君を2番目に好きな理由

宇部 松清

私のことが『2番目』に好きな彼

「俺、安達のこと、2番目に好きだなぁ」


 いつからだろう、その幼馴染みは、そう言うようになった。本人を目の前にして。


「はいはい。じゃあ1番は誰なの」


 そんなことでいちいち頬を膨らませていた時期はとっくに過ぎた。私がそう返すのも、もうお決まりのパターン。そして――、


「それは……秘密だよ、秘密」


 そう返ってくるまでがワンセット。

 

 前述の通り、私達は幼馴染み、というやつだ。腐れ縁、といっても良いんだけど、『腐れ』なんて、そんな言葉を使うのにはためらいがある。私だけかもしれないけど。


「もうね、わかったから。私は2番目の女なのよね」

「2番目の女、っていうのはちょっと違うような……。それだと愛人みたいじゃないか」

「愛人かぁ……。大人の響きだよね。それでも良いかも。なぁんて」


 そんなことを言って、速度を上げる。

 学校からの帰り道、「お前らやっぱり付き合ってるのかよ」なんてクラスメイトに茶化されるのもお決まりで、私が「付き合ってないよ、私、2番目の女だから」と言えば、「そうだったな、悪い悪い」と軽い調子で返されるのもほとんど毎日のこと。


 明日も茶化されたら、今度は「私、愛人みたいだから」と返しても良いかもしれない。そんなことを思ってほくそ笑む。


 『2番目に好き』と言われてショックを受けていたのはたぶん小学……5年生くらいまでだと思う。仲の良かった友達の家で泣いていると、その子のお母さんが冷凍のたい焼きを出してくれた。加熱時間を少々間違えたというそのたい焼きは端っこがちょっと硬くなりすぎていたけど、それもカリカリで悪くないと思ったし、あんこもあっつあつで、食べることに必死になっているうちに私の――いや、私達の涙は引っ込んでしまった。失恋したのは私なのに、気付けば私の涙は彼女にも伝染してしまっていたのだ。中学へ進学するタイミングで隣の県に引っ越してしまった彼女を思い出すと、あの時食べたたい焼きのカリカリ具合とか、あんこの熱さとか、そういうことまで思い出してしまう。


 それに、もう私は、誰が彼の1番なのか、もう気付いている。


 あの子なら勝てないよな、ってそう思うくらい可愛い子。

 だからもう泣くのも止めた。何をどうしたって私に勝ち目はない。


「安達、就活は順調か?」


 それなりに意識して速く歩いているというのに、私よりも足が長いからか、あっという間に追い付かれてしまう。それがちょっと癪に障る。だから今度はゆっくりめに歩いたが、彼はそれにもしっかり合わせてくるのだ。もう、何なのよ。


「たぶん順調、かな。校内選考にさえ残ればオッケーなんだし、生活態度とか内申とか考えても、まぁ私だと思う。思いたい」

「そうか……なら良かった」

「良いなぁ、もう決まってる人は」


 ちょっと意地悪にそう言ってやる。さんざん私を2番目の愛人扱いした罰なんだから。もう割り切ってるけど。割り切ってるけどね。


「まぁ……決まってるけどさ。ていうか、生まれた時から決まってる、みたいなレベルだからな、俺の場合は」


 と、いつになく沈んだ声を出す。

 彼の家はお店をやっているので、ゆくゆくはそれを継ぐことになっているというのは、小学生の作文の時に知った。


 3年生になると、彼はクラスの中で、やっぱりちょっと居心地が悪そうだった。受験も就活もないというのは何も彼だけではなく、やっぱり家が自営で――という子も数人いたが、その子達は何かにつけてそれをやたらと自慢し、ついには周囲からハブられてしまったのだ。それを見ていたからだろう。


 その子達に対して「俺、美容師になってココに店出すけど、あいつの髪は絶対に切ってやんねぇ」なんて言う男子もいたし、それに乗っかって保育士志望の女子は「あたしもあいつの子ども受け持つの嫌だ」なんて言ったりもしてた。一応笑いながらではあったけど、一部、笑っていない子もいたと思う。田舎はこういうちょっとした失言だったりっていうのが、冗談なんかじゃなく、本当に命取りになるケースがある。

 いじめっ子だった息子が店を継いだ途端に客足が途絶えた時計屋のおじいさんは、慌てて彼を店の奥に追いやって電池交換と修理だけをさせることにし、老体に鞭打っていまも接客している。でもこれはまだ軽い方らしく、私達の耳にはさすがに入ってこないレベルの話がまだまだあるのだとか。


 だから、彼は、確定申告やら、それから、ちょっとこじゃれた横文字の資格なんかの勉強を始めた。

 まぁ、資格はあって困るものでもないんだろうし、確定申告? そういう勉強もいずれはしないといけないんだろうけど。どっちもご両親からは働いてからで良いのに、なんて言われているのにも関わらず、だ。


