夜の森で

霧沢夜深

夜の森で

 おや。

 どうしたんだい。こんな時間に。

 眠れない? そうかい。そんな夜もあるよね。まあ座りなよ。

 なんか飲む? …ごめん紅茶しかなかった。それでもいい? オーケー、すぐ作るよ。


 まったくすごい雨だよね。朝には止むらしいけど、この分だとまたあの川が溢れるんじゃないかな。そうでないといいけど。

 ひょっとして、この雨音がうるさくて眠れなかったの? 違うのかい。

 わ。驚いた。大きかったね今の雷。え? ああそうか。雷で目が覚めたのか。一度目が覚めるとどうしても目が冴えちゃうこと、あるよね。

 おっと沸いたか。

 …作ってからこんなこと聞くのもなんだけど、紅茶に眠気覚ましの効果は無いよね?

 そうだよね。眠気覚ましと言ったらコーヒーだ。僕もさっき飲んだし。

 紅茶には無かったよね? …まあいいや。はい、どうぞ。熱いから気をつけて。

 コーヒーを飲んだって眠くなる時もあるからね。要は本人の気の持ちようだよ。

 …話?

 君は僕なんかの話をよく聞きたがるよね。そんなに面白いかい。それとも退屈だから眠たくなるのにはうってつけって? はは。

 そうだね。じゃあこんな話をしようか。


 山があるんだ。全然高くない普通の山さ。一年中木が生い茂っているんだ。

 僕が昔住んでた家の裏に、その山があってね、君みたいに眠れない夜はよくベッドの中でこんな妄想をしてたんだ。

 目を閉じるだろ。そうすると木々のざわめきが聞こえてくる。当然だよね。

 そこで僕はこう思い込むんだ。「今、僕がいるのは部屋の中じゃない。山の中にいるんだ。山の真ん中で僕は寝てるんだ」ってね。

 真っ暗な山の中に、僕一人だけが横たわって目を閉じてる光景を想像するんだ。

 そんなの寂しくて耐えられないかい? はは、君だったら確かにそうだね。

 でも僕はそんなことを想像すると何故だか安心してよく眠れたんだ。


 その夜も僕は眠れなかった。僕は今と違って若かったから、ちょっとしたことですぐ眠れなくなるほど悩んでいたんだ。

 何回寝返りを打っても眠りの谷がやってこない。仕方なく僕はいつもの妄想を始めたんだ。真っ暗な森の中に、僕は横たわっている。僕の他には何もない。揺れる木々の他は何もない。

 葉っぱたちが風にざわめく音が聞こえた。

 目を開けると、僕は森の中にいたんだ。

 ああ、部屋の中じゃない。いつも妄想していたように、真っ暗な森の中に僕はいたんだよ。

 僕は目を見張った。木々の隙間からは星空が見えた。

 その時だ。声が聞こえたんだよ。ホー、ホー、ホーってね。

 見上げると枝の上にそいつがいたんだよ。フクロウが。

 真っ暗なのにそいつの姿が見えたのは、そいつの羽毛が真っ白だったからだ。

 そいつは僕を見下ろしていた。その時僕は思い出したんだ。子供の時に疑問に思っていたことをね。

「鳥はどうやって眠るんだろう」ってことさ。

 考えてみたら不思議じゃないか? 鳥が横になるとは思えない。じゃあいつもどうやって寝てるんだろう。

 特にフクロウなんかはいつも立っている。雄々しく、気高く、常に直立している。彼らは一体どうやって眠るんだろう。立ったまま寝るのかな。

 僕はそいつが眠るのを見てやることにしたんだ。幼い僕は結局疑問を解消していなかったからね。

 僕はそいつをじっと見つめた。眠りに落ちるところを見逃さないようにね。

 ところが一向に寝ないんだ、そいつが。まあそもそもフクロウは夜行性だからね。

 二、三度首を傾げたかと思うとホー、ホーと鳴く。ずっとこの繰り返しさ。

 根気強くじっと見ていたけど、眠たくなる様子すら無い。しまいには僕の方が眠たくなってきたんだ。

 でもその時、フクロウの首が前に揺れたんだ。横にじゃなくて前に。

 僕はそれを見逃さなかった。ああ、夜の狩人といえどもようやく眠たくなってきたようだぞ。

 こっくり、こっくり、人間がするみたいにフクロウは二、三度首を前後にもたげたあと、ハッとしたように首を振る。まるで眠気をこらえる人間そのものだったよ。

 こっくり、こっくり、ホー、ホー。

 こっくり、こっくり、ホー、ホー。

 …なかなか眠らないんだ。眠くて仕方がないはずなのに、無理しないで眠ればいいのに。

 そいつは全然寝ようとしない。こっくり、こっくり、ホー、ホー。を、ずっと繰り返してたんだ。

 結局、僕はそいつが眠る瞬間を見ることができなかった。気づいたら僕はいつものベッドの上で朝を迎えていたからね。


 …なんだい? もちろん夢の話だよ。本物のフクロウは首を前後に振ったりしない。

 夢から覚めたあと思い出したんだ。あのフクロウのことを。

 子供の時。僕は夜中に突然目が覚めることがあった。僕の母はそんな時、いつもある絵本を読んでくれたんだ。

 色んな動物が出てくるんだ。馬、キリン、ライオン、うさぎ、熊、そしてフクロウ。

 それは彼らが眠るところを描いた絵本だった。僕みたいな子供を寝かしつけるための絵本だったんだと思う。

「こっくり、こっくり、ぐう。くまさんはねむってしまいました。おやすみ、くまさん」っていう風にね。

 フクロウは一番最後に出てきたんだ。今にして思えばくまさんでもうさぎさんでも眠らない子供のための切り札みたいな存在だったんだと思う。

 そいつがなかなか眠らないんだよ。「こっくり、こっくり、でも、フクロウさんはねむりません」ってね。

 幼い僕はその時思ったんだ。フクロウはどうやって寝るんだろう。

 時が経ってそんな絵本のことなんてすっかり忘れてしまってた。だけど、僕はずっと気になってたみたいなんだ。フクロウは眠ったのか、どんな風に眠るのか。

 結局、分からないままなんだけどね。


 そんな話さ。どうかな。

 …よく眠れそう? はは、それは良かった。

 雨、大分弱まってきたね。これなら本当に朝にはやみそうだ。

 ああ、もう寝るかい? それがいいよ。

 僕? 僕はまだ少し仕事があるからね。いやいや、君は気にしなくていいよ。

 うん、おやすみ。


 また明日。

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夜の森で 霧沢夜深 @yohuka1999

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