ハローワールド
高槻翡翠
ハローワールド
『Hello World』
元々は何に使われていた言葉かと言えば、プログラミングのための言葉で、そしてプログラムの通称だ。
画面にプログラミング言語で『Hello World』と出すための非常に単純なプログラムの
基本的な文法の解説例のことだそうだ。それをウィキペディアで知った。
私は『Hello World』と言う言葉が好きだ。当初は意味は知らなかったけれど、気に入ったのだ。
こんにちは、世界。
何処かで聴いたその言葉は弾むように私の耳に聞こえた。
「……大規模世界異変?」
昨夜、流星群が降り注いだ。予告も無しに降ってきた流星群はとてもとても綺麗で、私は見とれてしまった。
空にめいいっぱい流れた星達はメディアを騒がせた。私も私で、友達と連絡を取ったり、ネットの海に散らばった情報達を眺めてから、
寝た。
そして起きたら家には誰も居なかった。父さんは仕事に行ったと納得するにしろ、専業主婦の母さんも居なくて、
私の住む一軒家はとても静か、試しにテレビを付けてみれば、情報一つ映さない。スマホのネットも繋がらない。
落ち着くためにパジャマから制服に着替えて、深呼吸してもう一度、何かと繋がりそうなものを片っ端から操作したのだけれども、
繋がらない、無理。
何かから、隔離されてしまった。
二月の、二月にしては暖かく、暑すぎる本日。世界から、私以外の人が居なくなってしまった。
事実を確認してから、適当に冷蔵庫の中にあるものを食べた。
電気は通じている。なかったら困る。水道もおーけー、うちはオール電化でガスはないから、ガスとかはわかんないけど、ガス有れば多分、使えるだろう。
朝ご飯を食べ終えてから、身支度を仕上げて、準備して、家をしっかり施錠してから、通学に使っている自転車を引っ張り出して乗った。
行くのは、通っている高校だ。現在、私は高校二年、二ヶ月もすれば高校三年になる。
一番下でもなければ、上でもない真ん中ポジションを十二分に楽しく嬉しく、謳歌していた。誰も居なくなった世界もそうだ。
自転車に乗ってペダルを漕いでいつものように登校してみて、後のことは後から考えればいい。
マナーが煩くなってきた自転車だって適当に乗っても、誰も怒らない。マナーはでも、守るけど。
何分か自転車を漕いで、高校にたどり着く。自転車置き場に自転車を置いて、靴のままで学校を一通り巡ってみた。
やっぱり誰も居ない。
「自由だー!!」
教室で窓から落ちないように体を乗り出して、叫んでみる。
もしも私の叫びを聞いたなら、居るかも知れない誰かが来てくれるかもとか考えたけれども、誰も来なかった。
仕方がないので、しばらく探索を続けることにする。
何処へ行こうか?
行き先を探してみれば、向こうの方に海が見えた。泳ぐことは絶対無理だけれども、これぐらいの暑さならば、寄ったとしても、行ったら行ったで、
楽しいだろうと私は思考をまとめあげて、次の目的地を海にした。
学校を出て、自転車をこぎ続けた。
世界はとても静かで、生き物の気配がない。ネコも居なければ鳥も居ないし、犬も居ない。
寂しいような、嬉しいような。
世界に居るのは私だけのような状態だ。
私だけのような、なんて私だけと言ってしまえば、良いのだけれども、認めたくないのはあった。開放的なようでいて、淋しがってる私も居るのだ。
私と自転車は冬の海の側に来た。やっぱり誰も居ない。
そもそも、冬の海なんて来るのは、酔狂な人である。私のことか。
自転車を手頃な場所に止めて、鞄だけを持って、私は海を眺めた。
気が済むまで、そうした。規則正しく、波が寄せては返している。
やがて、喉が渇いたので、鞄の中に入れていたペットボトルを取り出す。桃の味がついている水を私は数口、飲んで、
「は?」
上を向いた。
呆けた声が、口からこぼれた。
真っ逆さまに。
花柄のロングワンピースを着た少女が私の前に落ちてきたのだ。反射的にペットボトルを放り投げる。
避けたら避けたで少女が落ちてきたら、地面と激突してぐしゃあだし、エグいし、かといって、私がクッションになっても、
とかなりつつも、とにかく、何処かの映画であったみたいに私は両手を出して、かなり勢いのある少女を両腕で受け止めた。
重さは、感じなかった。鋼鉄かと想ったら、羽根だったみたいな感じ。
少女は私を見て何度も目を瞬きさせて、微笑んだ。彼女は金色の長髪が背中まで伸びていて、緑の目をしていた。
黒髪セミロング黒目の私とは違う。見た目だけ判断をすると異人だろうか。少女は全体が淡く光っている。
「誰」
「――」
彼女は唇を動かして声を出した。喋ったはずだ。はず、と着けてしまったのは、声が私には聞こえなかったからだ。
彼女は興味深そうに私を見て、私の頬を両手で包み込んだ。その手は、空から降ってきたせいだろう。
ひんやりとしていた。
視線が合う。彼女は綺麗だった。頬に触れられた手は、柔らかい。
「私は――」
自己紹介をするなら、私からだと、私は名乗った。貴方は? と続けてみる。
「――」
駄目だ。やっぱり声は聞こえない。空を改めて見上げた。雲一つ無い、青空。
どうしたものかとなる。
何も無い空。
私と彼女以外、誰も居ない世界。
どうしてこうなってしまったのか、分からないし、考えたところで、仕方がないのだけれども、だから、
「――Hello World」
彼女に私は脳裏に浮かんだ言葉を口にする。彼女が何者かなんて知らない。彼女の言葉は聞こえない。私は私で、唇に言葉を乗せて放つ。
「はろー、わーるど。はろー、わーるど。はろー、わーるど。ハロー、ワールド」
私が口に出した言葉を彼女は気に入ったのか何度も何度もソプラノボイスで呟く。
「喋られるじゃない。ねえ、これから、どうしようか」
「Hello World」
彼女は言葉を噛みしめるようにして話してから、私を抱きしめてきた。私も、彼女を抱きしめ返す。
分けが分からないけれど、これだけは言えた。
今ここで、一人だけの世界が二人だけになって、寂しい世界は寂しくなくなったのだ。
【Fin】
ハローワールド 高槻翡翠 @akirenge
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