「2」のいいところ 「KAC2」
薮坂
「2」について本気出して考えてみた
「……さて、ここへ呼び出したのは他でもない。至急対応しなければならない案件があってな。しかし僕の手だけでは足りない。だからこうして来てもらった訳だ」
机の上で手を組み、その上にアゴを乗せた僕は言った。気分はさながら某特務機関の司令である。しかしメガネとアゴヒゲ、それに風格が僕にはない。あと、傍に立つ副司令もいない。まぁいい、こういうのは気分が大事だ、気分が。だから気にせず僕は続けた。
「問題はただひとつ。如何にして来年度の新入生を確保するか、それだけだ。少子化の波はそこまで来ている。今年度は辛うじて定員割れを免れたが、来年度はそう甘くはない。伝統を誇る我が校に、定員割れの汚名を着せる訳にはいかない。そこで、諸君らの知恵を借りたいと、つまりはそういう訳だ。さて、ユリ隊員。この厳しい情勢を打破する画期的な案はないか」
「……もうね、ツッコミ所が多すぎてどこから突っ込んでいいのかわからない」
ユリは呆れるように、いや実際呆れているのだろうが、とにかくそんな口調で言った。
僕とユリは教室で、この高校の未来を決定する(かも知れない)重要な会議を行っていた。ちなみに会議参加者は僕とユリの2人だけである。
「あのさ、ワタル。これどういう流れ? 夏休みのクソ暑い教室ですること?」
「仕方ないだろ、安田先生の命令なんだから。来年度の新入生募集パンフレットの案文を考えて提出しないと、僕の現代文の成績が今度こそヤバイんだよ。それに良い案文を出せば夏の補習の日数を減らしてくれるんだ」
「今度こそヤバイってどういう意味よ。確かあんた、1学期の現文の成績、壊滅的だったでしょ」
「壊滅的じゃない。絶滅的だ」
そう、現代文はついに淘汰されたのだ。あくまで僕の中で、ではあるが。
「胸を張って言うな」
「胸を張らずどうする。負けた時こそ胸を張れ。僕はそう教えられたんだ」
「いや誰によ」
「伊藤くんだ。いや伊藤くんの話はいい。今は目の前の問題に集中してくれ」
「あたしは関係ないでしょうが! ここに連れて来られたのだってほぼ誘拐じゃん!」
「誘拐じゃない。これは略取……いや拉致かな」
「どっちでもいいわ!」
激しく憤るユリ。まぁ無理もない。僕が無理矢理ここに連れてきたのは間違いないのだから。
ユリは動物を愛でるのが好きで、こう言ってはアレだが地味部活ナンバー2の生物部に所属している。ちなみに今日はユリがエサやり当番である。
僕の情報収集能力を甘く見るのは危険極まりないという良い例である。ユリのスケジュールはチェック済みなのだ。
情報を制するものは戦いを制す。と言う訳で、にこやかにエサをやっているユリをこうして攫ってきたという訳である。
「もう帰らせてよ、ほんとに。補習はあんたが勉強しなかったからでしょ? あたし関係ないじゃんか」
「いや、僕も悪くない。悪いのは現代文の設問だ。なんだよアレ、作者の気持ちを答えよってヤツ」
「言わんとすることはわかるけどさ。でもいちいち作者に訊いてられないでしょ」
「僕が作者なら激怒する。ワタルは激怒した、ってヤツだ。勝手に問題にされて作者の気持ちを答えよなんて、作者を蔑ろにし過ぎだろ。だから僕は『作者にしか答える権利がない』と回答したんだ。そしたら補習だ。これはもう日本の教育システムが間違ってるだろ」
と、僕は熱弁するのだが。対するユリは冷ややかな目。マズイ、つい熱くなってしまった。今は課せられた命令を復命しなければ。
「いや、すまない。話を戻そう。慢性的な少子化で、来年度我が校は定員割れをするかも知れないらしい。そこでカギになるのは新入生勧誘のパンフレットなんだが、なんと今回刷新されることになった。その勧誘の謳い文句を、安田先生が任されている。ここまではいいか?」
「それでアレでしょ? 安田先生はあの性格だから、ヒマなあんたに丸投げしたと。でも丸投げするならどう考えても成績優秀者でしょ。そこの詰めが適当なんだよね、安田先生は」
「いや、妥当な人選だと思うぞ。僕の文章作成能力はなかなかのものだからな」
「その自信はどこから来るのよ……もう帰ってもいい?」
呆れた顔で呟くユリ。ちゃんと帰ってもいいか訊くところに好感が持てる。もちろん帰さないけどな。
「ユリ、ここで安田先生に恩を売っておくのはどうだ。点数に色がつくかも知れないぞ」
「あたしはそういうの、いいや。現文得意だし。今回のテスト簡単だったじゃん。と言うわけであたし帰るね」
ユリは踵を返そうとする。しかし、僕にはわかっている。ユリは少し特殊な環境──つまるところ離島に住んでいて、通学の足は渡船なのである。渡船は1日2往復しかしない。つまり次の便までまだまだ時間があるのだ。ユリは物理的に帰られない。もちろん、自作の船でもあれば話は別だが。
「待てユリ。次の船までは時間があるだろ。それに、コイツがどうなってもいいのか?」
僕はハリウッドの悪役顔負けのサイコパスな笑顔で笑ってやった。そして、足元に置いていたダンボールのフタを開ける。そこにはユリのお気に入りの丸々と太ったウサギが、ぽてりと収まっていた。
「うーたん!」
「ははは、そうだうーたんだ。見たとおり丸々と太っている。コイツは食べ頃だな。野うさぎのソテーってのを一度食べてみたかったところなんだ。だから、」
──ぶへぁ!
