5-3. おわりに

 テイラーはその後、零地区管轄の火葬場を経由し、個人名のない共同墓地に埋葬された。

 元々来訪者の少ない共同墓地だが、3月の終わりごろになると、アイスキャンデーの棒で作られた正方形が供えられるそうだ。

 噂では、黒いコートを着た一人の男が、毎年それだけを置いて去っていくらしい。


 ガブリエルは肆地区の墓地に埋葬され、ジョスリンは零地区の聖職者専用の墓石にその名が刻まれている。

 それぞれ、命日には住民が供え物をし、正方形の裏側で過ごす彼らの息災を願う。


 私が教会での取材を行った半年後、司教襲撃未遂事件の被害者としてジョスリンの名が、そしてその際に異性間・異年齢での魂の入れ替え手術を行った医者としてガブリエルの名が公表された。

 司教襲撃未遂に関する教会からの情報公開は、事件直後以来初めてのことだ。そのせいか、供え物や献花をしに来る人の数が、以前よりも増えたらしい。



 837年4月17日、アオイは四十一代目司教に就任。二十五歳での登用は、歴代の司教に比べ二十五歳ほど若い時期となったが、パルヴィーン司教の生前指名による就任だったこともあり、議会・教会含め満場一致で可決された。


 その手腕は、就任一年半という短い期間の中でも十分発揮されている。

 例えば、地区間の賃金格差の是正に向けた働きかけについては、今まで何代にも渡る司教が成し遂げられなかった偉業達成の可能性に、期待が寄せられている。


 史上最も若い司教は、最も司教らしくない発想と、最も司教らしい方法で、クアドラートの街を導いていくだろう。


 今回の取材で出会ったのは、クアドラートの歴史上最も若き司教であり、音を愛する音楽家であり、数奇な運命に導かれた一人の住民、アオイだった。

 私は、アオイと同じ時代を生きられたこと、そして生きてゆくことに誇りと喜びを感じざるを得ない。


 今、アオイの多くを知った上で就任演説を読み返すと、それが今まで巷で評価されていたのとは異なる色合いを見せることに気づかされる。

 アオイを語る上では、多角的な視野でアオイを観察する必要がある。一面から見て理解した気になると、次の瞬間にはもう、アオイの姿はどこにも見えなくなってしまう。

 アオイの顔を思い出すのには、時間がかかる。


 ここで最後にもう一度、本書の結びとして、アオイが司教に就任した際の就任演説を振り返りたい。



──クアドラートの住民のみなさん。今日はあなたがたにとって、一体何の日でしょうか。司教就任の日だなんて言わないでください。その言い方は随分他人事のように聞こえるじゃあありませんか。

 もし思い浮かばないなら、今から正解を言いましょう。今日は、あなたがたの司教が変わった日だ。ご覧の通り、一人の若い男に。

 これは、クアドラートの街に何の意味をもたらすのでしょう。あなたがたにとって、絶望の日々の始まりなのでしょうか。それとも、新しいクアドラートの幕開けなのでしょうか。

 この二つの問いをぎゅっとまとめて、わたしは聞きたい。たった一人の、あなたに聞きたい。美しい、この正方形の街。クアドラートで生きる覚悟は、出来ましたか?


 わたしの答えを申し上げる前に、まずわたしはたくさんの人に感謝の意を述べずにはいられません。

 どうしてわたしがこの面会台に立つことになったのか。祭事に、こんな重たい真っ黒な服を着ないといけなくなったのか。多分、多くのかたが断片的にわたしのことを知っているでしょう。いくつかの年号と共に。

 わたしたちの周りで、たくさんの魂が散り、正方形の裏側に旅立ちました。わたしが愛した人、あなたが愛した人。憎んだ人、恨んだ人、笑いあった人。たくさんの人が、正方形の裏側に旅立ちました。


 それでも、わたしたちは死ななかった。黙とうを捧げることだけが、弔いではありません。

 どうか彼らを愛し、思い出して笑ってください。最後に生き残るのは、そうやって笑ってきたわたしたちに他なりません。わたしたちは生きているのです。


 たくさんの悲劇について、この場で多くを語ろうとは思いません。しかし、言わなきゃあいけないことがあります。ここからじゃあないと、伝わらないことだ。

 わたしが司教に就任したことは、決して当たり前のことじゃあない。クアドラートが、この街が、あなたが、あなたがわたしを導いたんだ。

 そうして今、わたしとあなたはこの場に立ち、一人の司教がクアドラートの幕を開けるのを眺めているんです。若い司教は問うている、クアドラートの街で生きる覚悟は出来たかと。


 いよいよ、わたしの答えをお伝えする時が来ました。わたしの腹はとっくに決まっています。

 司教として、クアドラートのために生きましょう。この身を捧げ、歌いましょう。

 だから、力を貸してください。わたしのためじゃあない。あなたが生きる覚悟を決めた、クアドラートの街のためだ。わたしではない、あなたのためだ。

 わたしはとっくに決めていました。わたしが、クアドラートを、この街を、あなたを導きます。だから力を貸してほしい。共に考え、前を向いてほしい。


 あなたが導くなら、どこまででも行ってやるよ。それが、正方形の裏側だとしても。なぜならば。


 これは福音です。わたしに課せられた、人生最大にして最後の福音です。──


                  (終)



※本書作成中、「瞳の紋のない子どもの扱いに係る法案」が議会に提出された。本法案は、紋のない子どもが生まれてきた場合、無条件で零地区の住民とする旨のものである。

 よって本書内では、「瞳の紋がない」という言葉を一般的な用語として使用している。差別を助長する意図はない点、ご留意いただきたい。


 取材に協力してくれた多くの住民、本書を司教記録本として承認した零地区、教会、そしてアオイ司教に、最大の感謝と敬意を称する。

 クアドラートの街に、正方形のご加護があらんことを。


 840年 エミリア=テューア・ヴェーバー

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アオイのすべて 〜第四十一代司教に係る司教記録本 矢向 亜紀 @Aki_Yamukai

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