風の吹く先へ 【第1回 #匿名短編コンテスト・始まり編参加作品】
筆屋 敬介
風の吹く先へ
赤銅色の肌をした少女は、大地の精霊から生を授かって後、14回祝福を受けた。
物心が付いてからは、自分が他の者と違う事に彼女は気付いていた。
なぜ他の人と違うのだろう。
誰に問うても「それは大地の精霊の授かり物」としか答えてくれなかった。
彼女は集落から少し離れた崖で朝日を浴びる事を日課にしていた。
崖の麓ふもとから風は吹き付けてくる。視界は遥か、遠く彼方まで赤い大地が広がっていた。
彼女は砂っぽい風を受け、自らの肌の色と同じ色の広大な景色を見るのが好きだった。
そして、ある時、少女は決断した。
族長でもある長老に15回目の祝福を受けた時、彼女は自らの名である「ニーヨル」のルーツを知りたいと懇願した。
祝福を終えた後、長老はニーヨルに伝えた。
「風の名を持つ者。お前が何者なのか。ルーツを知りたいか」
顔中がシワに覆われている長老は目を閉じると、ニーヨルに伝えた。
「ならば、風に向かえ。旅立て。風の吹く元こそ、お前のルーツ」
その言葉を受けた彼女は翌日、父母兄弟に頭を下げると、わずかばかりの旅装でこの地を離れた。
いつもの崖に立った彼女は、目を瞑った。
目指すは、風の吹く先。
赤銅色の大地は緑に変わり、彼女は村に着いた。
彼女は風の先を尋ねようと一人の男に近づいた。
奇異の目で露骨に押しのけられた。
次に話しかけた男は何を言っているかわからないという表情をし、そして悪意を持って突き飛ばしてきた。
途方にくれたニーヨルは村から離れた。
緑の大地はやがて灰色の世界に変わった。ニーヨルは町に着いた。煙を吐く汽車という乗り物。動きにくそうな布を纏った者たち。
彼女は風の先を尋ねようと一人の女性に近づいた。
その女性はニーヨルの顔も見ず、歩みも止めず、通り過ぎていった。
途方にくれたニーヨルは、町から離れた。
彼女は風の先に向かって歩き続けた。村に、町に辿り着いた。彼女を見る者たちは一様に気味悪がるか、笑った。
ある時、荷物を抱えた老女を手助けすると紙切れをもらった。これが部族の大人たちが話していたお金というものか。
別の部族たちの言葉はわからなかったが、旅を続けるためにもお金は便利だった。お金をもらうためにひと時を町で過ごした。
皿を洗い、臭く汚い場所を掃除した。殴られ蹴られる事はしょっちゅうだった。
頑丈な彼女はびくともしなかったが、悪意をぶつけられる事が悲しくて、一握りのお金を受け取ると風の吹く先へ歩きだした。
何度も朝を迎え、何度も夜を迎えたが、風の吹く先には辿り着けなかった。
※
彼女は途方に暮れていた。
風の吹く先には、青い水が広がっていた。
水が一面に広がる景色を見たのは初めてだった。風はその先から吹いてきている。
その先に行く術がわからず彼女は呆然としていた。
「アンタ、ここのもんじゃないね」
振り返ると自分の胸あたりの背丈の女の子が自分を見上げていた。あまり見かけない黒髪だった。
「オマエ、ダレ」
「尋ねてんのは、あたし! なにしてんの?」
「チイサイヒト。ワタシ、アッチ、イキタイ」
「アンタがデカイだけでしょうが! なに? 海の向こうへ行きたいの?」
彼女は、さくら、と名乗った。港で仕事をしていた。彼女が殴られそうになった時に
「アンタ、海の向こうに行きたいんだ? あたしもだよ、お金を貯めて、いつか故郷に帰るんだ。アンタも一緒に行くかい?」
月夜に照らされた小屋で、さくらはそう言った。二人が同い年とわかってからは、お互い色々な事を話した。
数年が経った。
ついに二人は作業員として船に乗る機会を得て、さくらの故郷に着いた。
港に着くといきなり小屋に蹴りいれられ、閉じ込められた。
薄汚れたさくらの顔を見た船主の、驚きの表情と、続いて見せた下卑た顔が思いだされた。ニーヨルの顔と身体を交互に眺めた後、こういうのが好きなヤツもいるからな、と呟いた声も忘れられなかった。
「ニーヨル、ゴメン。こんなはずじゃなかった」
ニーヨルは泣きじゃくるさくらを抱きしめた。
「あたし、居場所が無くなっちゃったよ……あの港町に居たほうがよかった……」
さくらの背は伸びていたが、変わらずニーヨルの胸辺りしかない。嗚咽するさくらを抱きかかえて、ニーヨルは小屋を飛び出た。
ドアはニーヨルの力の半分ほどで吹き飛んだ。
「あたしはもうどこにも居場所が無いからさ。アンタの行きたい先に一緒に行こう」
二人は駆け、目の前の船にこっそり忍び込んだ。
二人は歩いた。
高い高い山。肌を焼く砂漠。
ある時は石組の街路で兵士に追われ、ある時は氷の大地の吹雪にさらわれそうになった。
「自分が何者か見つける旅をしてるの? 風の吹く先にあるんだ」
「そう」
ニーヨルの胸に頬を寄せて見上げるさくらを、守るようにニーヨルは腕を回した。その腕には花を象ったアクセサリー。
「あんた、格好に似合わず女の子っぽいもの好きだよね」
「おんな、だから」
「……そうだよね」
彼女の言葉に、さくらはにっこりと笑った。
「あんたは、あんた、だからね」
二人は風の吹く先に向かって、数々の土地を通り過ぎ、何度も何度も朝と夜を迎えた。
「そうか、お前は、ルーツを見つけたのか」
「はい」
変わらずシワだらけの顔の長老は、ニーヨルに深々と頭を下げた。
「お前はここで皆を導いて欲しい。お前は大地の精霊から二つの性を授かった。男の姿で女性の心も分かる力だ。これは類まれなる幸運なのだ。そして、風に
彼女は自らの筋肉質な胸をトンと叩き、傍らに控える女性の姿を見ると頷いた。
「ここがあんたのルーツ……始まりの場所なんだね」
赤い大地を見渡せる崖に4人は立っていた。
風はあの時と同じく、彼方から吹いてきている。
「次はお前たちの番だ」
ニーヨルは言った。
母の前に立つ少年と、母の手を握った女の子は風の吹く先を見つめながらしっかりと頷いた。
風の吹く先へ 【第1回 #匿名短編コンテスト・始まり編参加作品】 筆屋 敬介 @fudeyaksk
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