【KAC2】桃太郎と桃次郎

書籍6/15発売@夜逃げ聖女の越智屋ノマ

ももたろう と ももじろう

 昔々あるところに、おじいさんとおばあさんがおりました。


 おじいさんは山でシバかれ亡くなったので、おばあさんは今日も一人で川へ洗濯に行きました。そこへ、


 どんぶらこ~ どんぶらこ~


 と大きな桃が流れてきました。


 それも、2つも。


 老眼でダブって見えた訳ではなく、実際、巨大な桃が2つ縦並びで流れています。


 不審物を見かけたら駅係員にお知らせください。という鉄道アナウンスが頭をよぎりましたが、ここは駅構内ではありません。


 このおばあさんはチャレンジャーでした。

 大きな桃を不審物扱いでスルーするなんて、そんな守りに入った生き方は選べません。二つの桃を持ち帰り、ガチャを回すような心境で桃をぱっくり割りました。

 

 一番目の桃から出てきた少年は桃太郎、二番目の少年は桃次郎と名付けられました。


 桃太郎は、おばあさん好みのSSRな美少年でした。


 桃次郎は、特徴のないデブです。

 

 待遇の差は火を見るよりも明らかでした。


 美少年の桃太郎は錦の着物を着せられチヤホヤ。おばあさん特製のきび団子を貰い、血統書付きの犬猿キジが家来になりました。


 一方、デブ次郎。金太郎のような前掛け一枚の半裸で、食餌は豚の餌を分け与えられるだけ。不潔な体に様々な虫が湧き、その虫を食べるために一羽のフクロウが桃次郎に付きまとうようになりました。


 このフクロウ、切り札になってくれそうな予感です。


 それは一日目のお題だよ。と、誰かがつぶやきました。




  * * *


「鬼退治したいから、鬼ヶ島に行ってくるよ」


 と、ある日、桃太郎が言いました。


 手柄を立てて承認欲求を満たそうとする、厨二病の少年によくある言動です。


 おばあさんは答えます。


「鬼ヶ島なんて実在しない。鬼は霞ヶ関かすみがせきにいるよ」


 二人の会話を、物陰から桃次郎が聞いていました。


「なるほど。鬼は人の心に棲むと言うからね」などと美少年がほざいております。

 その美しいドヤ顔を見て、と桃次郎はイラッとしました。


 霞ヶ関。言わずとしれた、日本政府の中枢です。


 最近、そこに悪い鬼が住み着いて、なにやら悪さをしているとか。


 おばあさんから話を聞くと、桃太郎は鬼退治のため、家来の犬猿キジを連れて霞ヶ関へ出発しました。


 桃次郎は、一人静かに泣きました。


 自分はどこにも行けません。

 交通費もないし、こんな恥ずかしい前掛け一枚の半裸では、すぐに通報されるでしょう。家来もいません。いるのは、寄生虫を狙って今もこうして体をつついてくる一羽のフクロウだけ……


「みっともないから、泣くのはやめぇや」


 !?

 いつの間にか、桃次郎の目の前にヒョウ柄のフードをかぶった魔法使い風のオバチャンが立っていました。  


「ウチ、魔法使いやで」


 桃次郎の背中をつつきまくっていたフクロウが、オバチャンの肩に降り立ちます。 


「ウチのフクロウ、あんたに湧く虫が大好物なんや。いつも美味い虫食わせてくれて、ありがとな。お礼にあんたの願い、叶えたる」


 桃次郎は、霞ヶ関で鬼退治がしたいと言いました。でも、貧しく不潔な自分には、交通手段も鬼退治にふさわしいドレスもありません。


「そんなん、簡単や」

 

 オバチャンが魔法の杖を振りかざすと、ここんぽいぽい、あら不思議。


 カボチャの牛車が出現しました。

 桃次郎の肥満体を、錦の着物と鎖帷子くさりかたびらが包みます。それは、美男の桃太郎の装備と同じものでした。


 そして、足にはガラスの下駄。


 こんなに美しい下駄は見たことがありません。

 おそらく桃太郎だって履いたことはないでしょう。


 ありがとう、魔法使いのオバチャン。


 桃次郎はカボチャの牛車に乗り込み、霞ヶ関に向かいます。


 フクロウも、桃次郎の肩に戻って再び食事を始めました。




   * * *


 ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!


 響きわたるのは、鬼の叫び。

  

 桃次郎が霞ヶ関のお城に乗り込んだ時にはすでに、美男の桃太郎は鬼と壮絶な戦いを繰り広げていました。


 交わされた刃が瞬時の火花を散らし、目にも留まらぬ剣戟が、銀の筋を引いて繰り返されます。


 三メートル級の巨大な赤鬼が、その凶腕で斧を振り回して桃太郎を狙います。

 桃太郎はそれを回避。美しい顔は緊張感で最高にかっこよくなっています。


 家来の犬猿キジはあまり役に立たなかったようで、床にめり込み、お座布団のようになっていました。


 桃次郎はその壮絶な戦いを見て、……レベル高ぇ、と引きました。


 ガチの鬼が棲んでやがる……ただの比喩だと思ってたのに。とも、思いました。


 改めて、自分は不出来な二番目なんだと自覚しました。

 だってあんな死闘、自分には絶対できません。

 しょせん自分は、無音声のノーマルキャラなのですから。


 一方の桃太郎は完璧なSSR超激レアでした。剣を振るたび虹色のエフェクトが出ていますし、ちょくちょくキメてるポーズが無駄にかっこいいですし、気合いの叫びも人気声優の美ボイスです。


