豊穣の季節は過ぎて

最後に見た叔父の顔は化粧が施され、血色がよく、若々しかった。愛に満ちて力強く死へと歩んでいった、殉教者としての姿は覆い隠されてしまった。今を生きる者達にとって、その死に近い姿は心乱されるものなのだろう。叔父は動く死者にはならなかった。

僕は今、車椅子を押して小高い丘に居る。この墓地からは町が一望できるけれど、決して町の一部ではない。死者の居場所は、今はまだ、生活のすぐそばには無いのだ。しかし、動く死者の技術が真正のものだと知れるにつれて、その理解は進み、動く死者自体もそう珍しいものではなくなっていくのだろう。その時に人々が死者にどう接していくのかは分からない。

叔父の身体は燃やされて、大部分が灰や煙になって散っていってしまった。焼けて脆くなった骨は残ったけれど、ここに埋まっているのは叔父の骨であって、叔父そのものではないのだろう。石に刻まれた名前だけが楔となって叔父の存在を留めている。人々の中に残る虚像は叔父の手を離れて、徐々に掠れて、それぞれが望む形に上塗りされながら、やがて拡散して消えていく。

叔父の部屋はパトロンが引き取って、そのまま展示されているらしい。それが良いことがどうかは分からない。叔父の愛が多くの人の記憶に残るのは喜ばしい気もしたが、あの部屋はただ彼女のためだけに作られた空間であって、そこに他人が踏み入ることを叔父がどう思うか、僕にはもう知ることができない。

ここに彼女を連れて来たのはただの感傷だ。死者と死者を引き合わせて、そこに何か意味があるわけではない。それでも僕は彼女を連れて来たかった。僕はすっかり感情で動く人間になってしまった。

彼女からはまだ、熟れた果実の匂いがした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

豊穣の季節は過ぎて @akira404

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る