「二番目 」の意味
あらゆらい
アマチュア探偵ーー「一休素人」
「遅い」
城山優作はいきなり後悔していた。
半ば期待などしていない探偵を雇い、謎を解かせようというのに、肝心の探偵が約束の時間を大幅に過ぎても一向に現れない。
元より一分の遅刻すら許さない男である。
だというのにその男はすでに一時間以上も待たせているのだ。
「やはりあんなにも胡散臭い奴に頼もうと思ったのが間違いだったか」
と毒づいた時に部屋に鳴り響いたのはインターホンのチャイムである。
慌てて玄関を開けるとそこにいたのは髪を金髪に染めた、いかにも「チャラい」若者だ。しかし、その格好より何よりも歳の若さが目に付いた。ひょっとすると学生ではないか、とすら思わせる。
「いやー、すいません。ここって意外と駅から離れてるんですねぇ」
そう言ってヘコヘコと頭を下げる。
口では謝ってはいるが、ヘラヘラした態度だけ見ればあまり悪いとも思っていないのが明白だ。
そして、しれっと差し出された名刺には、意外にもシンプルに「休日探偵
確証はないが偽名だろう。
「さ、お話はある程度伺ってます。なんでもといてほしい謎があるとか?」
対面してから今までのわずか十秒足らずの間に悪印象しかないかと男に本当に話さなければならないのか?
そんなことが頭を過るが、雇ってしまったのは仕方がない。
いや、正確には雇用ではない。
自称アマチュアと言うこの探偵は、基本的には無料でどんな謎も解いてくれるらしい。
※
無料というと、ポジティブな印象もネガティブな印象も孕んでいる。
無料でプレゼントと言われれば、まぁ大方の大衆は喜ぶことだろう。しかし、反面「タダより高いものはない」などの
(この男……果たしてどちらか)
会社経営などに携わっている優作からすれば、はっきり言って無料という言葉にあまり良い印象を持っていない。
彼の持論として、「人の活動は損得によって概ね決められている」というものがあるからだ。
無料で活動する意味を聞いてみたいという気持ちがないでもないが、座右の銘に「時は金なり」を掲げている優作としては、そんなことに浪費するのは惜しい。
「さて、早速本題だ。宜しいかな?」
目の前の一休が「良いですよ」と頷いたのを見てから、煙草にジッポーで火を付ける。
煙を肺臓の奥まで染み込ませるように吸い、身体の奥から全て出すつもりで大きく吐く。
「そうですね。私の父、
「それは……なんというかーー」
何かいいかけた一休を片手を上げて「いやいや」制する。
「まぁ、父も歳でしたからなぁ。それは仕方がないことだと思っています。
しかし、その最後の言葉が気になりましてな」
「最後の言葉ですか」
その時のことを考えると、少々不気味だ。
「二番目だ、と
死期が近づき、生気のない声で何度も繰り返された単語は、呪詛のようだった。
しかし、探偵はそこよりも内容の方に興味を持っていた。
「二番目? それって一体?」
「それがサッパリ分からなくて。それを探偵を呼んで推理してもらおうと言うものまで親族の中に現れましてな」
「でも、ワザワザ探偵雇ってまでして解きたいってことは、何かしらのアタリをつけてるってことじゃないんですか?」
流石に探偵を名乗っているだけのことはあるようで、そこそこ頭は回るらしい。
「そこが本題でしてね」
その言葉で一休は少々真剣な面持ちになる。
「父が遺した遺産。その一部を示しているのではないか、と騒ぐ者がいるんですよ」
※
ポケットに入れていた携帯灰皿に吸い殻を捨て、再びもう一本加えたところで気づく。
「吸いますかな?」
勧めてから目の前の若者が未成年である可能性に思い至るが、「いえ結構です」と固辞された。
本当に未成年なのか、それとも煙草がダメなのかは分からない。
「今更ですが吸っても大丈夫ですかな?」
「いえ、大丈夫ですよ」
一休は目の前で煙草を吸われても気にしない性分なのか、「どうぞどうぞ」と勧めた。
ならばかにすることもないだろうと、ジッポーで煙草に火をつける。
一休はと言えば、そのことよりも目の前の民芸品に意識を向けている。
「で、これがその遺産、ということですかね?」
一休はどこか自信なさげだ。しかし、彼が首をかしげるのも無理はない。
それは見た目全く変わらない五体の陶器で出来た虎の人形。
リアルなものではなく、何処かのイメージキャラクターを意識したようなデフォルメをされた虎だった。
それは、確かに良くできていると思う。表面も艶やかで、傷もない。デザインも可愛いと思う。
「でも、なんか何処かのお土産みたいに見えるんですが……」
確かに遺品とは呼んでも、遺産には見えない。
そして、その見立てはとても正しい。
「確かにそれ自体は大したものではありませんよ。一つ千円もしないような土産ものでしょう」
