確かに俺も知らなかった。こんなにも空が青くて、こんなにも太陽の光は温かい。山から広がる景色は緑に溢れていて、遠くに見える城と城下町はとても賑わっているように見えた。


「俺たちは普通の人間になったんだな」


 俺は言った。


「ああ。もう魔王とかどうでもいいわ」


 と魔王。


 そして俺たちは、とりあえず城下町の方へ向かうことにした。





 俺と魔王は城下町の喫茶店に入店した。木製の建物内は、人混みも少なくて落ち着いた雰囲気だった。


「三十年経っていたな」


 魔王が言った。


「ああ。あれから色々と変わったようだ」


 と俺。そもそも喫茶店というものは、俺が生きていた時にはなかった。


「二代目勇者か。ということは二代目魔王もいるのだろうな」


 魔王はそう言ってコーヒーというものを飲んだ。なにやら黒豆を挽いて、紙を用いてドリップというものをして作るらしい。


「うま」


 魔王がボソリと呟いた。どれ、俺も。


「うま」


 不覚にも、魔王と同じ反応をしてしまった。


「どう思う? 一代目魔王」

「ふむ。虚しいだけだからやめておけと言ってやりたいさ。貴様も同意見だろう? 一代目勇者」

「ああ。それにどうも仕組まれているような気がしてな。勇者と魔王が死んだのに、全く同じことを未だにしているなんて」


 俺は窓の外を見た。石畳の大通りを、様々な人々が行き交っていた。本当に様々で、荷物を運んでいる者や、剣や盾を装備している者、さらには親子で買い物に来ている者もいた。大通りの向こう側には露店が立ち並んでいた。果物や野菜、武器や防具まで、店の種類も豊富だった。


 こんなに賑わっているのに、二代目魔王によって平和が脅かされているという。


「わかるぞ、勇者。戦いが無くなれば武器や防具は売れなくなる。平和になってしまえば護衛という職業も必要なくなってしまう。戦いがあるから経済が潤う。皮肉な話だ」

「なあ魔王。俺たちは一体何を背負って戦ったのだろう。そして、死んだのだろう」

「さあ? 強いて言うなら、平和ではないか? かかっ!」


 平和か。俺はもう一度窓の外を見た。窓のすぐ近くを子供たちが横切っていった。俺はその子供たちの表情を見た。皆笑っていた。


「あの笑顔の為に戦ったというのなら、納得できるか?」


 魔王は俺に笑って言った。納得か……。


「出来ない!」


 どん、と俺はテーブルを叩いた。魔王が目を見開いてこちらを見ている。そんな顔も出来るのか、魔王よ。


「俺たちの二代目が、幸せではないじゃないか!」


 少なくとも、俺が勇者だった頃は幸せではなかった。今の勇者も、俺と同じ思いをしているかと思うと、いても立ってもいられない。


「熱い面もあるのだな、勇者……」

「えっ、何だって?」

「い、いや。なんでもないさ」


 妙にしどろもどろだから見てみると、魔王の顔は何故か紅かった。


「俺はこれから二代目を救う旅をしようと思う。だから魔王、お前も来い」

「なら、もうしばらくは一緒だな!」


 魔王はとても嬉しそうに言うと、テーブルに乗り上がるように立ち上がって、俺に手を差し出した。


「かかっ! よろしく頼む!」


 魔王の花笑み。俺も笑ってその手を握った。

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