 場違い。

 絶望。


 頭に乗ったフクロウが、激しく桃次郎の頭皮をつつきます。

 おまえも戦え、と言いたいのでしょうか。

 それとも頭皮のウジ虫が美味しいのでしょうか。

 どちらにせよ、やめて欲しいと思いました。


 桃次郎は、ジト目で周囲を見渡しました。


 ここはお城の大広間。玉座の前で戦う桃太郎と鬼。


 玉座の奥には、金銀財宝がっぽがぽ。


 そういえば鬼は一匹しかいません。他の鬼や人間はいないのでしょうか。


 霞ヶ関は鬼一匹で運営できる場所ではないはずです。


 仮に悪い鬼が一匹だったとしても、鬼に給仕する奴隷的な存在が必要な気がします。

 もともと霞ヶ関で働いていた人間たちが、鬼に幽閉されて奴隷として働かされている、とか。

 そういう設定がないとリアリティが希薄です。


 桃太郎は、お城を巡って捕らえられている人間を捜そうかなと思いました。


 鬼と戦うばかりがヒーローではありません。


 奴隷解放だって、立派な英雄行為です。


 そんなことを考えて大広間から立ち去ろうとした瞬間――


「あぁ――――!!」


 桃太郎の悲鳴が響きました。

  

 振り返った桃次郎が見たのは、鬼の一撃を喰らった桃太郎の体躯が、弾き飛ばされる瞬間でした。

 衝撃波とエフェクトを巻き散らし、桃太郎が壁に打ち付けられます。


 悪鬼がニタリと唇をゆがめ、どすん、どすんと桃太郎に近寄っていきます。

 

 桃太郎は、骨でも折ったのか苦悶の顔でうずくまっています。


 大ピンチです。


 桃太郎のすぐ目の前までやってきて、斧を振り下ろす鬼。


 ――危ない、兄さん!

 

 桃次郎は思わず、桃太郎と鬼の間に滑り込みました。


 兄の身代わりになろうだなんて、我ながら、どうかしてる。


 でも、体が勝手に動いてしまったのです。

 

 隣のガチャから生まれてきたこの男は、憎いけれどたった一人の兄なのです。

 

 今日までの思い出を走馬燈のように回転させつつ、桃次郎は死を覚悟しました。




 ところがいつまでも、鬼の一打は襲ってきません。

 

 恐る恐る目を開けます。

 

 フクロウが。

 魔法使いのペットのフクロウが、くちばしで鬼の目を潰して戦っています。

 


 フクロウは強力な攻撃魔法で鬼をぶっ殺しました。




 やはり切り札はフクロウでした。


 それは昨日のお題だよ、と優しいあなたが呟きました。


    * 


 鬼が倒れるや、お城の中から人間の喚起の声が沸き上がりました。


 牢屋とかに閉じこめられていた人々が、鬼の死で自動的に脱出できたのかもしれません。


 ――ぼくたち部外者は、帰ろう。


 鬼亡き今、霞ヶ関は本来の姿を取り戻すことでしょう。


 桃次郎は、傷だらけの兄を抱え、おばあさんへのお土産に金銀財宝を一握りだけ戴いて、ひっそりお城を去りました。



   * * *


 うっかりものの桃次郎は、お城の中でガラスの下駄を片方落として帰ってしまったことに気づきませんでした。


 片方をなくしたと気づいたのは、家に帰り着いてからのことです。

 

 錦の着物もカボチャの牛車も、家に帰るやキレイさっぱり消えてしまいましたが、片方のガラスの下駄だけは消えずに足で輝いています。


 みすぼらしい半裸前掛け一丁の姿に戻った桃次郎は、ガラスの下駄を大切そうに抱きしめました。


   *


 鬼が死んだというニュースは、すぐ国中に広まりました。


 鬼殺しの英雄は忽然と姿を消して、お城にはガラスの下駄だけが遺っていたということも。


 王様の命令により、兵士たちは鬼殺しの英雄を探しました。

 ガラスの下駄を手がかりに、一軒一軒訪ねて英雄探しです。


 桃次郎の村にも、英雄探しの兵士たちが到着しました。


 桃次郎はどきどきしていました。


 そのとき。

 いきなり桃太郎が、桃次郎のガラスの下駄を奪い取ろうとしたのです!


「英雄にふさわしいのは、この俺だ。さっさとガラスの下駄をよこせ」


 こんな奴助けるんじゃなかった、と桃次郎は後悔しました。


 桃次郎は、下駄を奪われまいと必死で抵抗しました。ですが――


 バサバサバサバサ!


 それまで桃次郎の虫をおとなしく喰っていたフクロウが、急に襲いかかってきたのです。


 鋭い鉤爪でガラスの下駄を奪い取り、桃太郎に渡して遠くの空に飛び立ってしまいました。


 フクロウの奴、土壇場で裏切りやがった!


 これまでさんざん桃次郎からごはんを貰ってきたというのに!

 恩を徒で返すとはこのことです。

 

 そうこうするうち、兵士が家までやってきました。


「我々は、ガラスの下駄を持つ英雄を捜している。お前たちの家にはいないか?」

 

 桃太郎は意気揚々と名乗りを上げました。ガラスの下駄を持っている、この僕こそが鬼を倒した英雄です。と。

 

 家来たちは大喜びで桃太郎を取り囲み。

 そして手錠をかけました。

 

「え!?」

「お城から宝を盗んだ罪で、貴様を逮捕する!」


 桃太郎が窃盗罪で逮捕され、しょっぴかれて行きます。

 

 桃次郎は、ぽかんとしながら事の顛末を見守っていました。


 やはり切り札は、フクロウでした。


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