第3話 少女
『5月10日。今日はクラスで委員会決めを行った。クラスの皆なにか一つは委員会に入らなければならないみたいで、僕は図書委員を選んだ。図書委員は毎日放課後残って活動しなければならないこともあって人気はあまりない。結局僕のクラスから図書委員に入ったのは僕と翔太郎そして凛花だけだった。凛花はクラスには少しずつ馴染んでるようだけどやっぱりまだ少し無理してるみたい。図書委員に入ったのも僕がいるからってのが大きかったみたいだ』
僕達は地面に残されたほんの小さな血の跡を手掛かりに、アリサが連れ去られたであろう場所を走って目指す。
既に元いた町を抜け、今は町から少し離れた広い森の中だ。
道中走りながら、僕はマルコが先程言った「ゴブリン」というものがどんなものなのかを考えていた。
「ゴブリンってどんなやつなの?」
二人とも走るスピードを落とそうとはしない。
僕の問いにマルコは走りながら答える
「奴らは頭が人間並みに良くて人間の言葉を話すんだ。武器も人間が使うものを模造して量産してる。小さくてすばしっこい化け物さ。そして大抵群れで行動して、その武器を使って獲物を狙うんだ」
「なるほど。そしてその獲物が人間ってわけか」
僕はある程度予想していたゴブリン像とマルコの話から浮き出てきたゴブリン像を擦り合わせる。
しかしマルコは静かに首を横に振った。
「…いいや最近まではそんなことなかったんだ」
「どういうこと?」
「元々奴らは猪や鹿みたいな野性動物を狩って暮らしてたんだ。人間を襲うことなんて一度もなかった。それがここ半年くらいだ。奴らは突然人里に現れて人間を襲い始めた」
マルコは口を噛みしめる。
話している時も顔はこちらに向けず、常に地面を見て血の跡を見逃さないよう集中しているようだ
なおも走りの速度を緩めず僕は話を続ける
「突然獲物を変えたってことか。奴らになにかがあったってことだね」
「おそらくそうだ。でもなにが起きたのかはわからない。可能性があるとすれば…」
マルコが目線を森のさらに向こう側へ向けた。
「最近この森を抜けたさらに先、僕達の町からかなり離れた場所に新しい町ができたんだ。新興の町にしてはかなりの規模らしくてね。町というより国って言った方がいいのかもしれない」
「新興の国か…でもそれとゴブリンになんの関係があるのさ?」
僕の問いにマルコは少しの間考えるように黙った。
「…本当に関係があるかはわからない。でもその国が建国を宣言したのが半年前。ちょうどゴブリンが人を襲い始めたのと時期が重なるんだ」
「…その国がゴブリンに何かの影響を与えたのかもしれないってことだね」
マルコの言う新興の国がどんなものなのかは分からない。
でも彼の推測は当たっているのではないか。
マルコが向けた視線の先に、並々ならぬ禍々しい気配を感じとった僕は、そう思った。
「でも俺は今はアリサのことを考えるので精一杯だ」
マリアの血痕を探すため、マルコは視線を再び地面に戻す
「…マルコ」
「俺はマリアがいないと生きていけない。アリサだけは絶対に失いたくないんだ」
「…大切に思ってるんだね。アリサのこと」
「当然だ。…だからこそ彼女を襲ったゴブリンを俺は絶対に許さない」
怒りを押し込めた声でマルコは小さく呟く。
大切な人…僕にも記憶がないだけで、そんな人がいたのだろうか
白く塗り潰された僕の記憶を無理やり探ってみたが、やはりそこには誰の姿も見えなかった。
そこからさらに時間が経った。
結構走ったのに僕達はまだ森の中だ。
どうやらこの森、かなりの広さみたい。
「リュウ見てくれ。この血、まだ新しい」
おもむろにマルコが一つの血痕を指差す。
かがんで見てみると、たしかにその血痕はまだ乾ききっていない。
「この辺りにアリサがいるはずだ」
僕達は森の茂みをかき分けさらに奥深くへ歩みを進める。
しばらく進むと、少し先に洞窟のようなものがあるのが見えた。
血痕はその洞窟の中へと繋がっている。
「あれはゴブリンの巣かもしれない」
「じゃああそこにアリサが?」
僕が隣でしゃがむマルコに小さな声で話しかけたその時だった。
ピタッ
何か冷たくて硬いものが僕の首筋に当たった
顔は動かさず目線だけをそれに向ける。
…見えたのは剣の剣先だった
僕はマルコがさっき言っていた、ゴブリンの習性を思い返して確信する。
…ゴブリンだ
身体は恐怖で動かす事が出来ない
マルコ助けて!
この状況にまだ気付いていないマルコに助けを求めようとしたが、声が出ない。
もう終わりだ
死を覚悟したその時だった
「マルコ?」
僕の背後のさらに遠くから少女の声が聞こえてきた。
声を聞いたマルコは間髪いれずに声のした方を振り返る。
「アリサ、アリサか?」
マルコは声のする方へかけて行った。
気付くと僕の首筋にあった剣先はいつのまにかなくなっている。
すぐ様背後を振り返り、剣の持ち主を確認すると
そこにいたのは、ゴブリンなどではなく
…驚くほど綺麗な顔立ちをした少女だった。
彼女はただ冷たい目で僕を見下ろしている。
そして、マルコが向かった先ではもう一人こちらもオレンジ色の髪をした可愛らしい少女が立っており、マルコはその少女に抱きついた。
「アリサ、無事だったのか!?」
アリサと呼ばれたそのオレンジ色の髪の少女は少し申し訳なさそうな顔を浮かべている。
「心配かけてごめんマルコ。訳を話すから聞いて」
そして彼女は遠くでその様子を眺める僕とその背後で未だ僕を冷たい目で見下ろし続ける少女の方へと視線を向ける。
「この人達は悪い人じゃないよ。そんな怖い顔しないで…リンカ」
リンカと呼ばれたその少女はフイッと僕の方から目をそらし、僕から遠ざかっていった。
いじめられっ子の僕が異世界転生したら世界最高の階位を与えられていた件 山崎祐 @pokkaroba
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