終章 幼神獣は異世界を生きる

終話 そして、チートな獣耳美幼女は……

――月明かりに照らされた海都シクスー、停泊している大型帆船にて。




 煌びやかに飾り立てられた船室に、リスの尻尾のクィユ族がぼんやりと座っている。首には醜悪な金属の首輪が嵌っており、豪奢なベッドに腰かけながらゆらゆらと足をぶらつかせていた。透き通るような灰色の瞳に光はなく、うつろな視線を船室の窓に向けている。


(いまは、いったいいつだろう……? 村から連れ去られて、何日?)


 リスの尻尾のクィユ族は知らないことだが、神獣の加護(最上級)によってクィユ族の精神耐性は高まっている、そのため、首輪をつけられたときには失われていた意識が覚醒し、まるで夢を見ているような感覚で起きていた。自分でない自分を眺めるようにリスの尻尾のクィユ族は世界を眺めていた。


(みんなはどこにつれていかれたんだろう? ……あたしは、どこにいくんだろう?)


 リスの尻尾のクィユ族は美しく飾り立てられている。紫銀の髪はよく梳かされて編み込まれており、髪のリボンと薄桃色のゴシックドレスは金貨数枚はくだらない最高級の品だった。化粧と香水を施されて爽やかな花の香りを漂わせる絶世の美少女となっている。

 でも、こんなものどうでもよかった。


(……かえりたい、……かえりたいよぅ……)


 深い森の土に匂いが懐かしい。木漏れ日の差す森の風にあたりたい。みんなに会いたい……、今日何度目になるのか忘れてしまった涙がポタリポタリと頬を流れ落ちる。


(……?)


 そのとき、遠くのほうから物がひっくり返るような音と男たちの叫び声が聞こえてきた。誰かが戦ているような音だ。喧騒はだんだんとリスの尻尾のクィユ族がいる部屋へと近づいてくる――、そして、喧騒から逃げるようにして二人の男たちが船室へと飛び込んできた。


 唇を真っ蒼にしながらでっぷりと太った貴族の男が傍らに立つ用心棒を怒鳴りつける。


「ひぃ……ひぃ……なんだ、なんなんだぁ……あの、あの化物は……!?」


「あれが冒険者共の言っていた神獣の子供って奴かもしれやせんね~、いやはや、まいったまいった」


「さ、さっさとあの化物を追い払え!!! そのために貴様を雇っているのだぞ!? 元ミスリルランクの冒険者と言ってただろうが!」


「そう言われやしてもね~…………ありゃバケモン……オリハルコンクラスって言われても足りないかもしらんね……」


 そこへ、幼い女の子の可愛らしい声が割って入ってきた。


「あとはお前らだけだ。……その子を返してもらおうか」


「ぎゃぁぁあああ――!?」


 太った貴族の男は腰を抜かして崩れ落ちる。しかし、腰を抜かしても大してもので、かさかさと床を這うようにリスの尻尾のクィユ族の元まで移動する。手汗でベトベトになった手でリスの尻尾のクィユ族の足にすがりつく。


(きもちわるい……)


 じっとりとした指で足を撫でられる感覚に、リスの尻尾のクィユ族はぞわぞわと湧き上がる不快な気持ちをこらえた。


 用心棒の男はゆるやかに反り返った短刀と長刀を抜き放つ。

 トテトテと足音が船室に響く。視界に入ってきた可愛らしい声の主を一目見て、リスの尻尾のクィユ族はびっくりした。


 白銀の狼耳と尾を揺らしながら歩くのは、リスの尻尾のクィユ族よりも小さくて幼い女の子だ。しかし、絹糸を束ねたようなロングツインテールをなびかせて堂々と歩く様は幼さを感じさせない。

 窓から差し込む月明かりに照らされる姿は、孤高の獣のようで、まるで御伽噺の神のようで、白銀の狼耳の美幼女は寒気がするような幻想を纏いながら立っている。


(すごい……、それに。ちいさい……、かわいい……、獣耳があるけど、こんな子はクィユにいなかった。この女の子は誰……?)


