どうぞよろしく

「だれ?」

誰、じゃあない。誰も居なかったはずの部屋に謎の女がいる。普通なら警察沙汰だ。だけど、僕にはそれができなかった。何故って、白のワンピース一丁の美女が目の前に居たとして、諸君らはそれを邪険に扱えるだろうか。

女性関係が豊富な者は兎も角、夏と言ったら眩しい青空と入道雲。そして、寂れた港町に独り佇む、白いワンピースを着た少女が脳裏に浮かぶ十九歳文系童貞大学生には、誘惑が多すぎた。

「誰って、私は私。だけど不思議ね、あなたと会うのは初めてじゃないみたい。」

 その透き通った声は、聞けば聞くほど僕の心に入り込んでくるようで、少し変な気分がした。

「お名前は?」

「瀬尾希望」

 謎の女の苗字は僕と同じだった。最初は僕をからかっているのかと疑ったが、至って真面目な``瀬尾希望``さんの顔を見ると、そんな些細なことはどうでも良くなってしまう。

「瀬尾希望さん?偶然ですね、僕の名前も瀬尾智樹って言うんですよ。これも運命ってやつですかね。」

 いやいや、何を言っているんだ僕は。運命?そんなものが存在したとしたら、僕の運命は相当に碌でもないものだっただろ。十九年間女性抜きで熟成された僕の精神は、ライトノベルとアダルトゲームの過剰摂取によって壊れてしまったらしい。

「瀬尾智樹くんね、覚えたわ。じゃあ、智樹くん、今日からお世話になるわね。」

 錆びついた僕の口を衝いて出たのは「こちらこそよろしく」なんて言えて当たり前の言葉ではなかった。

「あっ、はい」

 自己紹介のときの威勢は何処へやら。僕の短い返事は、1Kの部屋で何回も跳ね返り、最後にはキッチン近くの薄汚く黄ばんだ壁紙に吸い込まれていった。

 

 なんて情けない。

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