少女は誰と共に行くのか

私誰 待文

迎え

 目覚めると、真っ黒な人影がこちらを覗きこんでいた。


 「……」


 おぼろげな意識を回復させつつ、少女はむくりと身を起こす。

 

 「おはよう。早速だが、歩けるかい?」


 傍らにいる人影が声をかけてくる。少女はぼんやりと、そちらへ目を向ける。

 人影は不思議なほど黒かった、というよりかは、辺り一面が薄暗かった。上方から漏れ出る薄青色の光で、かろうじて声の主が人型だと認識できるぐらいだった。

 

 「服、必要だろう?」


 言われてから少女は、触れる空気がやけに肌寒く感じ始めた。自分の体に目を移すと、衣服らしきものは一枚も着ていないことに気がついた。

 人影から貰った服を着る。白色の一切汚れのないワンピースだ。


 「ところで……」


 人影がまた声を発する。声色からして、どこかこちらの様子をうかがっているようだった。


 「君、自分が誰か分かるかい?」


 少女はその質問を受けて、きょとんとしてしまった。自分の素性。名前。家族。友達。家。誕生日。好きな食べ物。何か思い出そうとしばらく考え込んでいたが、やがて一言。


 「……わかりません」


 と呟いた。人影はその言葉をきいて、一人で納得したようで、


 「うん、大丈夫だ。よし、私に付いてきなさい」


 と言いながら、少女に手を差し伸べた。少女は、その自らの二倍もある大きな手を取った。

 人影に引かれながら、少女は歩き始める。暗くて少女の目には見えないが、どうやら通路があるらしい。

 少女は目覚めた場所を去る前に、一度だけ後ろを振りかえった。薄暗い部屋の中で一際大きい棺桶型の箱が目に入った。おそらくは自分が眠っていた場所だろうと、少女は推測し、人影と共に箱の場所を後にした。


      箱の側面には<1B>の文字が刻印されていた。



     ~     ~     ~     ~     ~



 「うっ、まぶしいっ……」


 暗く長い道を抜けて、人影がドアを押し開けると、太陽光が少女と人影を強く照らし出した。少女は思わず光の強さに苦言を呟いてしまった。


 「よし、外に出るぞ」


 人影が言い、少女たちは外へと足を踏みだした。

 


 外の景色は、荒れ果てた岩山だった。灰色の岩々が山のようにそびえ、向こうまで連なっていた。生物の気配はなく、時折、山風が少女たちの姿をなびかせる程度だった。

 少女は後ろを振り返る。出てきたドアは赤錆が蔓延っており、ビス止めが施されていた。何かの施設のようだが、ドアを囲むように全体が赤茶や灰色、黒といったサイズもまばらな岩石に覆われており、詳細を推理することは難しかった。


 「この先に私の車がある。そこまで共に行こう」


 人影は少女を連れて再び歩きだした。


 「あの、すいません」

 「ん、どうしたんだい」

 「どうしてそんなに服を着ているんですか?」


 少女は人影に話しかける。というもの、少女は自分を連れ歩く人型の姿が気になっていた。 

 少女が目覚めたときは、辺りが暗かったために人型の姿が全身真っ黒な影のように見えているのだと、少女は解釈していた。しかし、日の光の下で照らされた人型の衣装は、まさしく人影のように黒色で統一されていた。服は上下共々厚手の生地の服を羽織っており、頭にはニット帽、両手にも厚手の手袋、靴は岩山にもかかわらず厚底のブーツ、更には全身を黒色の包帯のような布で覆っており、不気味な人の影が一人でに動いているようだった。

 もう一つ少女の気になる点は、その全長だった。少女自身、背は高い方ではないのだが、人型の身長は少女のおよそ二倍ほど高かった。この高さの人型が先刻まで自分の傍らにいたということに、少女は不安を感じていた。


 「この服か。ハハハ、私は寒がりなのでね。ここの気温も私にとってはとても寒いくらいなんだ」

 「そうですか……。そうですね、少し冷えます」

 「私の車になら服がある。しばらく辛抱してくれ」


 しばらく少女たちは、岩山の道なき道を進んでいた。ブーツで踏みしめるように歩く人型に対し、ワンピース一枚しか着衣していない少女は、素足で凹凸の激しい道を進むのに大変苦労を要していた。


 「……そういえば」


 歩きながら少女は、気になっていたことを問いかける。


 「なんだい?」

 「あの時、どうして私の記憶があるかを聞いたんですか?」


 人型はしばらく間をおいて、やがてこんなことを話し始めた。



 「昔、この星で大規模な戦争が起こってね。生物という生物は皆、戦争兵器の望まぬ犠牲者となった。このまま星中の生物が死に絶えるかと思われたとき、生き残ろうと策を練った種族がいたんだ。それが、『ニンゲン』だ。ニンゲンはいずれ訪れるであろう平和のために、あらゆる種類のサンプル、その数なんと一万体を、専用の機械で冷凍保存して未来に託したんだ」