 驚きに息をのむリスの尻尾のクィユ族と対照的に、蛇に睨まれた蛙のようになっている用心棒が対峙している。用心棒の男は顔にびっしりと脂汗を浮かべながらも仕事を全うしようとする。震えそうになっている声を抑えつけながら白銀の狼耳の美幼女に話しかけた。


「……よぅ、お嬢ちゃん。この子を返せば大人しく帰ってくれるのかい?」


「そうだ」


「……だ、そうですぜ。旦那、その子を返してやれば命は取られんようで?」


「ふざけるな――っ!!! 馬鹿者め! タダじゃないんだぞ、帝国金貨千枚を払え!」


「旦那、金貨と命どっちが大事なんでぇ……」


「なんとかしろ!!! その化物を殺せ! 早く殺すんだ!!!」


「――さいですか……やとわれってのはつらいねぇ」


 唾を飛ばして激高する太った貴族の男に、用心棒は刀を持ったまま肩をすくめる。しかし、油断なく二刀流の構えを解かない。


「しゃあない。一当てしますかね、……お嬢ちゃん、手加減してくれよな」


 用心棒の男がにへらっと笑いかけると、


「お嬢ちゃん、お嬢ちゃん、うるせえ!」


 白銀の狼耳の美幼女は猛々しくも幼い声で答えた。ついでに白銀の狼耳の美幼女の小さな拳が用心棒の笑顔に叩きこまれていた。小さな体躯から繰り出されるとは思えない凄まじい膂力に用心棒の男は丸太でぶん殴られたかのように吹っ飛ばされた。


「うべらぁぁぁ――っ!?」


 用心棒の男は情けない悲鳴を上げて、船室の壁をぶちぬいて、夜の海へと落ちていった。どっぼーんと激しい水音が聞こえてくる。

 白銀の狼耳の美幼女は苛立たしさにフンと鼻を鳴らしてから、じろりと太った貴族の男を睨みつける。


「ひぃぃぃぃぃ――!? わ、私を殺せば、帝国が黙っていないぞ! 私は帝国のぁぁぁぁぁぁぁぁ――!?」


 問答無用、とはこのことか。

 白銀の狼耳の美幼女は、早口でまくしたてる太った貴族の男の首根っこをむんずと掴むと、大穴の開いた船の壁へと放り投げる。悲鳴が遠のいていって……どっぱーんと派手な水音が聞こえてきた。


「ったく……、手こずらせやがって」


 白銀の狼耳の美幼女は他に邪魔者がいないことをサッと確認すると、リスの尻尾のクィユ族のもとへ歩いてくる。それから小さな手を伸ばして醜悪な金属の首輪に触れる。


「すぐ外してやるからな……」


(どうやって……? すごい、なんでもできるんだ……)


 リスの尻尾のクィユ族が眺めている前で白銀の狼耳の美幼女の掌が黄金色に輝く。カキリと金属音がして首輪が床に転がり落ちていった。


「ぁ……」


 リスの尻尾のクィユ族は首に手を当てる。声が出せることに感動した。そして、白銀の狼耳の美幼女は当たり前のことのように告げた。


「さあ、帰るぞ」


「お、うち……に、帰れるの……?」


「ああ! アーリーンやグラシアも待ってるぞ」


「アーリーン様とグラシア様が……、……ふ……ぅぇ……」


 リスの尻尾のクィユ族はくしゃりと顔を歪めて大粒の涙を流す。そのまま大声を上げて泣き始めてしまった。


「ぉぉぃ…………、――泣くなよ……」


 白銀の狼耳の美幼女はリスの尻尾のクィユ族のちょっとだけ高い身体を抱きしめて、ぽんぽんと背中を叩く。しばらく泣き止みそうにない気配であった。白銀の狼耳の美幼女は、リスの尻尾のクィユ族の涙が止まるのをじっと待つことにした。




 ***




 オレは新しい情報に意識を向けた。

 海都シクスーにいる分身体と思考を共有させて、最後のクィユ族を救い出せたことを知る。これでベルトイア大陸中に散っていたクィユ族の奴隷たちは助け出された。助け出されたクィユ族たちは分身体に連れられて精霊の樹海の純潔城エンラニオンに向かって移動をはじめている。

