飼い慣らされたゾンビは、人並みの夢を見るか

秋月創苑

本編 

 ようやく春の兆しが見えてきたが、まだ風は冷たく、コート無しには外など歩けない。

 だというのに俺達は、学校の屋上に許可を貰って立ち入っている。

 放課後で西日が差しているとは言っても、やはり吹きさらしでは寒さが身に染みる。


「俺さぁ、子供の時からナンバーツーって憧れてたんだよね。」


「はあ?」

 クラスメートの馬場がホチキスで纏めた自家製の台本を片手に、俺に向けて語り出した。


「ナンバーツーって?」


「ほら、戦隊物なんかでいるじゃん?

『赤』がリーダーで、大概『青』がナンバーツーで。」


「ああ。いるなぁ。」


「で、赤はいつも熱血漢なんだけど、青は大体クールでニヒルな役なんだよな。」


「そうかもな。」


「ゴニンジャーとかさ。科学忍者組ボッチャマンとか。」


「いや、後のは知らんけど。」

 なんか一人称がぽっくんとか言いそうで怖い。


「だから、ね?

 頼むよ。」

 そう言って小さなバケツを差し出してくる馬場。


「だから、ね。

 じゃねえよ!

 今の話のどこに繋がってんだよ。」

 バケツの中身は、水で溶かれたたっぷりの青色の顔料。


「ええっ、聞いてなかったのかよ。」


「聞いてたから逆に意味分かんないんだよ。

 ナンバーツーの話と、俺がゾンビになる事が全く繋がらないんですけど!?」

 本当に文句を言われる理由を分かっていなさそうな馬場にイラッとしながら、俺は語気を強めた。


「いや、だから二番手でしょ?」

 馬場は言いながら屋上の扉を丸めた台本で差した。

 

 扉は開かれていて、その内側から緑の顔料を顔に塗りつけている男が軽く応じた。

 彼は映画研究部の部員で、演劇部の部員でもある。つまりは役者だ。

 で、馬場は映画研究部の部長でもあり、監督でもある。

 映画研究部と言っても、総員5名の過疎部だ。

 従って、時々こうして俺は馬場に手伝わされている訳だが……。

 こんなクソ寒い時期にゾンビ役をやれだと?


「だから気張って、青色にしてやったんだぜ?」


「頼んでないし!

 してやったみたいな顔やめろよ。」


「ナンバーツーだよ?

 サブリーダーだよ?」


「二人しか! いませんが!

 ……大体、なんだよゾンビのサブリーダーって。」


「サブビ」


「略すな!」


 結局渋々俺は引き受ける事にした。

 請われるまま、のこのことここまで来てしまった時点で、半ば決まっていた運命なのだ。


****


 屋上のフェンスを背にして、うちの制服ではないセーラー服を着た女生徒A、Bが立っている。

 顔には靴墨で汚れが入れられている。

 二人とも映研の部員だ。

 その二人から5メートルほど離れて、緑と青にそれぞれ塗られた俺達ゾンビーズが立ち、アクションの掛け声を待ち構えている。

 コートも制服も脱ぎ、ボロボロに加工されたトレーナー姿にされてしまい、力を入れていないと寒さで勝手に体が震えてしまう。

 何でこんなことに……。

 とてもではないが、付き合っていられない。 絶対に一発で済ませて、さっさと家に帰るのだ。


「じゃ、行くよー。」

 台本を手にした馬場が、三脚にセットしたハンディカメラを構えるカメラマンの部員の方に目をやる。

 アイコンタクトを済ませると、カウントダウンを始めた。


「5、4、3、……アクション!」


 あああ~とか、ううう~とか適当な唸り声を出しながらギクシャクとした動きで女生徒に近付く、ゾンビリーダーとゾンビサブリーダー。

 誰か、僕を殺してください。


「きゃあああ」


「ぎゃあああ」


 悲鳴を上げて後退る女生徒A、B。


 あああ~

 ううう~


「カーット!」


****


「ふいー、お疲れ」

 ようやく無事に殺された俺は、屋上の扉のすぐ内側、簡易控え室で馬場に缶コーヒーを手渡された。


「あんなんで良かったのか?」


「ばっちりさ。助かったよ。」


「おう。ま、いつでも声かけてくれよ。」

 そう言って、俺はゾンビメイクを拭おうとタオルを手にした。


「まだ落としちゃダメだよ?

 次のシーンも直ぐに撮るからね。」


「……はい?」


「何言ってるの?」

 ポカンとした顔で馬場が俺を見る。

 待て、その顔はなんだ。

 その顔をする資格を持つのは、今この場にいる中で俺だけなんだが。


「ゾンビでしょ?

 倒れても起き上がってくるのがゾンビでしょ?

 ゾンビのアイデンティティを忘れちゃダメだよ。

 飼い慣らされたゾンビにならないで!」


 ……こいつ、何言ってんの……


「打ち上げにはちゃんと無料で招待するからさ?

 に飲み食いしちゃってよ。」


「上手くねえよ!!」


「さ、2番目のシーン撮るよー。」


「ういー。」


「はーい。」

 馬場の声に口々応えて立ち上がる部員達。

 

 

 誰か、僕を飼い慣らしてください。 

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