フクロウと夜の探偵

猫屋 寝子

第1話

 女性、というには幼く、少女、というには大人びている。そんな容姿をしている福野宮 杏ふくのみや あんは人里離れた森の奥の小屋に一匹のフクロウと共に住んでいた。

 杏は朝が弱く、小屋のある場所のこともあってか彼女を訪れるのはまれにいる迷子くらいのものなので、彼女は大抵昼近くまで寝ている。

 だから、彼女はその日も昼近くまて寝ているつもりだった。しかし、ドアを強くノックする音が目覚まし代わりとなり、彼女は早朝に起こされることとなる。


―コンコン―


「……はぁい」


 杏は眠い目をこすりながら玄関の扉を開ける。

 そこには、警察手帳を見せつける、髭の這えた男が立っていた。手帳には、「警部」の文字が見える。


「突然すみません。警視庁捜査一課の早川と言います。昨晩、ここの近くで人が何者かに頭を殴られて倒れていると通報があったのですが、それについてお話を伺えますか」


 杏はまだ寝ぼけている頭を頑張って回転させる。

 何者かに頭を殴られた?誰が?私?いや、私は殴られた記憶はないし……。そもそもこんな森の奥に人なんて来ない。それなのにどうして殴られた人がここの近くにいるのだろうか。


「……すみません、この辺に人が来ることはほとんどないので、多分この場所じゃないですよ。私、眠いんで寝てもいいですか?」


 杏はそう言うと口を手でおさえ、あくびをした。

 警部は顔をしかめ、口調を厳しいものにする。


「ここの近くで実際に人が倒れていたんです。この辺にはあなたしか住んでいない。だからやましいことがなければ、お話を聞かせてください」


「そう言われても、私は何も知りませんよ」


「どうでしょうかね。あなたは『眠い』と言った。それは夜更かしをしていたからではありませんか?被害者の言うに犯行時刻は夜。あなたが犯人である可能性は十分ある」


「あ、被害者は無事だったんですね。よかった。ちなみに通報したのは誰だったんですか?」


 杏は犯行を疑われたことなど気にせず、警部に尋ねた。警部はその様子に少し面食らいながらも、質問に答える。


「通報したのは被害者の友人。昨夜森に行くと言っていた被害者が朝になっても帰らなかったため、不審に思い森へ行ってみたら被害者が倒れていたそうだ。被害者は誰かに殴られた、と言っている」


 何故か得意気な顔で語る警部に、杏はため息をつくと首にかけた笛を吹いて同居しているフクロウを呼んだ。


「わぁ!ふ、フクロウ!?」


 警部は驚いて引き腰になっている。

 その様子を横目に、杏は話を始めた。


「私は一度寝ると、うるさい音がない限り起きないんです。昨日は夜の12時に寝たんで、それ以降のことは分かりません。それ以降はこの子の活動時間なので、この子に聞いてください」


 杏はそう手にとまるフクロウへと視線を向ける。しかし警部はそれを馬鹿にされたと捉えたのか顔を真っ赤にして怒鳴った。


「ふざけるな!フクロウが答えられるわけないだろう!」


「この子は夜目が効くんです。もしかしたら、犯人を見ているかもしれませんよ」


 杏はそう言うと警部に現場へと案内するようお願いする。警部はしぶしぶ、彼女を連れて現場へと向かった。

 ちなみに、杏はパジャマにサンダルの姿だ。また家に帰ったら寝るつもりなのかもしれない。

 警部はそんな杏を怪しみながらも、現場へと到着した。杏の家から数分の場所である。


「あ、ここ、フクちゃんの餌場だ」


 杏が地面を見ながら言う。


「フクちゃん?」


「この子のことですよ」


 杏はそう言うと手から肩に移動したフクロウを見た。フクロウは眠いのか、目を閉じてうとうとしているように見える。

 その様子を愛しそうに見ながら、彼女は言葉を続けた。


「フクロウって、野ねずみとかを丸のみするんですけど、消化できない骨とか毛をペッて吐き出すんです。ほら、これがその跡」


 杏は地面にある何かの塊のようなものを指差す。

 警部はまじまじとそれを見て、ふむふむと頷いている。


「これはそんなに古くなさそうですし、多分昨夜のうちにペッてしたんだと思います。そうなると、昨夜、フクちゃんはここにいた。ということは、犯人を目撃した可能性が高い」


