大震災の記憶 あの時、僕は。

作者 未翔完(みしょうかん)

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  • 大震災の記憶 ―石巻市―へのコメント

    私の友人は、3・11の震災にあい、その年福島から近畿に引っ越してきました。
    彼の父は歯科医で、被災地で亡くなられた方の歯を見ています。
    私たちがいた地域は幸い震度が大きくなく、幼い頃の私の記憶には「寝てた時に起きた遠くの地震」としかなかったのですが、彼らの存在は3・11をより身近なものにしてくれました。

    この年になって、やっと3・11の規模の大きさを実感しました。
    学生の私には呼びかけることくらいしかできませんが、「あの時あんな対策をしていればよかった」と後悔するようなことにしない世を作れる方が現れることを願います。



    作者からの返信

    コメントありがとうございます。
    そうですね、今は呼びかけなどを行うことしかできない非力な自分たちですが、未来永劫絶対に3.11を忘れないようにし、行動することが大切だと思います。

    2020年5月1日 17:23

  • あの時、僕は。へのコメント

    あの日は夜間仕事の徹夜で朝帰ってきて、犬一匹残して二階の自分の部屋で寝るのも可哀想だなと思い一階で寝て、起きて15分後の事でした。
    当然犬は吠えまくるし家具は揺れに揺れ倒れるのか?というくらいでしたが、幸いにして他で聞くような食器が飛び出るとかそういった事もなく、二階の部屋のやらしいDVDが本棚から飛び出し散乱した程度でした。
    その後の余震も同じくでした。
    そもそも起きた時何か違和感的なものを感じてふっと目が覚めた。数時間寝たのだから普通に起きたのだろととられるかもしれませんが。
    1991年6月2日19時ちょいすぎ、あこれ事故るなと思って数分もしないうちに従兄弟が運転する車が雨の中超電磁スピンして街路樹に横から衝突し自分のいた右後部座席はなくなっていたという事もありそれ以来嫌な予感は当たるような気がするようになりました。
    後部故にシートベルトをしていなかったおかげで衝突の衝撃で左にふっとんだため死なずにすんだ、九死に一生はこの時使ってしまったと思います。

    そのためあの日揺れた時は9回のうちの1回がきたのかと、今考えると不謹慎な事が過ったくらいです。

    当日は停電もあり電車も信号も不能なため翌日土曜からにはなりましたが、正直仕事上昼夜を問わず復旧に追われしんどかったのは今でも覚えてますが、被災地に比べたらこんなん大した事ではないとみんなこなしていたと思います。

    実際個人的には家は停電になっただけでしたし。
    近所のスーパー前の歩道は液状化で凸凹になったけど、市は5年半経ってからようやく修繕と合併によりくっついてきた元・町はないがしろなんだなと市に対しては不信感をより一層もったりはしましたが。
    自分は見てませんが、当時埼玉で唯一テレビに出た地域らしいです。

    ほぼ自分のことしか書いてませんが、こうして人の記憶と記録を残したり伝えたりは大事な事です。
    人は忘れる生き物です。良くも悪くも。
    たとえ悲惨な事でも後世のためには必要だよねと。
    もっとも良い事で後世に残さなければという事は思いつきませんが。

    作者からの返信

    コメントありがとうございます。貴重な体験談を聞かせていただき、恐悦至極です。その体験をぜひ、他の人にも伝えてみてください。本当にありがとうございました。

    2020年3月14日 13:04

  • 震災から9年が経って。へのコメント

    継続は力なりです(♥ó㉨ò)(♥→㉨←)ウン
    お互い続けていきましょう。文章が書ける限り。

    作者からの返信

    コメント、そしてレビューありがとうございます。
    そうですね。自分達が小説家である限り、そういったものを発信することが責務ともいえるでしょう。

    2020年3月13日 21:28 編集済

  • そして、これから。へのコメント

    如何に忘れないようにするか――それが大切だと思います。
    大金を寄付するとか、大それたことをする必要はありません。
    自分に何ができるか考えてアクションを起こす。小さなことでも、身の丈にあったことでOKです。
    ボクもこの日に詩を発信しています。一人でも目を通してくれる人がいれば、書いた意味はあると思います。

