重力《はかり》が指し示す支配

深い深い地の底

繋がれた手足

玩具の様に壊れた


感覚が途切れた四肢は只

灰に成り漂っている


「それ」が私


取り返して

(逃げなければ)


取り返して

(でも「私」は)


元に戻して

(もう私には戻れない)


元に戻して

(に出会ってしまった)


「私」を返して

(運命が動き始めてしまった)


───────


少女は走る。

出口があるかも判らない薄闇の中を。

この世界には主が居る。強烈な重力がこの身を縛り付けている。気付かれずに脱出を試みる事はまずもって不可能であるから、人を探す事にした。


意識を取り戻した時に聴こえた声。

ぼんやりとした世界に居る自分を責め続ける声。

少女は自分がいつから此処に眠り過ごしていたのかも理解していない。自らこうして動いている事にさえ違和感がある。


支配とはそういうものだ。

対象の意識を妄りに奪い取る。

勝手に他者の権利を貪っていく。


少女は今日初めて支配に反発した。

初めて己の意思で一歩を踏み出した。


何を目指せば良いのかも判らぬままに

人が必要だと囁く声に従い、進んでいるに過ぎない。


この声が主のものであったなら。

また弄ばれているだけかも知れない。


だから少女は考えたのだ。

従う振りをして、この世界の見聞を広めようと。


───────


進んでいるうちに

少女は様々な部屋へ辿り着く。


決まった仕切りも無いので

見方によっては空間の様でもあった。


ひとつひとつ見ていくと

部屋はどれにも法則性が無い。


煤けた空き家の様な部屋

ぽつり祭壇があるだけの部屋

大量の紙が犇めく迷路の部屋

簡素な机と戸棚のある部屋

色とりどり華の飾られた部屋

無数の時計に囲まれた部屋

鏡が輪のように並んだ部屋


道具で埋め尽くされた部屋

巻物と短冊が散乱した部屋

見た事のない絨毯が敷かれた部屋


…など、僅かな数をして例に挙げても、てんで纏まらないのだ。


───────


少女は進む。

不思議な音と香りに誘われて

最後に見た空間。こぽこぽと耳に馴染まない音が丸みのある鉄釜の中で鳴っている。


手を伸ばした時。

「馬鹿が!触んじゃねえ!!」突然後ろから声がしたので、驚きの余り身が固まった。

重く、ずっしりとした声。「…んな所に何で子供がきが…いや其れより!何処も怪我してねえか?!」狼狽えつつも近付いて来るや手を取られ無事を確認する様子に、少女は未だ対応が出来ないで居る。


「よし、無事だな」ほっと安堵の表情を見せて笑うのは【見た事のない絨毯が敷かれた部屋】の主だが、此の空間に人が居る事を聞かされていなかった少女はどうしてよいのやらわからず、ただただ目の前の大男を見つめた。

絨毯には独特の香りがある。真ん中の窪みに揺らめくオレンジの光が鉄釜の中の水をのだと大男が話すのを聞きながら、ぴたりと絨毯に頬を当てた。


「何だ?畳が珍しいのか?」

「タタ…ミ…?」

「まぁ、そんな容姿なりだ。こっちの文化に疎くて当たり前か」

「…ナリ…」


聴こえる音を反芻する。

知っている気がしたのだ。揺らめく感覚、歯切れよく流れる言語、そして───…


「先生、お客人ですか?」


するりと紛れ込んでくる、爽やかな声。


「おお、瀬田せたか。」

「……?」

「丁度今───あれ、」

何方どなたとお話を?」

「いや、確かに此処に……」


一気に遠ざかる空間。

少女は部屋から


───────


勢い任せの拒絶に、ころころと転がりながら元の空間を旅する。

歩いている時とは全く違う世界が少女の視覚を、思考を支配した。


「ナリ……タシ…」


浮かび上がる文言を

少女は想いが押し出すままに足を進め、【大量の紙が犇めく迷路の部屋】を目指す。


「トメ…ハネ!……オワリ!!」


忘れまいと文言を反芻しながら。

目指したからと都合好く現れてはくれない異空間スキマを懸命に探した。


    [嘘吐き…]


  [嘘吐き!!] ガシャン!!


また声がする。

己を責め立てる声。

何かが割れる音に耳を塞ぐ。


「こわい……」

「やめて……」


自然と溢れる言葉と、涙。

簡単に息が切れ、空間と同じ黒が心に押し寄せた。


「こわい…!」

「だれか…だれかたすけて!!」


その場に屈んで叫ぶと、少女の足元から強烈な光が溢れ出した。


「…ッ!?」


眩しさに再び目を閉じる。

するとどうだろう、「居ました!あそこですっ!!」聞いた事の無い声が慌てた様子で走って来るのが見えた。


―――――――


「おやまぁ。本当に人が。」

「大丈夫かなぁ…また罠とかじゃなかったら良いけど…」


空間に押し寄せた【異物】は二体。

所々撥ねている後ろ髪を雑に掻き上げながら、無防備そうにこちらへ手を差し伸べてくる小柄の侍と


「いけません。先ずはこのまま、あちらの素性を確かめてから接触しましょう」


己の髪色を少し落ち着かせたような印象を与える物腰柔らかな侍。しかしその眼光は冷たく、既にこちらを警戒しているのがわかる。

こちらから話し掛けようか迷っていると、「もう、こんな小さな女の子にもそんな事言っちゃうんですかぁ?少しは穏便にやりましょうよ!」小柄の侍がずいと前に出たかと思えば構わずといった様子で己の手を取った。


「!」

「ほら、触れますよ!!」

「やれやれ…どうなっても知りませんよ、」

「半分くらいなら自分で責任取れまーす!…と、ごめんね大きな声出して。僕らは…えっと…」

「此処で名乗ったら今までの努力がぜーんぶ、水の泡ですよー」

「うー!わかってますってば!!えっと、そう!通りすがりの、旅の者です!」


「タビ…??」

少女は再びぱちくりと小柄の侍を見上げる。


「そうです!旅です!遠路遥々、遠い遠ーーーい世界から、此処を目指して来たんですよっ!!」

「とおい…セカイ…!」


知っている。

少女はその言葉を認識するとしっかりと己の足で立ち上がった。頭の中でカチリと何かが合致し、ぐるりと動き出すような感覚。


「宵闇と満月、アナタタチですね!!」

「えっ?」

「コチラ!ご案内いたします!!」


―――――――

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「お か え り」 なないろのしずく @Shizck_7716

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