悪禽

砂塔ろうか

悪禽

悪禽はこれ、皆滅ぼさざるべからず。

人家近くの梟共の猛禽の凶きもの、これを悪禽と呼ぶ。

人々、悪禽の父母を喰う旨聞きてこれを恐る。

人々、悪禽の魂を刈る旨聞きてこれを恐る。

凶き猛禽は、同類を好み、時に群れを成す。

凶き猛禽は、皆滅ぼさざるべからず。

凶き猛禽は、鏖殺し肉とすべし。

――『外物退治師心得集』「悪禽」序文より


「孫の雲雀ひばりを助けて頂き、感謝します。枚方ひらかたさん」

「いいんですよ。各務かがみさん。あれはただ、私的制裁を下しただけなので」

 その日、私、各務雲雀は本を買いに出掛けた隣街で事件に遭遇した。

 人の少ない通りで強引に、男三人に囲まれて遊ばないかと誘われる――という事件だ。

 そこを助けてくれたのが、細身の女性、枚方ひらかた百舌もずさんだった。男性でもきつそうな大きなリュックを背負ったまま、彼女は男三人を相手にして、十秒もしないうちに全員の股間を潰さんばかりの勢いで踏みつけ、決着をつけたのだ。

「まあ、この件についてはそのくらいにして、」

百舌さんが言った。

「本題に入りましょう」

おじいちゃんが言う。

「大体は、メールでお伝えした通りです」

「つまり……その悪禽は三人を喰い、うち一人は喰われるところが防犯カメラに映ってる。後で確認しても?」

「どうぞ」

「大きな悪禽一匹。単独。夕方から夜にかけて家の周囲に来た人を襲う。相違ありませんか?」

「はい」

「分かりました。では今夜、待ち伏せします」

「お願いします。どうか、彼らの仇を討ってください」


「――退治師?」

 少し前。駅を降りてから私は、おじいちゃんに用事があるという不思議な女性、百舌さんを家に案内していた。

 何の用事か尋ねたところ、百舌さんはこう言ったのだ。退治師の仕事で来た、と。

「退治師っていうのは、簡単に言えば化け物退治の専門家のこと。妖怪や幽霊――私達はそれを外物ゲモツって呼んでるんだけど――そいつらを退治するのが私の仕事。……今、嘘だと思ったでしょ」

「分かります?」

「分かる。

 で、君のお爺さんから私のとこに依頼が来たんだ。家の周辺に悪禽が出るって」

「アクキン?」

「悪い猛禽で悪禽あくきん。要するにフクロウの化け物のことだよ。実は私、悪禽こいつとはちょっとした縁があってね」

 その時、なんだか百舌さんの雰囲気が変わった気がした。

「退治師だった父さんを悪禽に殺されてるんだ、私」

「え……」

「だからフクロウが大嫌いでさ。この道に入ったのはいつかどこかで必ず、仇を討って喰ってやるためなんだ。悪禽の肉は退治師を強くするからね。見つけたら迷わず殺す。雲雀ちゃんも、いつかどこかで見つけたら教えてよ、隻眼の悪禽」

 その鬼気迫る言葉に、私は何も言えなかった。


「雲雀ちゃん。この家、昔フクロウとか飼ってなかった?」

 仕事に使うのだろう、背負っていた大きなリュックに入れていた荷物を色々と取り出しながら、百舌さんは私に聞いてきた。

 ちなみにおじいちゃんは心労のせいか、さっきの百舌さんとの話が終わるとすぐに寝てしまって、当分起きそうにない。

「……そういえば、おじいちゃんが昔、フクロウを一羽、飼っていたと」

「亡骸は?」

「見つからなかったそうです。ここにあった家が昔、放火されたらしくて、燃えたんじゃないかって。……まさか、そのフクロウが化けた姿だって言うんですか?」

「そうかも、とは思ってる」

 静かに、百舌さんは言った。


 * * *


 夜。月が雲に隠れた時分に、どこからともなくソレは現れた。

 ひょろりとした体躯に平べったい顔、そして並外れて大きな図体をしたフクロウ。悪禽である。

 ソレはいつものように、日没後にその家を訪れる者に襲いかかった。一昨日や五日前と同じように。啄ばんで、はじめから誰も来なかったことにするべく。

 だが、標的の女は最初の攻撃を躱した。しかも、女は武器を用意していた。

 伸縮自在の鋼鉄の槍だ。これを用い、女はソレと対等な戦いを演じた。

 ソレが攻撃すれば、女は避けた。さながら、瞬間移動をしているかのようなソレの動きに完璧に対応した。

 無論、女も攻撃する。回避の勢いを攻撃に転じて、穂先で斬りつけ、刻んだステップをで突き刺し、時には飛び込んで来るソレを柄で殴打し、……常に的確な攻撃を与えた。

 女の攻撃ははじめ、かすりもしなかった。しかし、時間が経つにつれ、かするようになり、ダメージが蓄積。ソレの動きは鈍化した。悪禽にも疲労はある。ソレが女に敗れるのは時間の問題だ。

 ソレの本能が、逃避を求める。しかし、相手が悪い。

 広げた翼の片方に、女の槍が命中した。

 もう、逃げられない。

 ソレが死を感じとったその時。雲の中から現れた月が、その顔を照らし出した。

 その時、女の動きが止まった。ソレの顔に目が釘付けになったのだ。

 ソレは、この機を逃さなかった。

 貫かれた翼を捨てることにし、ソレは力づくでの脱出を試みる。果たして、ソレは自由の身となった。

 翼を失い、しかし引き換えに強力な力を得たソレは獲得した力で以って逃走する。速く、速く、いつもの場所へ。


 * * *


「百舌さん、何か策はあるんですか?」

「あるには、ある」

「それは?」

「人の味方をする外物、使い魔を封じた札。あんまり使いたくはなかったんだけど、こうなったら手段を選んでらんない。だって――あれが父さんの仇だって、分かったんだから」


