世界で最高の2番目

ハイロック

「最高の2番目」

「ねえ、なんでずぶぬれなの、しかも自転車だし……意味わかんない」

 そうやって、目の前の彼女は、泣きながら笑いだした。泣くほど面白かったのか、悲しすぎて笑うしかなかったのか、僕には判断できなかったが、まあ彼女が笑ってくれるならいいだろう。

 

 目の前の彼女から電話があったのは、つい十分前のことだ。

 『駅にいる……一人でさびしいから迎えに来て』

 とただそういわれた。

 外はざぁざぁの雨だし、あいにく大学生の僕は免許は持っているけど、車はもっていなかった。

「迎えにきてって言ってもなあ……」

 僕の移動手段は自転車しかないし、迎えに行ったところで、別に彼女の何かの助けになるとは思えないのだが、まあしかし一人でいるというならばほおっておけないだろう。

 よくはわからないがとりあえず、雨の中、僕は自転車をかっ飛ばして彼女の元に向かった。


 そうしてたどり着いた僕に言った彼女のセリフが、さっきのものだった。


「そりゃあ、雨の中自転車でくれば、ずぶぬれになるさ」

「ふつう来ないでしょ、なんで来るの? ほんと面白い人」

「……ほら、とりあえず傘持ってきたから、これだろ目的は?」

 むっとしながらも僕は彼女に傘を差しだした、色々整理して考えた結果、僕を呼び出した理由はこれだと考えた。傘のために雨の中人を呼び出すなんてひどいやつだと思ったが、まあ長い付き合いだし、この子はいつもこんな感じだから、もう半ば感情をなくして接していた。


「ははは、ごめん私傘は持ってるんだ。うん、でも来てくれてありがとう。でも今の良くん、ほんと間抜けだよ。ほんとなんでいつも、こんな格好悪いの」

「なんだよ、せっかく来たのにかっこ悪いって」

「だって、かっこ悪いんだもん。だってこんな場面、私絶対きゅんとするはずだもん。でも、良くんの前だとごめん私笑っちゃう」

 そういいながら、彼女はやはり目に涙を浮かべながら笑っていた。無理に笑ってるようにも見えた。

「ひどい女だな……、まあ昔からだけど、とりあえず家まで送っていくから行こうぜ。雨も強くないし」

 先ほどまで僕を打ち付けていた強い雨は先ほどの勢いを失い、傘があれば大して濡れないで済むような強さだった。時間は夜の9時半、今から彼女を送っていけば親も心配しないであろう。

「……うん、でももう少しここにいたい」

「ここにって、変なこと言うなあ。あんま遅くならないうちに帰ったほうがいい。」

 真意がわからないまま、いや、まあもしかしたら僕と一緒にいたいのかもしれないなんてことを少しは心のどこかに秘めながら、強がりで早く家に帰ることを僕はすすめた。しかしそんな思いはあっさり打ち砕かれる。


「ねぇ、……わたしまた振られちゃったよ。今回こそはうまくいくと思ったのにさ、私は重過ぎるんだって……。本当に好きだったのにな」

 そうやって顔を伏せ声を震わせながら彼女は語る。

(またか……)

 と僕は思った。

 前にもそんなことはあった、突然の呼び出しがあって、僕には何のことか一切わからなかったけど、今回と同様男に振られたときにも、同じような話をされた。

 彼女とは小学生の時からの付き合いで、うん、まあ僕がずっと片思いであるということを除けばいい友達だとは思うのだが、今思えば彼女が失恋したときに話を聞いていたのはいつも僕だった。正直いつも複雑な気持ちだ。


「……まあ、そういうこともあるよ。君はモテるから、すぐに次の相手が見つかるだろ」

 僕はいろんな言葉を考えたが、雨の中を迎えに来させた彼女に対して、若干の皮肉を込めながらそう言った。

 すると彼女は、

「……良くんてほんとに一番になれないね」

 という言葉を放って、僕が渡した傘を差しながら、雨の中彼女の自宅の方へと歩き始めていった。

「ちょっと……!?」

 急ぎ、僕は彼女の背を追いかけたが、

「大丈夫、一人で帰れるから」

 と彼女は言い放ち、振り返りすらせずに雨の中をずんずん突き進んだ。

 そういわれた僕はとくに何も言い返さず、立ち去る彼女の背をただ見つめていた。

 (なんだっていうんだあの女は)

 僕はそう心の中で強く思い、小雨の中を自転車で来た道を家へと引き返すのだった。


 2年後、僕は社会人になった。あのころとは違い自分の車も持った。あれ以来彼女からは電話もなく、正直忘れ気味ではあったが、今は仕事に趣味に充実してたし、彼女はいなかったが幸せな日々だった。