「しかし、フクロウは喋れないだろう?犯人を見ていても分からないじゃないか」


 警部は不服そうに言う。杏は面倒くさそうに頭を掻きながら、木の根もとを指差した。


「あそこ、藁人形がありますよね。しかも、何かに鷲づかみされたような跡がある」


 警部は杏の指の先を見る。そこには確かに藁人形があった。鳥に掴まれたような跡があり、原型を失っているが、藁自体は古くなく、最近作られたものであることが伺われる。


「なんでこんなところに藁人形が……」


「多分、被害者さんは藁人形を打とうと森の奥へ来たんだと思います。たまに釘を打つ音がうるさくて眠れないときがあるんですよね。意外とここら辺に藁人形を打ちに来る人多いんですよ」


 杏は迷惑そうな表情を浮かべる。

 一方で、警部は顔を青ざめていた。


「それじゃあ、被害者は藁人形を打っているところを見られ、逆に呪い殺されたのか……!?」


「違いますよ。昨日の夜は釘を打つ音は聞こえませんでした。私がぐっすり眠っていたのが証拠です」


「それじゃあ、釘を打つ前に犯人に頭を殴られたということか!」


 警部が閃いた!と言いたげな表情を浮かべているが、杏は首を横に振りそれを否定する。


「私は争う声も聞いていません。もし誰かに殴られたのであったら、少なからず声は出るはず」


「じゃあ一体、どうして被害者は倒れていたんだ?」


 警部は自分の推理をことごとく否定され、不服そうに言った。


「私が推測するに、被害者さんは滑って転んで頭を打って気絶したんじゃないですかね?大方、夜中に光るフクちゃんの目にびっくりしたとかそういうことでしょう」


 杏はそう言うと、フクロウが吐き出したと思われる塊の近くへと行き言葉を続けた。


「フクちゃんの吐き出した塊の位置から考えて、フクちゃんが昨日いた場所はここ。ちょうどこの位置なら人間が立っているのと同じくらいの位置でフクちゃんの目が見えます」


「しかし、フクロウってのは夜、目が光るのか?」


「いいえ、フクロウ自身の目が光るわけではないです。猫とかと一緒で、何かの光りに反射して光っているように見えるだけですよ。今回の場合は多分、被害者が持っていた懐中電灯の明かりに反射してフクちゃんの目が光ったんじゃないですかね?」


 杏の説明に警部は納得したように頷く。杏はその様子を見て、話を続けた。


「それで、その光った目を見て、誰かに見られたと被害者はビックリしたんじゃないですか?それで持っていた藁人形を投げ出してしまった。そのとき藁人形の落ちた音に反応してフクちゃんが藁人形に向かって飛んでいって、その様子にさらにビックリした被害者は慌てて逃げようとするも滑って頭を打って気絶。これが一番しっくりくると思いますよ。ほら、ここに滑ったような足跡があるし」


 杏はそう言い切ると、口許をおさえあくびをした。

 警部はそんな様子に目もくれず、驚きで目を丸くしている。


「確かに、被害者は懐中電灯を持っていた。夜中に森へ何しに行ったのか気になってはいたのだか、そういうことだったのか……」


 そこまで呟いて、警部はふとした疑問を抱いた。


「待てよ。それならなんで被害者は誰かに殴られたって言ったんだ?」


「恥ずかしかったんじゃないですか?ビビって転んで気絶してた、なんていい笑い者じゃないですか。しかも、藁人形の呪いをしようとしていたなんて、友人にバカにされると思ったからそれを誤魔化すように事件をかき回したんじゃないですかねぇ」


 杏は眠そうに目を擦る。


「そうか!確かに、その通りだ。よし、もう一回、被害者に話を聞いてみるぞ。ご協力、感謝致します。ありがとうございました!」


 警部はそう言うと嵐のように去っていった。

 杏はその様子に苦笑いを浮かべると、肩にのるフクロウの顔を撫で、帰路につく。


「ふぁぁ。もう一眠りしよ」


 その後、被害者からの再聴取で杏の話がすべて当たっているのことが分かった。警部はその事に感動して再び杏を訪れその感動を伝えたそうだが、彼女はそれを迷惑そうにしていたそうだ。

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