 一仕事終えた感触にほっと胸を撫でおろす。


 ここはベイロン商会の屋敷。

 当主であるシャルリーヌに貸し与えられた部屋には、アーリーンとグラシア、エルシリアとシャルリーヌ、そしてセレスが思い思いの場所で寛いでいる。


「終わったぞ」


 オレの声にいち早く反応したのは、アーリーンだった。


「え! じゃあ……」


「クィユ族はすべて助けた。数日でクィユの村に連れていけるはずだ、……待たせたな」


「わーん、ありがとー! 神獣様ぁー!!!」


 感極まったアーリーンが走り寄ってオレを抱き上げる。


「おい、落ちつ――、ぅぷっ!?」


 これはまずい、と思ったところでひょいっと抱きしめられてむぎゅっと柔らかな胸に顔面を押し付けられた。胸の谷間にすっぽりとはまり、ひんやりとした人肌が吸い付いてくる。

 息ができん――。

 身を捩り、肩を叩いて降参タップアウトするもアーリーンは全く気付いてくれない。


「んんー、よしよし……これからもずっといっしょですからね……えへへ……」


「……アリィ、神獣さまが苦しそう」


 グラシアが一瞬のスキをついてアーリーンからオレを奪う。抱きかかえられたままグラシアは天蓋付きベッドにごろりと寝転がった。鼻先にグラシアの嬉しいのか愉しいのかよくわからない、ぼーっとした顔がある。


「ぁ!? ぁぁ~、シアちゃん返してぇ」


「やだ……ボクのだもん」


「だから――、ぁぷっ!?」


 オレを奪い返そうとアーリーンがベッドに乗り込んでくるが、グラシアは器用にベッドを転がって逃げ回る。その間――、オレはグラシアの胸に包まれたままで窒息しそうになっていた。


「シアちゃん神獣様のこと嫌いだったのにぃ!」


「……そんなこともあった気がする……でも、いまは好き」


「変わり身はやぁっ!?」


 クィユ族たちはみんな優しく甲斐甲斐しいが、ベッタリと甘えたがるくせがあって、一日一回はどちらが抱えるかで言い争っている気がする。……クィユ族二人でこのありさまだ。純潔城エンラニオンにいるはずの分身体から思考の共有がないところが尚恐ろしい。


「落ち着け、お前ら…………っ」


「こら、お二人とも! 大人しくしていないとご飯抜きにしますわよ? 埃を立てないでくださいな」


 オレが声を荒げようと口を開きかけたところで、シャルリーヌの声がベッドのわきから聞こえてきた。シャルリーヌの背後ではメイドたちに運ばれてきた食事がテーブルに並べられていくところであった。

 湯気の立つ料理からおいしそうな匂いが流れてくる。


「はぁい……」


「……おとなしく、する」


 ご飯につられたグラシアはいそいそと食卓の席へと向かった。アーリーンは名残惜しそうにオレを眺めていたが、ここで手を出せばグラシアとまた争うことになりそうだと思ったのか、もしくは森では食べれない食事に食い気に誘われたのか、ふらふらと席につく。


「ったく」


 やれやれ、やっと解放された、とほっと一息。

 オレも適当な席にと思ったところ――、ほっそりとした事務仕事になれた腕がオレを抱え上げた。エルシリアだ。


「はい、シズマちゃんはこっちよ」


「うむ。では、私はここにしよう」


「……」


 エルシリアはシャルリーヌの隣にオレを座らせるとしれっと反対側を確保する。正面にアリスターが、最後にひっそりとセレスが座った。


「では、いただきましょう……すべての事実を知る者は少ないけれど、わたくしたちは困難を乗り越えることができました」


 メイドたちによる配膳が整うと、テーブルにはささやかながらパーティを思わせる豪華な食事と飲み物がずらりと並んでいた。これは、クィユ族の奴隷解放と悪神の討滅を祝う食事会だ。