 「えっ……。それじゃあ私は」

 「そう。君は遠い昔に未来へ託された、ニンゲンなのだよ」

 「はぁ。じゃあ、あなたは?」

 「私? 私も実はその一人なんだ」

 「え!?」


 予想外の答えに、少女は思わず驚嘆の声をあげてしまう。今目の前にいる不思議な人型も、自分と同じ人間と知り、混乱気味になってしまう。


 「ちなみに君は史上二番目に目覚めたニンゲンだ。そして一番目が私だ」

 「そう、だったんですか……」

 「私は、君のようにまだ眠っているニンゲンを目覚めさせるために、各地を転々と移動しているのだよ。もっとも、君みたいに実際にニンゲンが眠っているケースは稀だがね」



     ~     ~     ~     ~     ~



 「君、もうすぐで私の車に到着するよ。ご苦労様だったね」


 少女たちは、長い長い岩道を歩き進め、比較的石の小さい開けた平地に出た。しかし、少女たち以外の生物は植物すら見当たらなかった。靴を与えられず、角ばった石の道や岩々を踏まざるを得なかった少女は、足裏がズタズタになっていた。


 「ん?」


 黒服の人型は一通り平地を確認して、疑問の声をあげた。


 「どうしたんですか?」

 「無いんだ」

 「ない?」

 「私の車がないのだよ!」


 ここにきて、人型は分かりやすく声色がうろたえていた。


 「ここに停めていた私の車が無いのだよ、横に長い四輪の黒い車が!」

 「さ、探しますか……?」

 「勿論! 君は重要なニンゲンなんだ! 絶対に見つけ出してくれ!」


 それから、少女たちは行方不明の車を探し始めた。

 正直、見たこともない車を見つけ出せるものだろうかと、少女は疑問を感じていたが、捜索に協力した。

 平地の地形は、周りを見回すだけなら特に車を隠せるほどの遮蔽物は無いが、しばらく平地を捜索していると、下り坂を見つけた。もし車を盗まれてここを下って行かれたら、簡単に逃げられてしまうだろう、と少女は下り坂の上からのぞき込んで考えていた。



 三十分ほど車を捜索したが、結局のところ発見することはできなかった。


 「すいません、見つけられなくて」

 「ふーむ、参ったな」


 疲弊した少女たちは、平地でも視界が開けた場所で、休息をとっていた。少女の足裏は、不安定な地面での度重なる酷使により数か所を出血していた。


 「これでは、ニンゲンを……」

 「あの、車に乗ったあと、私はどうなるんですか?」

 「ん? それは勿論」



     そのときだった。



 少女が向かった下り坂の方向から、静寂をつんざくようなエンジンの駆動音が響いてきた。

 

 「私の車!」


 人型が声を荒げる。

 少女も目を坂の方角へやる。エンジン音はどんどんその大きさを増し、遂にその姿が、坂を勢いよくこえて現れた。

 出現したのはボディの隅までガンメタルカラーの、サイドカーだった。バイク側に搭乗者が見える。

 サイドカーはその速度を落とさず、猛獣のような音を唸らせながら、少女と人型の方向へ一直線に向かってきた。


 「えっ、ど、ど、どうして?!」

 「くっ、しくじったかっ……!」


 少女と人型がそれぞれ声をあげる。

 その間もサイドカーは速度を一切落とさず、猛スピードでこちらへ近づき、そして――



――砲撃のような鈍い音と共に、人型は後方へと撥ね飛ばされた。



 「あっ」


 少女から短い声が漏れる。

 サイドカーは人型を撥ねたのち、速度を落としながら少女へと近づいてきた。そして、少女のすぐ側へ車を寄せると、運転手は装着していたフルフェイスを外し、その素顔を露わにした。


 「乗れ! 奴がひるんでるうちに、はやく!」


 運転手の正体は、少女と同じ『ニンゲン』の青年だった。青年は少女を半ば無理やりサイドカーの車台側に乗せると、発進準備を始めた。


 「説明は後だ、いまはここから逃げるぞ」

 「で、でも……」


 少女は後ろを振り向いた。

 すると、さっきまで形を保っていた黒い人型はそこになく、そこには赤銅色をしたゲル状の生物が横たわっていた。ナメクジのように伸びた二つの目が、少女たち二人をぎろりと見ている。



 「アアアアアアア! 折角ニンゲンヲ見ツケタノ二ヨォォォォォォォォオオオオオオオオオオオオオオ! テメェェェェェェェェェエエエエエエエエエエエエ!」



 その絶叫を最後に、二人はゲル状生物から遁走した。



     ~     ~     ~     ~     ~



 「で、どこまで吹き込まれた?」


 青年が質問する。ゲル生物を振り切った二人は、砂利道をサイドカーで走っていた。


 「えっと、ニンゲンは昔起きた戦争の時に一万人が未来へ託されて、私は二番目に目覚めたこと。あのひとが残りのニンゲンを探してること」

 「それ以外は?」

 「……」

 「なるほど」


 「結論から言う。あれは“ひと”じゃない。生物は確かに人間以外死んだ。だが、生物が死滅し、人間がコールドスリープしてる約百年の間に、謎の地球外生物が我が物顔で地球を蹂躙し始めたんだ。人類の遺した文化を吸収した奴らはある日、一人の人間を発見したことで、この星に人間が眠ることを知る。そして奴らは、人間を貴重な地球の前時代生物のサンプルとして売買するビジネスを始めた。記憶なしは特に高値らしいな。人に化けたのも、仲間だと思わせるための擬態だろ」

 「……」

 「でも、お前が二番目に目覚めた、というのは真実だ」

 「えっ。じゃあ、一番は……」


 少女がそう問うと、青年はフルフェイス越しに答えた。




 「俺だ」

 


 

 




 

 





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

少女は誰と共に行くのか 私誰 待文 @Tsugomori3-0

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説