 * * *


 静かな夜。人々の寝静まった深夜。山の木々の中にソレはいた。

 悪禽である。十年前の退治師との戦闘で片目を、先程の退治師との戦闘で片翼を失った大きなフクロウ。

 ソレは、生来の飛行能力と引き換えに、外物としての力を得ていた。今のソレは、過去最高に強い。

 その瞳に映るところならばどこへでも行ける。

 その声の届く者全てを呪詛で殺せる。

 今のソレは、もはやただの悪禽ではない。

 一時間足らずで町を壊滅させることも可能な、おぞましいモノへと変貌したのだ。

 しかし、ソレは相も変わらず、ただ、じっと、ある一点を視ていた。ソレがまだ、普通のフクロウであった頃に暮らしていたところだ。かつて放火された家の跡地に、今は別の家が建っている。しかし、住人はかつてと変わらぬ、その家を。

 ソレは、あちこちを転々とする旅のなかで、偶然訪れたこの地に、懐しさを覚えた。そして、ここ数日、じっとその家を視ていたのだ。

 夕方~夜にかけて、その家に近付く者がいればソレはこれを襲い、喰らう。そうするようになったのは、家を見るようになってすぐのこと。自分がかつて暮らしていた場所だと思い出してからだ。

 ――満月が雲に隠れた頃。ソレは音を聞いた。

 燃える音だ。木々が、ぱきぱきと音を立てている。

 音はその家からした。

「~~~~ッ! ~~!」

 瞬間、ソレは鳴き声を発した。極大の呪詛が込められた、聞けば脳髄から腐り落ちるような声を。

 鳴き声は指向性を帯びており、女のほかには誰にも聞こえないようになっていた。

 ソレは、己が呪詛を向けた女を知らない。先程の女ではない。

 誰か。

 分からないが、炎を使っている人間に容赦してはならない。

 ソレは続けざまに何度も、女に呪いを放った。

 しかし、女は死なない。

 ゆえに、直接出向くことにした。

 行き先は、勿論――


 * * *


「っ!」

 その時、私は心臓が止まった気がした。

 ――いる。

 いま、現れた。

 感覚で直に悟った。

 あの悪禽が、私を殺すべく現れたのだと――そして同時に、気配で分かった。

 目は見えないが、分かる。悪禽が、硬直したことが。

「百舌さんッ!」

 叫んだ瞬間、弱々しいフクロウの鳴き声が一つ、聞こえた気がした。

 百舌さんが、やったのだ。


「――お疲れ、雲雀ちゃん」

 ことが終わると、百舌さんが呪い避けの目隠しを外してくれた。

「百舌さんこそ」

 目の前には、あの悪禽の死体があった。

 それは頭部を槍で貫かれたまま焼かれていた。私は思わず、合掌する。

「それと、お前もありがとうね、雲雀ちゃんを守ってくれて。私に殺させてくれて」

「ホッホッ」

 百舌さんが、私の頭の上にずっと載っかっていた鳥を撫でて、自分の腕に誘導した。

 それは、平たい仮面のような顔をした鳥――フクロウだ。

 勿論。ただのフクロウじゃない。悪禽だ。


「悪禽は他の悪禽を近寄って見ると同類だと認識して、一瞬、攻撃を躊躇う習性がある。だからまあ、悪禽を相手取る時には時々、使い魔の悪禽を使うんだ。対悪禽における切り札ってわけ。

 しかもこいつは呪いを打ち消す鳴き声も発することができる。使わない手はない」


 作戦は単純だった。

 まず、悪禽を誘い出す。しかし、悪禽は負傷した分、霊的にパワーアップしているかもしれないので、囮の私は呪い避けを万全にしておく。

 そこで悪禽に使い魔の悪禽を見せ、隙を作る。そこを、百舌さんがとどめを刺す。


「……あの悪禽はこの家の守護神をしてるんだと思うんです。火事から家を護る神様って感じで、多分、五十年前と同じことが起きないようにしている」

「だよね。じゃ、誘い出す方法は……」

「「――火!」」


 結果は成功。私も百舌さんも無事なまま、悪禽を倒せた。


 だからか、百舌さんは少し、楽しそうだ。

「じゃーはい、役目は終わったんだから札んなか戻れー? よーしよし、素直だな偉いぞ」

「百舌さんって本当はフクロウ、好きなんじゃないですか?」

 問うと、百舌さんはくすりと笑って、

「んなワケないじゃん」

 晴れやかな笑顔で言った。


 その次の日の朝は気持ちの良い晴天だった。

「百舌さん……あの悪禽、やっぱり食べたのかな……」

 私が目を覚ますとすでに百舌さんはいなかった。残されていたのは、

『お孫さん巻き込んじゃったので、報酬は要りません。ごめんなさい。悪禽はちゃんと退治しました』

 という、情けない書き置き一つ。こんなのが人に見つかれば、私がただじゃ済まない。即座に昨日買った本の間に挟み込んだ。これで大丈夫。

「にしても、おなか空いたな」

 何かあるかな、と冷蔵庫をのぞいた時だ。

「……」

 ――【悪禽の唐揚げ】

 そう示された唐揚げらしき何かが皿の上、ラップをかけた状態で置かれていた。


――完

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悪禽 砂塔ろうか @musmusbi

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