 忘れ気味ではあったが忘れたことはない。なんだろう気になる女ではあったが、あれから二年経つし、気が多いあの子のことだからそろそろ結婚でもしてるかなあなんて思っていたある日、再び彼女から電話があった。


「駅にいるの、迎えに来てほしい」

 2年前と同じようなセリフを彼女にまた言われた。やはり外はあの時のようなざぁざぁの雨であった。

 なんだいまさらと思いながら、まあどうせ暇だし久しぶりに彼女に会ってみたかったので、今度は自転車ではなく、愛車で彼女の元に向かうのだった。


「ねぇ、なんで軽自動車で迎えに来てるの? もう、ほんとかっこつけられないんだから……。ほんと、良くんってとことん一番になれないね」

 会うなり彼女は開口一番そういった。相変わらずであった、わざわざ迎えに来た僕に感謝の気持ちもない。もはや恒例行事のようであり、特に怒りもわかない。


「二年ぶりだっていうのに、ひどいセリフだ。……また振られたのか」

「うん……また振られた。うーん振ったのかな……? わかんない」

 今回は涙を流していない、かわいらしく首をかしげながら彼女はそう答えた。


「まあ、でも可愛いからすぐにまたいい男が見つかるよ。今日は車だしさすがに乗っていくだろ」

「うん、のってく……」

「家の場所はおなじ? 相変わらずの実家か?」

「そうだよ」

「OK」

 僕はそう言って、彼女を助手席に乗せると、愛車の軽自動車を彼女の家へと向かって走らせた。言っても大した距離があるわけでもない、5分ほどですぐに彼女のうちへとたどり着いた。途中、多少の近況を伝える会話をしたが、大した中身のある話ではなかった。


「じゃあ、とりあえず元気でやってな」

 彼女の家に着き、そう言って別れを告げた僕だったが、彼女はなかなか助手席から降りなかった。

 そして突然口を開いた。


「……ねぇ? なんで良くんは一番になろうとしないの?」


 彼女は僕に突如そう言った。

「ど……どういう意味?」

 僕は動揺を隠せない、はじめて二人の間でお互いの思いが絡むような話をするからだ。

「だって良くんは私のこと好きだよね。私ずっと知ってるよ」

 衝撃の発言に僕は口を開けない、いやさすがにばれてるだろうとは思ったけど、それでもそういうのには興味のない男友達を演じ切れていたはずだった。僕が彼女に恋をしていいはずがない。

 彼女の言葉は僕にとって死刑判決のようだった。

 僕は何も言えず……そして車内には沈黙が訪れる。


「良くん……私も良くん好きだよ。でもね良君はいつも2番目なの。私の1番になってくれないの。いつも私の保険みたいになっちゃってる。いてくれるだけで安心みたいな、一番安心できる人だけど、でも1番になってくれないの……。ごめんなさい、私ずっとひどい女で」

 彼女は涙交じりの声で、僕にそう言った。涙交じり過ぎて言葉の後半は聞き取りずらい。

 なぜか僕の心臓は感じたことのないほどの高鳴りを示していた。そして、

「……2番目」

 ぼそっと、僕は彼女が言った言葉を繰り返す。

 僕はその言葉に何とも言えない気持ちになった。恋愛対象じゃないわけではなかった。正直そのことだけでも十分だったが、2番目という事実をすんなり受けられるほどには僕の恋愛感情は浅いものではなかった。

 そして彼女は言葉をつづけた。

「……1番になってくれるのを待ってたけど、ちがかった……。私おもったの……私にとって良くんは2番目なの。絶対に2番目……」


「2番目……」


「でもね、良くんは、私にとって最高の2番目、そうだってことに気が付いたの」


「……最高の2番目?」


「そう、世界で一番の最高の2番目」



―――――――――――――――――――――――――――――――――――



 やがて僕たちは、あれよこれよという間に、子供ができてしまい、できちゃった結婚をした。友人や、彼女の両親からはいつ結婚するんだろうともやもやしたけど、落ち着くところに落ち着いてよかったと語っていた。

 僕はまさかの初恋の相手と結ばれることができて、こんな幸せなことはないと思っていた。

 あの時彼女は僕を2番目と言っていたが、正式に夫となった今、さすがに僕が一番だろうとおもい、出産後、彼女にもう一度聞いてみた。


「もちろん良くんは2番目……」


「えっ、2番目!?」


「だって、一番はこの子でしょ?」


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