閃光のような右ストレートが僕の顔面を捉えた。すごく痛い。ごめんなさい。
「……仕方ない、船の時間まで付き合ってあげる。まずはうーたんをケージに戻して来なさい。じゃないと、あんたをケージに閉じ込めるよ?」
ハリウッドヒロインも顔負けの笑顔。見ているだけで凍りつきそう。逆らってはいけない。細胞レベルの本能が、そう告げていた。
──────────
「で? 安田先生はどんな勧誘文を作れって言ってたのよ」
僕とユリは裏庭の自販機まで移動していた。冷たく冷やされたレモンティを飲むユリ。もちろん僕のおごりである。
「ウチの高校は、学区内で2番目の頭の良さだろ? 1番にギリギリ届かないヤツが受ける高校ってので有名だ。そのマイナスイメージを払拭したいらしい」
「なるほどね。確かにウチはどこまでも2番目だよね。頭も2番目、スポーツも2番目。制服の可愛さも2番目かな。でも、不思議だよね」
「なにがだよ」
「2番目とは言え入試問題は難しかったはず。なのにあんたが受かってることが不思議。替え玉でも使ったの?」
「使うわけないだろ。僕はどうしてもこの高校に入りたかったからな、死ぬ気で勉強したんだ」
「へぇ、初耳。なんで?」
「家が近い。それだけだ」
「なるほど、あたしと同じだ。まぁ、あたしはここしか物理的に通えなかったんだけどね」
ユリは毎日ギリギリでここに来る。どれだけ急ごうとも船の時間は決まっているからだ。島から出れば、通学ももっと楽だと思うのだが。
「まぁ、あたしたちの理由は大多数の人には当てはまらないよ。ウチの高校から遠い人だっているんだし」
「そうだな。だから、僕は『2番目』ってイメージをプラスに変えたいんだよ。1番よりも2番が良いってのをアピールしたい」
「具体的には?」
「まず、僕は『2』について真剣に掘り下げてみた。すると『2』という数字がすごい数字だってことに気がついたんだ」
僕はユリに、「2」について本気出して考えてみた結果を伝える。
まず「2」は無限にある整数のひとつだ。そして言わずもがな、偶数である。それに加えて、なんと素数でもあるのだ。ちなみに素数は「1と自分自身しか約数を持たない孤独な数」のことである。つまり、無限にある数の中で、「偶数かつ素数」という組み合わせの数は、なんと「2」しか存在しないのである。と言う訳で「2」はすでに選ばれし数なのである。
さらにどうだ。この「2番目」という安心感。「1番」は色々とキツイ。「出来るヤツでいること」を強要されているようで、遊びがない。「1番」は面白くないのである。
極め付けは「2」の形だ。尖った攻撃的な「1」とは違い、緩やかなアールを描く「2」。つまり優しさをも感じることが出来る、それが「2」なのである。
本当はもっと伝えたい事があるのだが、僕は論点を絞ってユリに「2」の素晴らしさを滔々と伝えたのだが。
ユリは、こう言っただけだった。
「……なんかキモい」
────────────
それから。侃侃諤諤の議論を交わし、僕の作った10もの案文はユリに全て却下され、結局のところ無駄な時間を使ったという事実しか残らなかった。
これはマズイ。ひとつも案文が出来ていないとなると、僕の夏休みが減る。つまり冒険に費やす時間が少なくなるということだ。
案文の提出は今日まで。帰りに提出することを義務付けられている。
どうしたものか。僕が考えあぐねていると、ユリが半分に折った1枚の紙を差し出して来た。
「あんたがうんうん唸ってる間に書いてみたんだけどさ。とりあえずコレ使いなよ。あんたのクソポエムよりはマシだと思うから。あ、見るなよ。見たら殺す」
時間がない。背に腹はかえられない。僕は忸怩たる思いで、結局そのユリの案文を安田先生に提出した。
そして、来年度のパンフレットは完成したのだった。
2番目と聞いて、あなたは何をイメージしますか?
1番に負けたってこと?
1番の代用品? 1番にはきっと届かない存在?
そう、2番には確かに、マイナスなイメージがあるんだと思います。
この高校は残念ながら、全部そんな2番目です。
頭の良さも、スポーツの強さも、制服の可愛さも、全部2番目。
でも、そんな2番目にも良いところがあります。
「2」って、大きな声で叫んでみて下さい。
……ほらね。いい笑顔になってるでしょ?
ここはそんな「笑顔」になれる場所。
あなたもここで、学んでみませんか。
「2」のいいところ 「KAC2」 薮坂 @yabusaka
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