「クィユ族の繁栄を、アズナヴールの繁栄を願って、乾杯!」


 チンとグラスが打ち鳴らされ、当事者たちだけの小さな祝宴がはじまった。



***




 悪神ゲン・ラーハの脅威は去った。生きている者たちは元の生活を戻っていくが、生きる道を新しく決めなくてはいけない者もいた。


「これからどうするんだ?」


「さて……どうしたものかな。いまの私はからっぽだから……」


 アリスター、辺境伯として生きることができなくなった少女は力ない笑みを浮かべる。


「……そうか」


 オレは世界最強の生物に生まれ変わったのかもしれないが、神様になったわけじゃない。英雄の力を封じられて傲慢な貴族の男に乱暴されそうになっていた少女アリスターを救ってやることはできた。

 だが、元の生活に戻してやることは無理だ。

 姿を変えることのできる魔道具を用意してやることはできない。少女アリスターを知る者を生き返らせてやることもできない。天涯孤独の身となった少女アリスターに言ってやれる慰めの言葉も励ましの言葉も、オレは持ち合わせていなかった。

 でも、生きていればやりなおせる。アリスターには新しい人生を見つけてほしいところだ。


「辺境伯様……」


「シャルリーヌ嬢、そんな顔をしないでくれ。悲観的になっているわけではない。辺境伯として全力で生きてきたが故に――、突然に、私が何者でもない、と言われても頭が追いつかないだけだ」


 そこへ、エルシリアの嬉々とした声が滑りこんできた。


「冒険者として生きてみる、のはいかがですか!?」


「悪くない考えだ。と言うより、武にしか取り柄のない私にはそれくらいしか生きる道はないだろう……ただ」


「ただ?」


「私は妖精族の先祖帰りなんだ。ひとつの街で冒険者を続けることはできないだろう、――長命種の冒険者は大歓迎、なのはわかるが?」


「ぅ……そ、それは、……まぁ、……はい」


 冒険者ギルドとしては長い時間を最前線で戦い続けることができる長命種の冒険者はありがたい存在だ。しかしながら、人族の冒険者たちにとって衰えない先輩の存在は疎ましいものになる。そのため同じ町に長く留まる長命種の冒険者はいない。人族が世代交代を繰り返す中を、死ぬまで街から街へとさまよい続けるのが長命種の冒険者の宿命なんだとか。


 ちらりとアリスターの視線がこちらにオレを見つめる。


「シズマ殿、そんな目で見ないでほしいな」


「……だけどな、……オレがうまく立ち回っていれば辺境伯に戻れたと思うと――」


 仮面の魔道具を破壊されてしまったのは、オレの油断が原因だ。迫る凶暴化したグラシアの存在をいちはやく察知できていれば……。


「なんでもとはいかないんだが、……オレにできることならなんでも協力しよう。それくらいしかできないからな」


「ほう! そ、そうか。……うむ、うむ……ではな」


 アリスターはあっちへ目を泳がせ、こっちへ目を泳がせ、顔を赤くしながら消え入るような声で告げた。


「行く当てのない女をひとり連れていってくれないか、……シズマ殿が望むのであればこの身を捧げよう。自由にしてくれて構わない」


「ん、んん?」


 よくわからない言い回しだが……ようするにオレたちの放浪についていきたいって意味か。行く当てのない旅よりもクィユ族の村でお世話になってほうが都合がいいだろうに。

 ――とはいえ、来るもの拒まずの性分である。断る理由はない。


「好きにしろよ」


「ありがとう……これからもよろしく頼む」


 アリスターが満面の笑みを浮かべる。それを見て、シャルリーヌとエルシリアは悩まし気にため息を吐く。


「はぁ……アーリーンさんもグラシアさんもアリスターさんも長命種で羨ましいですわ……わたくしもシズマちゃんと……ぅぅ……」


「羨ましがってはいけないでしょうけれど、羨ましいですね、ふふ」


 シャルリーヌもエルシリアも立場のある人物だ。このアズナヴールを自由に離れられない身分というのも不便に感じるのかもしれない。だとしても、帰る家があり、待つ人がいる二人は恵まれている。