    作者からの返信

    コメントありがとうございます。大それたことでなくても、自分にできる最大限のことをやる、それこそがその人の想いなのだと思います。

    2020年3月13日 21:19

  • 震災から9年が経って。へのコメント

    自主企画参加、ありがとうございます。押羽です。
    このエッセイが続くとのこと、大変うれしく思います。^-^
    毎回、まっすぐで、力強い志に、私もエネルギーをもらっています。

    『追悼式』と『復興・創生期間』が終わるって、はじめて知りました。
    せめて、追悼式はなくさないでほしいですね。
    広島と同じ、後世に伝えるべき出来事なんですから…。

    作者からの返信

    コメントありがとうございます。
    僕も追悼式は無くならないでほしいと思っています。
    ぜひその想いを強く持ち続け、未来へ繋げていってください。

    2020年3月12日 00:54

  • そして、これから。へのコメント

    こんにちは!自主企画から来ました麒麟屋です!
    ご参加ありがとうございます。


    過去の天災を見ても、こういう手記が残ることが大事だろうと思います。

    何事もない日々の中で「あるはずない」と否定した結果の人災の部分もあったと聞いています。
    歴史学者も今も警鐘を鳴らし、注意を政府に呼びかけています。

    多くの方が目を通すことを祈っています。



    後日、本棚に収録させて頂きます。
    ありがとうございました。

    作者からの返信

    コメントありがとうございます。
    どうか、震災への想いを忘れないでいてください。

    2019年11月26日 21:56 編集済

  • そして、これから。へのコメント

    閲覧がだいぶ遅れてしまってすいません、読了致しました。

    震災が起きた時、私はバイト先の建築会社の社内で上司に叱られておりまして、めっちゃすごい揺れが起きて避難した記憶があります。

    二週間ぐらい休みになりましたね。

    あれからもう8年?ぐらいが過ぎ、28歳だった私も36歳となり、日々の暮らしの中で忙殺されていく記憶でしたが、これを読み、絶対に忘れてはならないことだなと思いました。

    作者からの返信

    コメントありがとうございます。
    ぜひ、絶対に忘れないというその想いを大事にしてください。

    2019年9月23日 22:37 編集済

  • そして、これから。へのコメント

    こんにちは。

    私は震災の時5歳で、ちょうど今でいう被災地の沿岸部で生活していました。
    当時は何もわからなかったし、突然の状況の変化に戸惑っていた記憶があります。

    正直な話それからしばらくは自分の事で精一杯で、周りのことはあまり見えていませんでした。そしてそのまま、ニュースの内容は震災の事から変わっていたのですが……。

    「風化させてはいけない」本当にその通りだと思います。

    またこのような震災が、どこかで起きるかもしれない。
    この震災を忘れないようにして生きていくことで、何か変わることもあるかもしれませんね。

    作者からの返信

    コメントありがとうございます。
    月猫様はとても大変な思いをされたのですね。
    ぜひ、その想いを未来に繋げていってください。
    貴重なご意見ありがとうございました。

    2019年9月19日 21:23 編集済

  • そして、これから。へのコメント

    執筆、おつかれさまでした!
    とにかく、忘れないことが一番大切なことだと、あらためて思いました。

    でも、人間は忘れる動物ですよね。だから、様々なつらいできごとも忘れることで、生きていけるんだともいえるし…それはしょうがないことなんだと思います。
    でも、私たちは作家なので、すこしでも物語の中に忍ばせたりして、風化させないこともできる。おりにふれ、思い出し、文章にして残す。それが、ある意味私たちの仕事かな?とも思ったりしました。

