二番目の私

幻典 尋貴

二番目の私

 何となく気付いていた。


 ――私のこの人生がそろそろ終わる事。


 ――私のこの病気が治らないだろう事。


 体の痛みは日々増して行き、もう話す事も困難であった。

 妻と娘が私を入院させる事を決定し、点滴で食事をし、人工呼吸器で呼吸をしている状態。

 これではまるで、様だ。

 妻娘や友人の顔をまだ見れる事は嬉しいが、だんだん“生きている”という感覚がしなくなってくる。

“生きている”というのは…そうだ。例えば、好きな物を食べている時。

 私は唐揚げが好きであった。美味しい唐揚げを求めて、家族で色んな店を回ったのを覚えている。

 私が倒れる前々日、娘にテレビでやっていた唐揚げ専門店に行こうと約束をした。どうやらその約束は果たせそうにない。

 他には、好きな人と話をしている時。

 妻と出会ったのは大学生の頃だった。一目惚れだった。学食で斜め前に座っていた彼女を見つけ、友人に彼女のバイト先の喫茶店の事を教えてもらい、そこに通い詰めた結果今がある。

 友人が彼女のバイト先を知っていたと言うのは何という偶然だ!きっと運命に違いない!などと思っていたのだが、後に彼女がその友人に、私にバイト先を伝えるように頼んでいたことが分かり、少しがっかりした。

 妻とは久々のデートの約束をしていた。娘が温泉旅行を計画してくれて、来月行く予定だった。どうやらこっちも果たせそうに無い。

 おそらくもう、“生きている”という感覚は感じる事は出来ないのだろう。

 誰も居ない病室は静かだ。昔ならば、こんな風に暇を持て余した時は小説を書いていたが、今はそれが出来ない。主治医に長文を書くことは体に負担をかけるからと、控えろと言われた。

 長文でなければ良いのだなと解釈し、紙にボールペンで一言「もしも、体が増やせたら」と書いた。「夢を叶えられるのに」と。

 そこで病室のドアが開き、看護婦が入ってくる。どうやら回診の時間の様だ。

 看護婦が出て行く直前、彼女は机の上のメモを見た。子どもの考える事だと笑うかと思ったが、どうやらこういうのには慣れている様で、そのまま頭を下げて病室から出て行った。

 数分後、主治医が来る。さっきの回診の結果が相当悪かったのかと構えていたが、そうではないらしい。机の上に私のメモを見つけると、それを持って「試してみます?」などと聞いてきた。

 意味が分からず首をかしげると、彼はだからと言い、こう言った。

「二番目のあなたを使ってみますかって聞いているんです」

 やはり意味が分からず、先程よりも深く首をかしげる。

「ですから、このメモ通り、あなたの使える体を増やすんです。やってみますか」

 少し怖いとも思ったが、妻娘との約束を果たしたいと思ったし、何より面白そうだと思った為、首を縦に振った。


 その日の午後、病室に自分が来た。

 意味が分からないだろうが、私にも分からない。どうやらいつのまにか私のデータから私のコピーを作っていた様だ。つまりクローン。私の亡き母が『セカンドライフプロジェクト』とやらに勝手に登録していたらしい。

 鏡を見ている様に真そっくりの私がそこに立っている。唯一違うところは、私の様に病にかかっていないところか。

 とにかくそのクローンの私が、私の代わりにやり残した事をやってくれるのだと言う。

 妻とデートに行く事と、娘と唐揚げの専門店に行く事。

 クローンの体がもつのは5日間だと言う。

 私のやり残した事をギリギリ出来る時間だ。

 家族には一時的に退院が許されたと言ったそうで、夕方には娘が迎えに来た。

 娘の向かった病室にいたのはクローンの私だけ。

 これで、妻の中には私と久々のデートをした記憶が、娘の中には私と唐揚げを食べた記憶が残るのだろう。

 ただ、私の中には何も残らない。でも、


 ――それでも良いと思った。


 妻と娘が幸せならば、それでも満足だ。



 その晩、私はこの世界から消えた。

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