「たまには遊びに来る。また会えるさ」


「そうですね。冒険者ギルドでお待ちしています」


「わたくしもお待ちしておりますわ」


 和やかな夕食の時間が過ぎていった。

 ちなみにオレがアリスターの言葉の意味を誠に理解して、アリスターに負けじとあとに続く者たちの振舞いに大いに慌てふためくのは、ずいぶん後になってからのことである。




 ***




 夕食後、オレはセレスの姿を探してベイロン商会の屋敷を歩き回っていた。ふと、中庭へ続く扉から夜風が吹いてくるのに気がついた。ひんやりとした風に誘われて中庭の奥へと進むと、月を見上げるセレスの姿があった。


「ここにいたのか」


「――ご主人様。冷えますよ、風邪をひかれませんように」


 セレスはどこからともなく薄手のマフラーを取り出すと、オレの小さな首にくるくると巻き付ける。ほんわりと温かな感触が心地よい。


「この体で風邪引くのかね?」


「最強の生物であっても健康を害すれば風邪をひきます。この世界では細菌やウイルスはすべて魔力・闘気・神性を通して感染しますから」


「ふぅん、そういうもんか」


 会話が潰え、無言の時間が流れていく。

 悪神ゲン・ラーハとの戦いから数日が経つ。慌ただしい過ごし方であったため事務的な会話しかしてこなかったせいで、なんとなくぎくしゃくとしたわだかまりがある。

 いや、……どちらかというと、娼婦であった頃のと同じ距離感に戻っている気がした。


「セレスは記憶が戻っているのか?」


「…………わかりません。私はサポートAIですが、セレスと呼ばれていた少女の記憶も持っています。いまでも、セレスである、と認識しているわけではありません。ですが、私が感じている気持ちや感情はすべてかと」


 以前、名前付けをしたときに文句を言われたことがある。やはり見知った人の名前を与えたのは失敗だったのだろうか。


「セレスって呼ばれるのは嫌か? ……嫌なら、別の名前を――」


「いえ。そのままで平気です。ただ………………、私の中に複雑な感情が入り乱れているのです。ご主人様のお世話をしたい強い想いと、お世話をしたいと想う心は他人の想いである悔しさと、とても愛おしくて、とても嬉しくて、とても悲しくて、とても怒っていて、とても……っ……感情の混濁がとても不快です」


 セレスは涼しい表情しながら饒舌にしゃべる。しかしながら、香るセレスの感情は嵐の海のように荒れているのがわかった。


「それが人間ってもんだ。AIとは違う」


「……ご主人様が悪神である私を滅ぼさなかったのも同じですか?」


 その通りだ。本当のことを言えばセレスは逃げるかもしれない。悪神は滅ぼす。セレスは救いたい。相反する願いにオレの答えは――。


「……いつかお前を殺すしかない。でも、いまじゃなくていい。オレはそう思った」


「左様でございますか」


 言ってしまった。神獣オレ悪神セレスを許したわけじゃないことを伝えてしまった。いずれ殺すなんて――、誰が好き好んで殺そうとする者の側にいるものか。セレスが離れていくなら引き留めることはできない。


「逃げるならさっさと行ってくれ」


 オレはぷいっとそっぽを向く。

 セレスがいなくなってしまうのは悲しい。だが、いかないでくれとは言えなかった。


「……」


 セレスは膝をついてオレを背中から抱きしめる。ふわりと甘いセレスの匂いがした。


「では、この身を切り裂くその日まで。誠心誠意お仕えしたく思います」


「……お前……」


「しあわせな人生を過ごせるように、私がしっかりとサポート致します」


「どうして、ここまでしてくれるんだ? 殺されるんだぞ?」


の名誉のために、私がそれを口にすることはありません。ご自分でお考えください」


「……んなことを言われてもな」


 必要なこと以外だんまりだったが、何を考えていたのかはもうわからない。セレスが考えろと言うこともわからない。

 オレにできることは喜ぶことだけ。セレスが側にいてくれることを素直に喜ぼう。だから、素直な気持ちを伝えることにした。


「……ありがとう。これからもよろしく頼む」


「はい、ご主人様」


 セレスはうっすらと微笑みを浮かべると、オレの頬に唇を寄せた。




 第一部 ―完―

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不幸せな殺し屋は転生してチートな獣耳美幼女になりました horiko- @horiko-

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