鋏とエニシ

鯵哉

夜の校舎で見るものは


 二人は出会うべくして、出会ったのだろう。


 昼の騒がしさを知っている所為か、夜の校舎は不気味だった。古い校舎だからか、何を重んじているのか知らないけれど、うちの高校にはセキュリティーというものが存在しないらしい。裏門から簡単に侵入出来てしまった。

 前をずんずん歩いていく院瀬見の後ろにぴったりつく。余所見をして幽霊に変わっていたなんて、一番怖い。


「その話、本当なの?」

「とりあえず噂では、夜の校舎でフクロウを見ると、二人は永遠に結ばれる」

「どうしてフクロウ……」

「生息してるからじゃね?」


 すっと院瀬見の指した方を見れば、掲示板に貼られた『裏山に生息する生物』の中にフクロウの写真があった。薄暗くて種類まではよく分からない。

 完全に掲示板に視線がいって、院瀬見が止まったのに気付けないまま、顔を背中にぶつけた。さっそく余所見をしていた。


「鵤木、あれ」

「痛い」

「街岡と小久保だ」

「……よく見えるね。私、夜目が効かないんだよね」


 一体、院瀬見の目にはどう映っているのだろう。私の鳥目では全く分からない。院瀬見が静かに中庭に出る扉を開けた。



――鵤木、コンビ組もうぜ。


 隣のクラスの院瀬見から漫才を組みたいなんて言われるとは思わなかった。うそ、院瀬見が私に持ちかけたのは『縁切り』の仕事だった。

 縁切りと聞いて思いつくのは別れさせ屋とかだろうけれど、私たちの言う縁切りはもっと物理的なものだ。人と人は色付いた糸で繋がっている。それは思いの丈で太さが決まり、思いの種類で色が変わる、らしい。というのも私に視えるのは黒い糸だけで、きちんと色がついて視えるのは院瀬見の方。

 そして、その糸を切ることによって縁がぷつりと切れる。


「いつも鋏?」

「鋏以外使ったことない」

「……まあそこはどうこう言う問題じゃないか」


 院瀬見は糸が視えるだけで切ることができないらしい。私が切れると知って試してみたけれど、鋏でもカッターでもナイフでも、まず触れることが出来なかったという。

 私が黒い糸を切ろうと奮闘しているのを見て、声をかけてきたらしい。黒い縁は負の感情が大きく殺意に繋がりやすいから、見たらできるだけ断ち切るようにしている。


「でも、人の縁を勝手に切るなんて……」

「そんなリスキーなことしない。来る依頼なんて友達恋人関係のいざこざが九割だから、程々に対処して縁を細くしたとこで終了。相手の気が収まれば良いんだよ」

「すごく詐欺の匂いしかしないし、それって私がいる必要ある?」


 元々院瀬見はそれを一人で請け負っていたらしい。一人でやっていたなら、これからもやれば良いと思う。


「めちゃくちゃあるだろ」

「どこに。結局縁切らないんでしょう?」

「もし失敗したら、俺の縁を切って欲しいんだ」


 私たちの共通点はひとつ。

 自分に繋がる縁は何一つ見えないこと。




 どうしてあの時、即座に断っておかなかったのだろう。自分の決断を後悔しながら院瀬見の背中を追う。

 今回の依頼は同じ高校の女子生徒から。恋愛の話を持ちかけてくるのは大体女子生徒が多い。それは縁を信じているからか、それとも気を収めたいからなのか。

 依頼者が好きな男、街岡とその彼女の小久保。うちの高校で古くから噂されている『夜の校舎でフクロウを見ると二人は永遠に結ばれる』というカップルにとってはうってつけのイベントに今夜向かうらしいので、邪魔若しくは二人の縁を切って欲しいとのこと。

 街岡と小久保は仲睦まじく腕を組んで、スマホのライトで辺りを照らしながら歩いている。


「私もライト点けたい……」

「アホか、見つかるだろ」

「フクロウより先に幽霊に会いそうで怖い」

「悪霊退散って唱えとけ」

「それ効くの?」

「言霊はある。信じる者は救われる」


 はずだ、と付け加えた院瀬見はこちらを振り向き、私の顔を見て小さく溜息を吐いた。こちとらもう帰ったって良いんだぞ! と主張したかったけれど、ここまで来て一人で裏門まで帰るのが怖い。

