フラワーさん

PURIN

フラワーさん

 ……来ちゃった。


 小学校校舎2階、4年2組の前にあるトイレ。


 ただのトイレじゃない。ここには、嫌な噂があるんだ。


 入って2番目の個室。そこを午後2時22分ちょうどに22回ノックし、長ったらしい呪文(暗記しなくても、紙に書いてあるのを音読すればいいみたい)を唱える。そうしてから、「フラワーさん、遊びましょ」と呼びかけ、ドアを開けて個室に入る。

 そうすると、「フラワーさん」によってお化けの国の住人にされてしまう、というものだ。


 「花子さん」をパクっただけのような話だし、心の底から信じているわけではない。

 だけど、少しは「もしかしたら本当かも……」と思ってしまって、なんだか怖い。実行したくはない。でも、しなければいけない。いじめっ子達の命令だから。


 僕をここに連れて来たいじめっ子達は、例によって意地の悪いにやにや顔でトイレの外からこっちを眺めている。僕が「フラワーさん」の儀式をやるのを面白半分で見物するつもりなんだろう。悔しいけれど、彼らの言うことには従うしかない。友達も味方もいない僕が逆らったら何をされるか……


 どうすることもできず、命じられるがままにトイレに入った。

 2時22分になるまで少し待ち、いじめっ子の合図で急いで――1分以内に終わらせないといけないから――ドアを22回ノックした。

 手がじんじん痛かったし、汗びっしょりだったけれど、その手でポケットからメモを取り出し、早口に読み上げた。

 仕上げに、「フラワーさん、遊びましょ」と上ずった声で言ってドアを押し開け、個室に飛び込んだ。

 一連の動作の間中、いじめっ子達はずっと笑っていた。


 


 …………


 何も起こらない。

 「フラワーさん」とやらも現れない。


 なんだ、ただの噂だったのか。

 全身から力が抜けていくのが、自分で分かった。

 はは、そんなに怖がってたんだ、僕。

 苦笑いしながら、ドアをガラガラと横に引いた。


 外では、友達がおでこからオレンジ色の血を流しながら待っていた。

「おっそーい! 時間かかりすぎでしょ!」

「ははは、そんな怒んないでよ。じゃ、帰ろっか」


 ミシニマニトクシの話をしながら、友達と帰路についた。

 赤茶色で、もにょもにょしていて、まだ動いているのを海水につけながら食べるとチラノライトミモの卵の目玉焼きみたいな味がして美味しいという内容だった。


 町には、空をふらふらと漂っている人や、自分の全身にびっしり生えた亀の頭達にパンくずをあげている人、包丁でお互いの顔をめった刺しにし合っているカップルらしき人達なんかがいた。

 コンビニの自動ドアからは、人間の赤ちゃんと犬の中間くらいの感じの鳴き声が耳が痛くなるほどの音量で響き渡っていた。


 やがて、僕の家に着いた。

 煙突からは真っ黄色の液体が滝のようにドバドバ吹き出して、壁や庭を透き通るようなブルーに染め上げていた。


「今日も楽しかったね、また明日遊ぼうね!」

 そう言って上顎側切歯を取り外して僕に向けて振る友達。


「うん、また明日!」

 僕も左肩から生えている、萌黄色の僕の身長と同じくらいの長さの触手を友達に向けて振った。




 ああ、楽しかった。明日が楽しみだな。


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フラワーさん PURIN @PURIN1125

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