    また、来年の3月に企画を立てるので(誰も立てなかったらですけど)そのときはよろしくお願いします^-^

    作者からの返信

    返信遅れました。
    そうですね。まだまだ未熟なアマチュア作家な僕ですが、少しでも多くの人の役に立つことができれば良いなと、切に願います。

    2019年9月4日 22:15 編集済

  • そして、これから。へのコメント

    こんにちは。
    うんとまえに★だけつけたのですが、感想文をちゃんと書こうということで、『いつもの三人』とともに、書いてみました。
    ツイッターにも流してみたいと思います。

    作者からの返信

    ありがとうございます! まさかツイッターに拡散していただけるとは……。
    感謝しかありません。これからもよろしくお願い致します。

    2019年7月13日 13:41 編集済

  • 大震災の記憶 ―石巻市―へのコメント

    自主企画からきました、鴉と申し上げます。

    東日本の震災があった時、私は会社で上司から叱られておりまして、地震が起きて机に避難した記憶があります。

    幸い私の地元はそんな被害はなかったのでしたが、テレビで見て、被害がひどい事を改めて知りました。

    週刊少年マガジンで、はじめの一歩の作者さんが被災地にいる人達のペットのボランティアをしている人を題材に作品を書いていたことがありました。

    この地震は忘れてはいけないです。

    先日も新潟で地震がありましたが、そのうちまた関東にも大地震があるかもしれません。

    私としては、こんなに素晴らしい体験談の話がカクヨムで増えて、震災について皆に考える機会が増えてほしいかなと思いました。

    地震での被害を受けた経験を活かしてくれればなと思いました。

    作者からの返信

    応援ありがとうございます。
    僕も、これから震災について伝えてくれる人々が増えることを願います。

    2019年6月30日 11:59 編集済

  • 大震災の記憶 ―仙台市・荒浜―へのコメント

    読んでて、なんだか、涙がでてきました。
    現地の風景のせつなさや、必死で生き抜こうとする人たち、応援する人たちの思いや、なにより『みしょうかん』さんの思いが伝わってくるからでしょうね。

    「伝えたい」気持ち、たしかに受け取りました。
    次のレポートも楽しみにしてます。

    作者からの返信

    コメントありがとうございます。次は石巻紀行ですが、また期間が空くと思うので、気長に待っていただけると幸いです。

    2019年4月9日 11:41 編集済

  • あの時、僕は。へのコメント

     非常に生々しい手記であり、私のように西日本にいる人間からすれば大変有意義な記録でもありました。
     被災していない人間が、はたからどうだこうだと述べられる筋合いではないのですが、このように記録に残してくださったことを心からお礼申し上げます。

    作者からの返信

    感想、ありがとうございます。
    ぜひ、今後書く〈石巻紀行〉も読んでくださると幸いです。

    2019年3月21日 17:02 編集済

  • あの時、僕は。へのコメント

    みしょうかん様、私はニュースで見ていた方の人間でしたが、あの震災の光景には目を疑いました。この作品のように伝えていくことが大切ですね。
    執筆は大変だと思いますが、非力ながら応援して居ります。

    作者からの返信

    ありがとうございます。
    ぜひ、今後書く〈気仙沼紀行〉も読んでくださると幸いです。
    ↑ 間違えました、石巻紀行です

    2019年3月19日 18:33 編集済

  • あの時、僕は。へのコメント

    はじめまして。企画を立ち上げた《押羽》です。
    今回の企画に参加していただき、ありがとうございます。

    『風化させてはいけない』という思い、たしかに受け取りました。
    みしょうかんさんの『3・11』は、どうやら、これから始まるようで…
    頼もしい限りです!

    気仙沼の報告、もちろん、書きますよね?(笑
    楽しみにしてますね。

    作者からの返信

    感想、ありがとうございます。
    気仙沼紀行の報告は、恐らく3月下旬になるでしょうが、必ず書きます!
    ↑ 間違えました、石巻紀行です

    2019年3月12日 18:53 編集済