「なんかこの家の方が遺産みたいですが」
「いえ、大したことはありませんよ。この家は少々広いですが一人暮らしの身の上では持て余し気味ですし」
「あれ、が結婚はまだなんですか?」
「お恥ずかしながら、仕事人間でしてね」
煙草を薫せながら照れるように言った。
「正直、あまり遺産とやらにも興味はないんですが、親族の者が煩くてね」
身内の恥を見せているような話だったが、表立って隠すほどではない。
よくある話である。
「その争いの種が『二番目』と言う言葉だと?」
優作にとってその答えは満足のいくものである。
「ええ、この内のどれかが『二番目』で遺産につながる鍵だったのではないか、と考えているのですよ」
※
一休はメジャーで体長を測り、体重を量り、顔をまじまじと見つめたり、半時間ほど時間をかけて五体の虎を見たり、スマートホンで調べ物をしていた。
この虎の出所でも探っているのか。
しかし、それらの五つは全く同じ。
工業製品であるかのように一つ一つが寸分の狂いも歪みない。
それくらいは優作も調べがついている。
まぁ、流石に無料ならばこんなもんかと思って半ば諦めて何本目かの煙草に火をつけようとしたとき、一休は急遽立ち上がり背伸びして肩をグリグリと動かした。
何事かと思って眺めていると、一休は口を開いた。
「わかりました。『二番目』の謎が」
「え?」
※
「はっきり言っておくと、『二番目』とは、この虎たちのことでもなければ、遺産などと言うありもしないものの話ではありません」
驚いた。
声をあげようとしても意味のある声が出ない。口から掠れたような音が漏れるだけだ。
「何を言っている? と言いたげですねぇ。気持ちはわかりますよ。城山優作さん」
名前を呼ばれる。それだけで優作は心臓が止まりそうになる。
「すいませんが最初から分かっていました。貴方がこの家の主人である城山佑太郎さんではないことには」
「おかしいと思ったのは煙草です」
思わず優作は口をつけていた煙草を離した。
「貴方さっきから何本も吸ってますが、不思議ですねぇ。どうして堂々と灰皿を用意しないのですか?」
思わず右手で煙草を握りつぶした。かなり熱かったがそんなことを気にしてもいられない。
「そして、この方が城山佑太郎さんでしょう?」
そう言って差し出したスマートホンには優作と顔立ちの似た男が笑っていた。
「城山佑太郎、と検索したら出てきました。社長さんなんですよね。会社のホームページに出ていましたよ」
こうして物的証拠を出されてしまうと人間は何も言えなくなる、ということを知った。
「……さっきスマートホンを弄ってたのはーー」
「まぁ、ちょっと調べ物を。
そして、佑太郎さんには同じように会社経営をしている弟さんがいるとか」
「あぁ、俺だよ。会社を潰しかけてる、なんてことも書かれてるんじゃないのか?」
一休が浮かべた微妙な顔を見るに、似たようなことは書いてあったらしい。
「怖い時代だ。ちょっと調べただけでこんなことも分かるんだな」
最初から何もかもが杜撰だったことを知る。
「『二番目』の謎も分かってますが。続けます?」
「……好きにしな」
もう言い返す気力も残ってはいなかった。
「はっきり言えば、この家の次男である貴方のことでしょうね。
でも、分かっていたんでしょう? 分かった上で自分のことだと思われたくないから遺産の話をでっち上げてまでして話を逸らした」
「……」
「貴方はお父様に毒を仕込んでいたのでしょう。少しずつバレないように、ゆっくりと。でも、きっとお父様も分かっていた。それが何か根拠があったのか、虫の知らせなのか知りません。でも、確信を持っていた。
つまり、『二番目』という言葉を残して告発した」
「そこまで分かってたか」
そこでため息を一つつく。
「その言葉、警察にでも密告するか」
「証拠はないですからねぇ、と言いたいとこですが。
お兄さんはどこにいるのです?」
「……」
「お兄さんがもし、危険な状態に冒されているのなら話さないわけにはいかないでしょう
「依頼主の不利益になってもか?」
「お金で雇われたプロならそれでもいいんですがね。僕はアマチュアです。金のためではなく、僕のためにやってます。だから時に無敵なんですよ」
そこで、優作はこの若者を抱き込むことを諦めた。そうなると確実に口を塞ぐ必要がある。
新たな犯罪計画を立てようとした時にインターホンが鳴る。
「あぁ、やっと仲間が来てくれたらしいです。さて、貴方を警察に突き出すかどうかは、こちらで判断させてもらいますよ」
タダより高いものはない、という言葉が、延々と頭の中を巡るのを感じた。
「二番目 」の意味 あらゆらい @martha810
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