 休み時間、友人達がガリガリと勉強をしている隣で、彼もまた『これでカンペキ! かんたん確定申告!』なんていうテキストを広げている。その姿が何とも彼らしいというか、何というか。真面目で、優しくて。だから私は、そんな彼のことが好きだったりするんだけど。それも1番に。




「安達、俺と付き合ってくれないか」


 

 だから、卒業式の後で、そんなことを言われた時は驚いた。


「いや……。え? えぇ?」


 そうとしか返せなかった私を責めないでほしい。何せもう何年も「お前は2番目の女」と言われ続けて来たんだから。


「け、結婚を前提に……」

「え? ちょ? はぁ?」


 イエスとも何とも言っていないのに、今度は結婚と来た。

 ちょっと待ってよ。

 

 落ち着け、落ち着け私。

 深呼吸、深呼吸。すー、はー。すー、はー。

 

「ちょっと待って。さんざん私のこと2番目の女って言ってたじゃない。何? 何だったの?」


 そりゃ1番の子とは付き合ったり、ましてや結婚なんて出来るわけがないんだから、そうなると繰り上げ式で私なのかもしれないけど。でも、それってどうなの。


 私はずっと1番に想ってきたのに。


「いや、その、それについてはちょっと言い訳っていうか、説明させてほしいんだけど」

「何よ。言ってみなさいよ。その前に飲み物でもおごりなさいよね。驚きすぎて喉カラカラなんですけど」

「わ、わかった。パックのいちごミルクで良いよな? 安達、いつも飲んでたもんな? な?」


 なんて私の好みを熟知しているのも癪に障る。

 

「駄目。あっちの自販機。ペットボトルのジャスミンティーにして」


 と、パック式自販機の隣にある自販機を指さす。パックのはすべて80円だが、隣のは缶が110円、ペットボトルは130円だ。この怒りを+50円で静めてあげるなんて、寛大な私に感謝することね。


「え? ジャスミンティー?」


 と、意外そうな顔をしつつもそれを買う。良く冷えているそのお茶の蓋を開けると、ふわりと花の香りがした。へぇ、さすがお花のお茶。良い香り。ごくり、と一口飲んで顔をしかめる。良い香りなんだけど、慣れてないからか、何かちょっと違和感。


「安達がジャスミンティー飲んでるとこ初めて見た」

「私も初めて飲んだ」

「何だそれ」

「何でも良いでしょ。それより、説明してよ、さっきの」


 そう促して、もう一口飲む。うん、きっとこれは慣れれば美味しい。


「あ、あぁ……ええと……その……だから、昔、母さんがさ」

「うん」

紗礼さあやに言ってたんだよ」

「さーちゃんに? 何て?」


 紗礼。

 それが彼のの名前だ。


 何よりも大切な――、彼のである。


「その、『結婚するなら2番目に好きな人にするのよ』ってさ」

「――ぷっ! 何それ!」

「知らないよ、細かいところは。でも、何か力説してたんだよ。でも、実際父さんと母さんってすげぇ仲良いしさ。俺には正直全然わかんなかったけど、紗礼も妙に納得してたし、女ならわかることなんだと思って」

「それでさんざん私のこと2番目って言ってくれてたわけね」


 ということは彼は、ずっと私にプロポーズめいたことを言っていたのだ。


「そのつもり……だったんだけど……。それで、その、返事は……」


 真っ赤な顔でもじもじと俯いている彼の眼前に、ジャスミンティーを差し出す。そしてそれをちゃぷちゃぷと振ってみせると、彼は訝し気な表情で顔を上げた。


「何だよ」

ならさ、やっぱジャスミンティーくらい飲めなくちゃだよねぇ」

「え」

「せっかく内定もらったのに蹴るわけにいかないから、しばらくはそっち手伝えないけど。5年くらいは恋人でも良いでしょう?」

「も、もちろん!」

「あと、告白の時くらい苗字じゃなくて、名前で呼んでくれない? やり直し」

「うぇっ……マジで……?」

「当たり前でしょ」

「ううう……恥ずかしい……」


 やっぱり、私の長年積もり積もった怒りは50円なんかでは静まらなかったらしい。


 彼はぶちぶち言いながらも、やがて覚悟を決めたのか、パァン、と音が鳴るほど勢いよく気を付けをし、そしてそれから腰を90度に曲げて、右手だけを私の方へまっすぐ伸ばしてきた。


「ゆ、雪華ゆきかさん、結婚を前提に、俺と、付き合ってください!」


 その必死さを愛おしく思いながら、その、力が入りまくってカチカチになっている指先に触れる。


「謹んで、お受けします。私も、しん君」


 そういうと、彼は「よっしゃあ!」ともう片方の拳を振り上げて叫び、今度は何やら複雑そうな顔をして――、


「2番目に好きって言われるのって、何か微妙だな。ごめん」


 と言った。

 それ、いま気付いたの?


「ねぇ、帰りにたい焼き買って帰ろ。信君のおごりで」

「何でたい焼き? まぁ……良いけど……」


 家に帰ったら、あの子にもメールしなくちゃ。

 

 そんなことを思いながら、私は彼の手をしっかりと握った。



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