 中庭に出て二人を観察する。吊橋効果が本当に存在するのなら、フクロウは見られなくても校舎に来た意味はあるのでは。


「二人は赤い糸で繋がってる?」

「しっかりと」

「そんな二人が今夜別れるようなことがあるかな」

「静かに」


 言われた通り口を閉じると、腕を引かれてしゃがまされる。低い草木の後ろに隠れるようにして息を潜めた。

 枝と枝の隙間から、二人がきょろきょろと辺りを見回すのが見える。


「今なんか声したよね」

「うん……見回りとかやってんのかな」


 男の警戒した声がする。調べによると街岡の方は幽霊の類は苦手らしい。私も幽霊って怖い、いつもは視えないものが急に見えるなんて恐怖だろう。

 足音が遠ざかっていく。院瀬見が先に立ち上がり二人の方を見た。私は斜め下から院瀬見の顎を見ていた。

 私たちがここにいる理由はひとつ。彼と彼女の縁を薄くするため。冷やかしに来たわけでも、肝試しに来たわけでもない。


「北側の一番端の教室に仕掛けをしてる」

「相変わらずゲスい……」

「街岡のびびり具合を見ればきっと上手くいく」


 ふと思う。院瀬見は何が楽しくてこんなことをしているのだろう。確かに報酬としてお金は入ってくるけれど、彼はバイトもしている。お金の為だとは言い難い。

 逆に、私はどうしてこんなことをしているのだろう。誰かにそう尋ねられる日なんて来ないと思うけれど、自問自答。


「鵤木、タイミング計ってこい」

「なんで私!?」

「俺は作動した仕掛けを回収すんだよ。それともお前がやるか?」


 ……着々と悪事の片棒を担がされているような。

 渋々了解して、院瀬見は校舎の中へと戻っていく。暗闇に取り残されて一気に心細くなってしまった。静かに二人の行く末を見守る。こんなことがばれたら、私は明日から普通に登校なんて出来ないだろうな、なんて毎回思っている。

 夜の静けさの中で、風が葉を揺らす音や虫の鳴く音がくっきりと聴こえる。視界がカットされると次は聴覚がそれを補おうとするらしい。

 院瀬見が位置についたのが見えた。こちらを見て小さくてを挙げた。用意よし。私は二人の後ろ姿を目で追い、校舎の角に差し掛かる辺りで手をグーパーさせた。

 途端、北側の教室内からカラスの鳴き声が大音量で響き渡った。


「うおおおおおおおおお!!!」

「きゃああああああああ!!!」


 それから男女の悲鳴。その声の大きさに私の心臓が跳ねた。


「街岡くん! 待って!!」

「うああああ!!!!」

「待ってってばああ!!!」


 ばたばたと駆ける足音が近づき、大きくなる。もしかしてこっちに向かっているのでは、と考えついて先ほど身を隠した場所まで戻った。そのすぐ横を男子がすごいスピードで、その後を女子が泣きながら走っていく。二人の悲鳴は裏門まで続き、それからは聞こえなくなった。

 人間の怯える顔って本当生々しい。二人が無事家に着きますように、と願ってから立ち上がる。


「かなりの驚き様だったな」


 後ろから声をかけられてすぐさま振り向く。院瀬見が涼しい顔をして二人の去っていった先を見ていた。その中に楽しみも快楽も何もない。ただ作業をこなし、一仕事終わったという表情。

 その手に持たれたCDプレイヤーを見て呆れる。仕掛けとはカラスの鳴き声だったらしい。


「どうしてカラス?」

「フクロウの天敵はカラスらしい。そんで、街岡の天敵もカラス」

「赤い糸は?」

「細くなったのは確認した。フクロウも回避したし、これで終了」

「街岡くん、かわいそう」


 思っていたことが口から出た。院瀬見がこちらを見る。


「本当に切れない縁は、何をしても切れるもんじゃないだろ」


 その言葉を聞いたところで、何も納得できなかった。一緒に縁をちぎろうとした私が何か言える立場にもない。

 とりあえず一人で帰るのは怖いので、院瀬見の後ろについて学校内を歩く。

 裏門が見えたところで、空中に白い影が出た。何か、と最初に院瀬見と二人して空を見上げる。白くて大きな影。それは飛んでいるのに無音だった。


「……フクロウ」

「本当にいたのか」

「それは、裏山に棲んでるからね」


 フクロウはそのまま反対側の校舎へと消えていった。視線を感じて、院瀬見の方を向くと、残念なものを見る目をしていた。その残念なものとは、もしや私のことなのでは。


「言いたいことがあるなら口に出してよ」

「鵤木、もしかして本当に鳥目?」

「私がどうしてそれで嘘を吐くと思ったのかな?」








 翌日、昼休みに街岡と小久保がきちんと翌日も学校に来ていることを確認してから、ふと掲示板を見に行った。何年か前に生物部が作ったものらしく、模造紙の端が切れかかっている。『裏山に生息する生物』にはフクロウの写真があった。種類の名前は……ミミズク?

 え、これフクロウじゃないの? 確かになんかミミっぽいのついてる!


「何で百面相してるの、ミミズクの写真見て」


 友人に見られた。


「ミミズクじゃなかった、フクロウだった」

「は?」

「フクロウじゃなかったのかな?」

「ああ、あの噂? あんた彼氏いたの?」

「え」


 思い出す。フクロウを見たとき、誰が隣にいたのか。

 それにショックを受け、よろよろしながら友人に教室へ戻ることを告げる。教室へ帰る前に院瀬見に捕まり、非常階段まで子猫みたいに引きずられた。これはカツアゲの現場なのでは。


「依頼者と俺の縁、切ってくれ」

「ああ、はい」


 制服のポケットから文具鋏を取り出して、院瀬見と依頼主を結ぶ灰色の糸を切る。ぷつんと糸は垂れ下がり、やがて視えなくなった。院瀬見がぼうっとしてから、頭を左右に振った。


「依頼者との縁、切れたのか?」

「たぶん。もう見えない」

「ありがとう」


 私が院瀬見と関わるうえで、感謝されるのはこの時だけ。別に何かを思うわけではないけれど。

 じゃあ、と院瀬見は階段を上っていく。その背中を見上げる。私はずっと、ずっと気になっていることがある。

 貴方のその黒くて太い縁は、一体誰に繋がっているというの。




20190310

鋏とエニシ END,


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鋏とエニシ 鯵哉 @fly_to_venus

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