フクロウ
戸松秋茄子
本編
フクロウが切り札なのだと、姉は言った。
高校二年生の冬だった。その時期、わたしが部活から帰ってくると、双子の姉はいつも机の上で羊毛フェルトの固まりにニードルを刺していた。ぬいぐるみを作っていたのだ。
「彼ってば、根っからの合理主義者でね。お守りとかも受け取ってくれないんだ」
姉の恋人は一年先輩で、受験生だった。それで合格祈願のお守りを持たせることを思いついたらしい。しかし、普通のお守りは受け取ってくれない。それならば、と姉が考えたのがフクロウだった。
「フクロウってね、世界各地で知恵の象徴と言われてるんだよ。ね。受験生のお守りにはぴったりでしょ」姉はニードルを刺しながら続ける。「それに、前に動物園に言ったとき、フクロウが好きって言ってたし」
だから、姉はフクロウのぬいぐるみを作っている。キーホルダーにして恋人に渡すらしい。
「でも、彼、キャラクターっぽいのが苦手みたいでね。まあ、男の子だしね。だから、とびっきりリアルなのを作らなくちゃ」
それで時間がかかっているのだった。姉は何度も失敗し、自分の指を刺した。図書館で借りてきた本を傍らに、ちくちくちくちくと、ニードルを刺し続けた。
ある日、帰ってくると、姉が完成したぬいぐるみを見せてくれた。
全身がほぼ真っ白な、立派なオスのシロフクロウだった。フクロウ独特のシルエットや羽のまだら模様がリアルに再現されており、手のひらサイズにもかかわらず、いまにも動き出しそうなほど精巧にできていた。
わたしは「すごいじゃない、彼も絶対喜ぶよ」と太鼓判を押した。姉はありがとうと言い、ぬいぐるみを手に、家を出た。恋人に渡しに行ったのだった。
恋人は素直にぬいぐるみを受け取ってくれたらしい。ハリー・ポッターになった気分だと喜んでいたそうだ。
「よかった。本当によかった」
姉はほとんど泣き出しかねない様子で言った。ぬいぐるみのことは恋人には内緒だった。受け取ってくれるかどうか、姉はいつも不安に思っていたはずだ。それが報われたのだから、泣きたくなるのもわからないではない。
「これできっと受かるよね」
わたしはうなずいた。
その数か月後、恋人は東京の大学に合格し、姉と離れ離れになった。別れた、という話を聞いたのは、新年度がはじまって間もなくのことだった。
あれから、二年経った。姉は地元の大学に進学し、わたしは姉の恋人と同じく東京の大学に進学した。
受験生のとき、姉が作ってくれたシロフクロウのぬいぐるみはいまも鞄にぶら下げている。受験の切り札。そう言って作ってくれたぬいぐるみだった。
ある日、池袋を歩いているとたまたま姉の恋人とすれ違った。姉とは似ても似つかない女性と一緒に歩いていた。二人はいかにも幸福そうな様子で、手をつないでいた。わたしはすれ違った後、しばらくその後姿を目で追った。彼の鞄にはわたしと同じようにフクロウのぬいぐるみがぶら下がっている。
さよなら、とわたしは口の中でつぶやいた。
さよなら。
フクロウ 戸松秋茄子 @Tomatsu_A_Tick
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