第二人権

たつおか

第二人権


 2000年初頭の出産率低下問題がウソのよう、今の日本は人で溢れかえっていた。


 その原因のひとつに、政府が当時の不妊対策として排卵誘引剤を配布したことが挙げられる。

 当初は「人体に無害」を謳って配布されたそれも、後に幼児に身体的障害を及ぼすことが明らかとなった。


 その障害は、不特定に内臓器のいずれかが器官不全を起こすというもので、実質的な解決策は移植以外の他には無かった。

 そんな臓器不足の現状を反映してか、世界の各国で違法な臓器売買が横行した。まさに臓器の「商品化」が進んでしまうその現状を危惧した政府は、臓器に人権を認める、『第二人権案』を擁立することで事態の鎮静化を図った。


 これにより不当に臓器を傷つけたり、また売買しようものならばそれは、一個の人間に対してそれを行ったものと同じ罪状が加害者に課せられるようになったのだ。

 そして俺は今、『臓器虐待』の罪を償う為、この専用刑務所に服役している。

俺に科せられた罪は、胃と肺、さらには肝臓に対する傷害罪であった。


 今年の1月、社の健康診断で先の臓器達に異変があることを通告された俺は、それと同時に通報。罪状が確定するや、この病院然とした刑務所へと入れられ、そしてその日のうちにかの臓器達を『保護』されてしまった。


 それからというもの俺は生命維持装置へと繋がれ、もはや動くことも叶わずにこの刑務所に収監され続けている。

 横たわるベッド上、胃の摘出された腹筋では声を出すこともままならず、かろうじて首だけを持ち上げて室内を見渡す。


 そこには俺と同じように、横たわる囚人達とそのベッドが部屋の隅まで続いていた。

 俺達『臓器犯罪者』達には檻は存在しない。その代わりにこのベッドとそして生命維持装置があるのだ。

 見渡す両隣の皆は、誰も微動だにしない。青いほどの蛍光灯の光が満ちるこの空間には、時間すらもが消失しているように思えた。そんな空間の中で覚醒すると俺は、いつも先ほどのことやそして自分の未来を考えてしまう。


 俺に科せられた実刑は、計3箇所の臓器への虐待で実刑7年。しかしこの、食事すらまともに取れない状態で俺はその刑期を生きて終えられるものだろうか?

 もし臓器犯罪者が刑の途中で死亡した場合、その保護されていた臓器達は正規の手続きを経て、別な『里親』の下へ出されるそうだ。


 一切の違法もない、あくまで『合法』な手段として、臓器はそれを欲する人間へと渡される。この法は、犯罪者達を駆逐すると同時に件の障害者の救済の役割もまた果たしているのだ。


 なるほど、良く出来たものだ。コレならば合法のうちに犯罪者を葬り、人間の間引きと優良人種の選定が出来るのだから。

 コレによってこの国は、いつかの総理大臣が謳ったような優良人種のみの『美しき国』となることが出来るのだから。


 そんなことを考えているうちに、俺はまた曖昧な眠気に意識を混濁させていった。

 栄養剤も兼ねた点滴には、同時に睡眠薬も調合されている。そうしてやがては俺も周りの囚人達同様に眠り、そして同様に死んでいくのだろう。



 室内に並べられたベッド、そこに並んで横たわる犯罪者達、そして青い蛍光灯の世界──全てが夢うつつのまま眠りの中に溶け合い薄れていくそのなかで、俺はこの現実が夢であることを次の覚醒に望むのであった。





【 終 】

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第二人権 たつおか @tatuoka

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